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百億の夜をこえて  作者: masuga
第一章
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白い薔薇の誓い

時は明治時代。

華族である一条家の次男であり妾の子である聡、その執事の息子である幼馴染の巧。

幼馴染でもあり、主従関係でもある二人をとりまく華族という特殊な一族の物語。

全年齢対象です。

「五月も中旬、今年も薔薇が咲きましたよ」

 僕は、一条家の次男、さとし様の部屋に行き、聡様に声をかける。

「そう。母様が好きだった薔薇…もうそういう季節になったんだね」

 僕は聡様の部屋の窓を開ける。

 丁度、聡様の部屋から下に広がる小さな薔薇園が見える。

「聡様、庭の薔薇園が綺麗ですよ。行ってみてはいかがですか」

 すると、聡様は少し不機嫌そうに僕に言う。

こう、二人でいる時ぐらい昔みたいにため口でいいのに。僕ら同じ歳だし。よそよそしくて嫌だって言ったよね?」

「しかし、聡様と僕は身分の差がありますし。僕は聡様に仕える執事。何もわかっていなかった昔の頃のことを言われても…」

「まだ執事見習いだけどね、巧は」

 くすりと聡様は笑う。笑顔が見れて良かった。

「そうです、まだ見習いの身です。だからこそ普段から気を引き締めなくてはならないと、父が」


 父は聡様の家、一条家を支える執事。もう何十年も前から一条家に仕えている。

 父の代からではなく祖父、またその前の代からずっと一条の家を守っている。

 一条家は先祖代々から続く旧公家の名家で、今は明治の世になり子爵を国から与えられている。

 その次男である聡様。僕とは立場が違いすぎる。僕はいづれはなるだろう執事として僕なりに聡様にお仕えしている。


「森井か。言いそうなことだ。僕と巧は同じ歳なのに巧に仰々しく言われると堅苦しくて嫌になるよ」

「僕は執事の師でもある父には抗えませんよ。聡様」

 僕に一瞥をくれると、聡様は立ち上がる。

「薔薇を見に行こう、巧も一緒に来てくれる?」

「かしこまりました」


 聡様の部屋は二階の階段近くにある。

 一条家は十もの部屋があり、一条家の家族は当然の事、僕たちのような使用人が住まう部屋も用意されている。父と僕は執事という都合上、家はあるがほぼ家には帰らず一条家の割り当てられた部屋が今の住まいだ。家の方には母と妹が住んでいる。ここのところ忙しくて家に帰ることも少なく、妹が淋しがっていると母からの手紙で読んだ。妹には申し訳ないが、今は聡様をしっかりと守れるようにと日々精進の身の上だ。


「どんな薔薇が咲いているんだろう。母様が好きだった白の薔薇は咲いているかな」

「そうですね。咲いているといいですね」

 部屋を出て廊下を聡様前にして歩く。階段を下り一階につくと、僕だけじゃない一条家の使用人たちが姿を現し、矢継ぎ早に聡様に声をかけてくる。

 その中に庭師が居て、聡様は今咲いている薔薇の中に白い薔薇はあるか尋ねている。


 聡様の母親、雪絵様。

 一条家当主の正妻ではない、妾であった人だ。名前通りに雪のように肌は白く、おっとりとした雰囲気を持つが、芯は強く華奢な体をした女性だった。去年の冬に持病の心臓病の具合が悪くなり急逝した。本妻である章子あきこ様とも不思議と仲が良く、いつも庭の薔薇園近くでお茶を楽しまれていた。その章子様も今は居ない。雪絵様よりも三年早く流行り病で亡くなった。


 雪絵様に章子様。存命中は僕もお二人にはお世話になった。お二方とも子供が好きな人で、聡様も僕も分け隔てなく可愛がってくれた。


 聡様の母である雪絵様が去ってもう半年になる。


 亡くなって聡様は落ち込んだ。顔色も悪く、塞ぎこんでばかり。いつも全部召し上がる食事を残され、時には拒否された。僕はどうしたら聡様を元気づければいいのか父は当然の事、母にも相談した。二人から返ってきたのが、時が経つのを待つしか方法はない、聡様を黙って見守るしかないという答えだった。それが歯がゆくて僕には耐えられず、他に方法はないかと自分なりに方策を練り、聡様に試してみたが、どれも功を奏せず、僕は途方に暮れた。


 三か月が経ち、徐々に聡様の食事は元に戻ってきた。雪絵様の居なくなった悲しみからようやく立ち上がってくれた。あれこれと聡様に試した手段はどれも身を結ばず、結局両親が提案した時が経つのを待ち、聡様を見守るのが一番効いた。

 まだまだ半人前だな、僕は。


 その時、決意した。聡様を僕は護るこの人の為に僕の人生を掛け護りぬくと。

 僕は森井家の長男として生まれた。森井家は代々一条家をお守りするのが務め。いずれは父と共に一条家全体を守らなければならない時が来る。でも僕は聡様だけは一生泣かすまいと決めた。もう聡様の涙は見たくない。ただそれだけを目標にしてきた。


「聡様、庭に行きましょう。白い薔薇もきっと咲いております」

 聡様は庭師に聞くのを止め、僕の所に来た。

「そうだね、巧。早く見に行こう」

 僕は聡様の後ろにまわり、聡様と一緒に薔薇園の方へ歩いていく。


 庭に出ると、たくさんの植物たちが迎えてくれた。もう五月だ、桜は散ってしまったが、これからが花の季節となる。彩り豊かな庭に、蝶々たちも軽やかに舞っている。庭師の頑張りが目に見えるようだ。どの花々もそれぞれの色を春の温かさを存分に味わい美しく咲き誇っている。

 一条家の庭は良く整えられていると訪れた客人たちからも認められている。同じ国から称号を頂いている華族たちからも好評だ。

 その庭の一部に薔薇を集めた小さな薔薇園がある。


「白い薔薇咲いてるかな、咲いてるといいな」

「きっと咲いておりますよ、聡様」

 僕たち二人はそんな会話をしながら薔薇園に向かう。


 雪絵様。

 どうか貴女の好きだった白の薔薇を聡様に見せてあげてください。

 空からどうか祈っていてください。

 貴女の肌のように白い薔薇を。

一週間に一回の更新を目指して…!

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