【短編小説】わたし、きれい?
灰皿から立ちのぼる煙で明日の行方を占っていると、玄関ドアが派手な音を立てて閉まったのが聞こえた。
廊下に目を向けると、いつも疲れ切った顔の廣右近 牌がさらに顔を青くして帰ってきた。
「どうしたんだ、ドジョウが豆腐に顔突っ込んだ時みたいな表情でご帰宅あそばせて」
俺の軽口をシカトした廣右近は、素材の不明瞭な手提げカバンをどさりと床に落とすと、汗染みの目立つ赤いネクタイを緩めて座り込んだ。
気落ちしているのか?
玄関で座り込んでいる廣右近のそばにしゃがみこんで
「何だ、契約が取れなかったとか取り消されたとかか?気にするな、俺は全国放送の番組で事故を起こしたぞ。ワハハ、インターネットで祭りになってたな」
と言いながら廣右近の肩を叩いたが、その肩は異様に冷たく強張っていた。
「……おい、どうした」
「見ちまったよ」
広右近は声を震わせながら言った。
なにを、と聞きたい気持ちをどうにか抑えて広右近の言葉を待った。
「……見ちまったんだ。あの、牛丼屋とコンビニがある交差点あるだろ。そこでさ……」
そこまで言うと、廣右近は煙草を取り出してひと口吸い込んだ。
白く濃い塊がまるで抜け出す霊みたいに廣右近の口から出て行く。
「そこに女がいたんだよ、こう、スラッとしたいわゆる美人って佇まいの女でさ。シュッとしたロングコートか何か着てて、ツバの広いチューリップ帽みたいなの被っててさ。見えてる髪の毛もテレビコマーシャルみたいに黒く艶やかに光ってたんだ。
この街にもあんなお嬢さんがいるのかと思ったよ。
それでな、まぁ別にナンパでも無いし声をかける気なんて無かったんだが、どうも勝手に足がそっちに向いてな」
廣右近は記憶を取り出して並べるみたいにして話し続けた。
「それでその女の目の前に立つと、女が俺に訊くんだ。”わたし、綺麗ですか”って。ちらっと顔を見たけど、黒目がちだしまつ毛は長いし、想像した通りの美人な顔だった。
まるでガキの頃に聞いた事のある怪談話かよと思ったんだけど、なんとなく”大丈夫、お綺麗ですよ”って答えたんだ」
廣右近は、再び煙草を吸って息を入れた。
「そしたらその女、腕にしてたアームカバーを外して”これでも?”って聞くんだ。
その腕、本当にイカ焼きかよってくらいズタズタに切れててさ、今にもそこから米粒が出てきたり目玉が覗いて俺を見るんじゃないかと思ったら怖くなってな……」
それで走って逃げてきたんだよ、と言った。
廣右近は大きなため息を吐くと「いまになって怖くなってきた」と笑った。
廣右近の膝は小さく笑っていた。
「後はつけられて無いはずだけど」
廣右近がそういった瞬間、インターホンが鳴った。




