第13品「想いのネックレス」
王都フォレンティア・ベルクラウン。
王城から伸びる大通りを一本入った、小さな広場の前。
そこには、一軒の小さな雑貨屋がある。
『スカーレット・アイテムショップ』
木製の看板が風に揺れ、窓辺には季節の花と小さな雑貨が並ぶ。
アクセサリー。
生活雑貨。
そして、少しだけ不思議な魔力を宿したアイテムたち。
どれも誰かの毎日をほんの少しだけ優しくしてくれる品ばかりだった。
店主、フィリア・スカーレット。
元冒険者の二十三歳。
明るい金髪に澄んだ青い瞳。
柔らかな笑顔でお客を迎える女性である。
そして、この店にはもう一人。
店員ではない。
それなのに毎日のように学校帰りにやって来ては、店の奥の丸テーブルでハーブティーを飲み、お客さんを迎え、時々棚を拭き、時々クッキーを焼いて来る少女。
アストリッテ・アイボリー。
本人は「妹みたいなものです」と名乗り続け、ついには店主の母親からも公認されてしまった、少し不思議な存在である。
そんな今日も。
雑貨屋スカーレットは穏やかに営業していた。
◇
「こんにちは」
「こんにちは」
フィリアとアストリッテが同時に会釈する。
「あら、今日も息ぴったりね」
「練習しました」
「してないでしょ?」
「してません」
「でしょうね」
二人で笑う。
昼下がり。
窓から差し込む陽射しが店内を優しく照らしていた。
その時。
カラン。
ドアベルが軽やかに鳴る。
店内へ入って来たのは、一人の若い女性だった。
長い亜麻色の髪。
澄んだ紫色の瞳。
上品な淡紫色のワンピース。
立ち居振る舞いから育ちの良さが伝わってくる。
しかし、その表情には笑顔がなかった。
どこか不安そうで、眠れていないような瞳。
「いらっしゃいませ」
フィリアが優しく微笑む。
少し遅れて。
「いらっしゃいませ」
アストリッテも静かに頭を下げた。
女性は小さく会釈し、ゆっくりとカウンターへ歩いて来る。
「あの……」
「はい」
「こちらで……相談を聞いていただけると伺ったのですが……」
フィリアは優しく微笑んだ。
「もちろんです。お話、お聞かせください。」
その一言だけで。
女性の肩から少し力が抜けた。
「ありがとうございます。」
「私……ラベンダー・ベルナイトと申します。」
「ベルナイト……」
フィリアが少し驚く。
「子爵家の……」
「あっ!」
ラベンダーは慌てて首を振る。
「そのことは気になさらないでください。今日は、一人の女性として来ました。」
その真っ直ぐな言葉にフィリアも微笑む。
「分かりました。では、ラベンダーさん。」
店の奥ではアストリッテも自然と姿勢を正していた。
◇
「私には、お付き合いしている方がおります。」
ラベンダーは膝の上で両手を重ねる。
「王立騎士団の騎士なんです。」
「まあ。」
「彼は……本当に真っ直ぐな人で。危険な任務でも、人助けでも、迷わないんです。」
フィリアは黙って頷く。
「来週から二週間ほど遠征へ向かいます。今回は戦地近くの護衛任務で……」
その言葉だけで十分だった。
フィリアも。
アストリッテも。
彼女が何を抱えているのか分かった。
「毎日心配で。でも、辞めてほしいなんて言えません。彼は騎士という仕事を誇りに思っていますから。」
ラベンダーは俯く。
「この前も森で魔獣から人を助けて怪我をしたんです。本人は笑って『大丈夫』って。でも……」
声が震える。
「私には、その『大丈夫』が、一番怖いんです。」
店内が静かになる。
窓の外では子どもたちの笑い声が聞こえていた。
その穏やかさが、かえって胸に染みる。
フィリアはゆっくり立ち上がった。
「少し、お待ちください。」
棚を回る。
戸棚を開ける。
小さな木箱を一つ。
そしてガラスケースから小箱を一つ。
二つをカウンターへ並べた。
「まずはこちら。」
木箱を開ける。
ふわり。
優しい香りが広がる。
「これは私が調合したハーブです。魔法ではありません。眠りを助け、不安を少しだけ和らげる香りを選びました。」
ラベンダーは目を閉じて香りを吸い込む。
「……素敵。」
自然と頬が緩む。
「最近、眠れていませんね?」
「……はい。」
「まずは眠ってください。心配する体力も、大切ですから。」
ラベンダーは少し笑った。
「そんな考え方、したことありませんでした。」
フィリアも笑う。
「そして、もう一つ。」
小箱を開ける。
虹色水晶をあしらった美しいネックレス。
淡い光が店内で静かに揺れた。
「『想いのネックレス』です。大切な人を想い、願いを込めて身に付けることで力を宿します。」
「守る力ではありません。奇跡を起こすものでもありません。でも。」
フィリアはラベンダーを見る。
「大切な人を信じる気持ちが、少しだけ支えてくれます。」
ラベンダーは両手でネックレスを包み込んだ。
胸元へ当てる。
目を閉じる。
小さく。
本当に小さく呟いた。
「どうか……、彼を、お護りください。」
フィリアも。
アストリッテも。
何も言わなかった。
願いとは。
言葉にした瞬間、
少しだけ強くなるものなのかもしれない。
◇
三週間後。
カラン。
ドアベルが鳴る。
「あら。」
フィリアが微笑んだ。
「ラベンダーさん。」
そこには以前よりずっと穏やかな笑顔があった。
「彼が無事に帰って来ました。」
その一言だけで十分だった。
「よかった。」
フィリアも自然と笑顔になる。
「ハーブのお茶も毎晩いただいています。」
「よく眠れるようになりました。心配はします。でも、彼を信じられるようになりました。」
そう話すラベンダーの表情は柔らかかった。
ふと。
フィリアの視線が胸元へ向く。
紫色の瞳によく似合う、小さなブローチ。
見覚えがある。
「……なるほど。」
小さく微笑む。
(あの時の。)
少し前。
「彼女の誕生日プレゼントに!」
そう元気に笑っていた青年の顔が浮かぶ。
(ちゃんと付けてくれてるのね。)
何だか嬉しくなる。
ラベンダーは気付いていない。
アストリッテも気付いていない。
フィリアだけが知る、小さな秘密。
「どうしました?」
ラベンダーが首を傾げる。
フィリアは微笑んだ。
「いえ、とても素敵なブローチだなと思って。」
ラベンダーは胸元へそっと手を添えた。
「ありがとうございます。誕生日に彼がくれたもので、私もとても気に入っているんです。」
その笑顔を見て。
フィリアも優しく笑い返した。
窓から吹き込む午後の風が、店内の小さな風鈴を静かに鳴らした。
今日もまた一つ。
誰かの想いが、この小さな店でそっと結ばれたのだった。
ーー次回予告ーー
フィリア「怒らないわ。だから教えて」
???「お姉ちゃんが…、病気なんです」
次回、第14品「盗品」
お楽しみに!




