01-4/4
「…帰れませんよ、町山昌也さん」酒井が待合エリアにやってくる。高嶺と吾妻も横にいる。
「あなたは、実の娘をレイプしていましたね、それも定期的に」
「はあ???何の証拠が」言い終わらないうちに酒井が
「証拠はある!私たちをなめるな!!!!」普段はニコニコしている小柄な酒井が、信じられないような大声を上げる。
ガキだと言っていた医師の一喝に驚く町山。
「っざけんなよてめえぶっ殺すぞ」
「笑わせる!私たちと同じピッチに立っているとでも思っているのか!」
「さてと…何十年ブチ込まれるかしらね…出てくるときは80過ぎかしら」冷たく高嶺が言い放つ。
いつの間にか横田と築城が来ている。
「町山昌也、あなたに別件で逮捕状が出ています」と無感情の表情で築城が東京地方裁判所が発行した逮捕状を見せる。
「保険証の偽造は罪になるというのは…知らなかったとは言わせませんが?」若干ゲスっぽい笑顔を見せて横田が話す。
「それにねえお父さん、なんで嘘ついちゃうのかなー? 小春ちゃんのカリウム値もスカスカみたいだよ? これフツーに死んじゃうやつだよー?…あ?」
最後の「あ」に元ヤンだった横田の鋭さが宿る。
突然横田を突き飛ばして逃げようとする町山。
「あっっ!」小柄な横田はそれだけで軽く1メートルは飛ばされ、椅子に背中を打ち付ける。
町山は折り畳みナイフを出して威圧しながらダッシュで逃げようとする。
待合エリアには人が少なかったが、騒然としてくる。
制服組が出てくる。見かけによらず足の速い岩国が追いつこうとするが、ナイフで威圧されたのを避けて岩国は転倒する。
「がはっ!!」
「胡桃!!!こいつ!!!」三沢は躊躇なく腰のホルスターから拳銃を抜く。
この時代の警察官はかつての38口径減装弾5発のリボルバーではなく、9㎜のオートマティック拳銃を所持している。
犯罪率が上昇していた頃、5発全弾発砲し3発当てても倒れないヤク中に女性警察官が逆襲され、レイプされた上に最後は処刑スタイルで殺害されるという衝撃的な事件が発生し、一気に警察官の重装備化が進んだ。かつて警察官を縛っていた発砲規則は大幅に緩和されている。
三沢はグロック19を構える。初弾はチェンバーに入っている。グロックには手動セイフティが無い。トリガーを触るとセイフティ解除、いつでも発砲可能となる。
「止まれ!撃つぞ!」三沢は若干頭に血が上りつつも冷静に考える。
「バックアップ入る!後ろに注意して!」築城もヒップホルスターからグロック26を抜いている。
三沢はありがたいと思う反面、ほんの1秒の間に考えを巡らせる。
廊下で撃つと跳弾が危険だから出口で出たところで足を撃つ…
でも当てられるの?マジで…
いや、当たるのかではなく、当てる!
私のペアちゃんをひどい目に合わせやがってあの男!
…男…?あの大男は…このERの受付の人…塩谷さん!ちょっと邪魔よ!
「伏せろ!撃つ!」三沢はトリガーに指を掛ける。トリガーセイフティが外れる。
「どけデブが!刺し殺すぞ!!」夜勤に出勤してきた受付の男…塩谷に怒鳴りながらナイフを振りかざし塩谷に向かってくる。
ちょっと塩谷さん…ホントお願い避けて、なんでそこで片腕上げて立ってるの…
…って…え??
「むん!」
一瞬何か太いものが宙を切ったように見えた。
刹那、町山の上半身がありえないくらい後ろにそれて吹っ飛ばされていく。3メートル以上は飛ばされただろうか。
廊下に敷いてあるマットにぼろ布のように沈む町山。
矯 正 扼 殺 (ディスチャージ・ラリアット)
塩谷伊右衛門こと悪役アマチュアレスラー「銅鑼伊右衛門」の即興必殺技。
とてつもなく太い右上腕を相手に叩きつけるシンプルな質量兵器。
しかし…
「いやあーなんかこけちゃったね勝手に…あ、ナイフ、これはあぶないなあ…」
悪役レスラーならではのゲスな笑顔で町山を見下ろす塩谷。
ホルスターに拳銃を戻し駆けつけてくる三沢。呆然と見つめている。
「あーおまわりさん、これはですね…」あらぬ方向を見ながら鳴らない口笛を吹いている塩谷。
「……逃走を図って廊下で転倒して気絶…ですよね?」
「……そうですね!そう!」
塩谷は雑な感じで町山の足を持って待合エリアまで引きずっていく。
そこで築城に引き渡す。
「ほい刑事さん、お届け物です、サインは結構」
「…町山昌也、公務執行妨害の現行犯で逮捕する、時刻、17時55分」手錠を後ろ手にして掛ける築城。
「…で、20日くらいしたらこの逮捕状使って詐欺罪で再逮捕、そして20日経ったら口にするのも憚られる罪で再逮捕」横田が吐き捨てる。
「ゆっくり刑事課で締め上げるから、そのつもりで…弁護士つけるのは権利だけど、弁護士もいやがるんじゃないかな」築城は刑事課である。
「一応手加減したので死んでないとは思うけど…診てもらえるかな理乃ちゃん」恐る恐る聞く塩谷。
「診るまでもないですね、ただの気絶です…がまあ、一応診ます…はい問題なし」
足で顔をこちらに向けるなどかなり適当に町山を診察した後に、椅子に吹っ飛ばされた岩国を診る。
「大丈夫?岩国さん?出血とか痛いところとか、ない?」手早く、しかし丁寧に岩国の体を確認して酒井が優しく喋りかける。
防弾用のボディアーマーを外して呼吸を楽にしてやる。
「…む…んおー、はっ、はい、警察学校で鍛えた甲斐がありました…あざす酒井先生」
「んもー、死んでたらどうするつもりだったの塩谷さん!」高嶺が言うが、本気で心配はしていない。
「そうなってたとしても正当防衛…かなあこれは…」三沢が肩をすくめる。
「でもまあ…」腕と肩をバキバキ鳴らしながら塩谷が続ける。
「相手を殺さずにダウンさせるのも僕たちのスキルなのでね…と理事長もおっしゃってました」
理事長、勅使河原花子は若い頃、悪役女子レスラー「ラ・ボンバ・テッシィ」として世の怒りを買っていた。
床にあぐらをかいて座らされて後ろ手に手錠がかけられ、さらに椅子のフレームに手錠をかけられた町山。
それを先ほど輪になっていた「怒れる8人の女」が見下ろす。
「ちょっと、起こそうか?」吾妻が言う。
ドスッ!吾妻の左足が町山のだらしない腹にめりこむ。
「あー起きないわね」と吾妻は吐き捨てながら女性用トイレに歩いて行く。
(「顔はヤバいよ、ボディやんなボディを!」ってドラマがあったそうだけど…)と酒井は思う。
「目立つところは傷付けんなよー…ってね」吾妻が後ろ姿で歩きながら逆Vサインを出す。
「仆街」と一言だけチェンが言う。この病院にはチェン以外に広東語がわかる人間はいないが、多分ろくな意味ではない。
「ブタ野郎!」と築城が吐き捨てるように言うが、それを諌めるように横田が言う。
「詩織ちゃん…公務員がそんな事言っちゃダメ…それは豚ちゃんに失礼だよ……死ねペド野郎」
(うわあ…詩織ちゃんもなおちゃんもエグっ)と思いつつ「じゃあ横田さん、築城刑事、都の児童相談センターに一式持って行きましょう」と三沢が話す。
「あいててて…やっと動けるようになってきたわ、このやろう!」とカーボンファイバー製の警棒を抜くふりをして町山を見下ろす岩国。
「でも部長、本当に撃つつもりだったんですか?」
「当然、こんなクッソ重いものぶら下げているのには意味があるのよ、それにくる…岩国が酷い目に遭わされたからね」
「えっ??今、胡桃って言おうとしました?言いましたよね?キャー!やっとバディと認めてくれるんですね!じゃあ私も凛ちゃんって呼びますよ?」
「…うるさいな…言ってないよ…あんた巡査のくせに巡査部長に向かって…さあ、もう一仕事!回収班に引き継いだらパトで都庁行くわよ!」
「があーおなかすいたー」
「うるさいわね…仕事終わったら吉牛行きましょう吉牛」
「…吉牛!やった!ぶちょー私特盛にします!」
「…私並盛でいいや…あ、いや、やっぱ大盛で…」
どうやら三沢の食欲は戻ってきたようだ。
翡翠橋警察署からワンボックスタイプの警察車両が到着し、6人ほどの屈強な刑事が受付エリアに入ってくる。そして拘束されている町山を引き立て、やや乱暴にワンボックスカーに押し込める。
「…」
医療関係者一同は、それをさまざまな気持ちで見送る。
酒井はまるで吐瀉物でも見るかのように一瞥をくれた。
受付のテーブルで一息つく。
「お疲れ様です、理乃ちゃん先生」仕事上がりの本宮が話しかける。
「ああ、梨沙ちゃん…今日は大変だったね」
「ええ…まあ…でも、一つ再認識したことがありますよ私」
「?何を?」
「男が信用できない、ってことですよ」急に女の顔をして本宮がつぶやく。
なんかそういえば…私服に着替えてるからかもしれないけど、と酒井が考える。
(梨沙ちゃん、私よりめっちゃいい女じゃないの…5つも下なのに…)
「でわでわーお疲れ様でしたー」とパッと明るい若い女性の顔に戻り廊下を歩いて外に向かう本宮。
(…なんで三つ編みにしてんだろ梨沙ちゃん…デートかな…いいなあ…女子してるなあ…)少しだけうらやま…と感じている自分に苦笑する酒井。
外傷4号では、ソーシャルワーカーが小春と話している。
「あっ、酒井先生、もう小春さんにはこの後の話について説明しました。」ソーシャルワーカーの武田が話す。既婚者で、こどもを4人も育てているスーパーマミーだ。
「ありがとうございます武田さん」
「…あなたは大丈夫?酒井先生?もしつらかったらセラピスト呼ぼうか?」
「…いえ、大丈夫」
「では私は…それじゃあ」武田が退室しようとするが、思いとどまって小春のところに戻り小春を抱きしめる。
「あなたは一人じゃない、それは忘れないでね」
「……はい」
「この後はね小春ちゃん、武田さんに聞いたと思うけど、簡単に言うと…まずもうあの家には帰らせません」
「……うん」
「そしてもう、あなたは父親にも、母親にも、二度と会うことはありません」
「……うん…ほっとした」
「ちょっとだけ難しい話をすると…あなたはこの聖路都国際病院で1週間ほど入院します その間のあなたの保護者代理として、この病院の院長兼理事長の勅使河原花子先生があなたの安全を保障します」
「…その人は強いの?」
「聞いて驚くなよー、大昔は女子プロレスラーだったそうよ!」
「…ふふ、それは強い」初めて小春が笑う。
「退院後は適切な場所、つまり児童養護施設があなたを責任をもって成人になるまで面倒を見ます 勉強もできます」
「…実は…」
「なあに?」
「…あまり字が読めないの…アルファベットは読めるけど…まずそこから教えてもらえるのかな?」
識字率99%以上の日本で???酒井は猛烈な怒りを覚えた。しかし…
「それは済んだこと。重要なのはこれからよ」
「…」
「私は世界保健機関…WHOというところからこの病院に勉強しに来ているの」
「…だからみんなと服が違うんだ?」
「おぉ、よく見てるねえ この病院に来てるWHOのうちのボスね、彼も児童養護施設に18歳までいたの…でもかえってそちらのほうがよかったんじゃないかって」
「…そうなの?」
「彼は家族がいなくて…だから彼はこう言ったの『俺の家族の肖像はその施設にあったんだ』ってね」
「…うん」
「誰が家族か、それは重要じゃない、いい小春ちゃん?これから、その家族の肖像はあなたが見つけるのよ」
「………うん」
「私もね、おとうさんとおかあさんがいないの」
「…えっそうなんだ」
「私が21のとき…今から5年くらい前にね…経営していた病院が倒産して、その直後に二人とも病気で死んでしまったの だからわたしも家族の肖像を探しているんだよ」
「…うん…ねえ先生?」
「うん?」
「…どうしてこうなっちゃったのかな」
酒井は何も言えなかった。
ただ小春を抱きしめて、これしか言えなかった。
「ごめんね。がんばろうね。」
…
…
今日は医学部に入ってから一番ハードな一日だった。もうくたくただった。
小春がこの後の人生を切り拓いていくことを祈るしかなかった。
父親は最低でも30年は刑務所にいるだろう。
母親も事情聴取されているが、詐欺罪で実刑は免れない。
彼女の家族の肖像はなくなってしまった。
だからそれはこれから見つけるしかない。
私にはまだ家族の肖像は感じられる。
そう思いつつ、着替えた後なんとなく歩きたくなりとぼとぼと歩いて帰っている。
もう夜だ。今日は食事も朝しか食べていないが、とても何か食事を作る気にはなれない。
「なんか食べて帰ろっかなあ…牛丼食べたいなあ…駐車場のあるお店は…」
ハッと気が付いた。
「クルマ…病院に置いて来ちゃった……サンバーくん…」
TUNE INTO THE NEXT
SAME SERVANT NEST
SAME ST.ROAT EMERGENCY ROOM
(医療用語?解説)
グロック19、グロック26
オーストリア製の9mm自動拳銃。
グロックはシリーズになっており、グロック17(装弾数17発)を基本としていくつものモデルがある。
19はコンパクトタイプで取り回しがしやすいとされる(装弾数15発)。三沢や岩国のような制服警察官に支給されているという設定。
26はさらにコンパクトになる(装弾数10発)。築城や横田のような私服警察官(刑事など)に支給されているという設定。
制服警察官は15発のマガジンを4本携行し、1本は銃に装填されているので、75発の9mm弾を携行する。
私服警察官はまちまち。いざという時には19と26同士でマガジンは融通が利くのも統一による利点…とされる。
日本の警察が現在使っているものよりもはるかに強力だが、凶悪化している犯罪に対抗しきれないと判断して一括導入しているという設定。
グロックシリーズは世界中の法執行機関で大人気で、使っていない国のほうが少ないかもしれない。
実は今の日本の警察は多種多様な拳銃を使っているが、これをグロックシリーズで統一することによってコスト削減、銃操作教育の共通化、弾薬の共通化(全部9mmパラベラム弾)を図っているという事になっている。
岩国のような小柄な女性警察官でも扱えるサイズという意味では26のほうがいいのだろうが…




