7.万葉子の“再生する心”とギフトタグの真実
その日、森はいつになく静かだった。
焚き火の音も、薪のはぜる音もない。代わりに聞こえるのは、雪を踏みしめる小さな足音。
万葉子は、一人で歩いていた。ぎゅっとマフラーを首に巻き、鼻先が赤くなりながらも、目はまっすぐ前を見ていた。
理由ははっきりしている。
昨夜、あの毒舌書物が見せた“七つの記憶”。そのうち一つ――“第二の青い光”が、この森の奥にあると、ページのすみに地図が描かれていたのだ。
「ちょっとした冒険くらい、ひとりでやれるよ……たぶん」
そうつぶやいた彼女の手には、あの“紙で包まれた特別仕様のギフトタグ”が握られていた。
異世界転移の鍵。トラウマ案件。なのに、なぜか安心するのは不思議だった。
雪をかきわけて辿り着いたのは、苔むした岩陰。そこに、静かに青い光が揺れていた。
氷の中に埋もれるようにして存在する、それは間違いなく――第二のギフトタグ。
「これが……!」
万葉子はそっと手を伸ばす。氷に触れた瞬間、タグがふわりと浮かび、淡い光を放った。
「幻視モード、起動しました♪」という軽快すぎるSEと共に、世界が反転する。
「え? 何? 今の声、軽くない!?」
目の前に広がったのは、かつての世界――現代日本の光景だった。
コンビニのネオン、スクランブル交差点、サラリーマンの群れ、遠くの校舎――。
「えっ……えっ、うそ、うちの中学……?」
一気に視界がにじんだ。
次々に浮かび上がるのは、懐かしき風景だった。
友達と撮った卒業写真、部活で失敗して泣いた帰り道、そして家族との晩ごはん。
だが、何かが――おかしい。
アルバムの写真は、なぜか全員変顔。
部活の記憶では、顧問が突然「今日はラップで反省文!」とか言い出してるし、
晩ごはんのシーンでは、父親がなぜか自撮り棒で肉じゃがを撮っていた。
「ちょっ、ちょっと待って!? 幻視おかしいって!!」
「過去の映像は100%正確に再現されません。演出効果として“うっすら面白い記憶”が混入しています」
「どこの設定だよォォォ!!」
だが笑っているうちに、万葉子の目から涙がこぼれ落ちていた。
「……バカだなあ、私。こんなに、帰りたかったんだ……」
その時だった。光の中から、もうひとつのタグが現れる。
そして、優しい声が囁いた。
「過去には戻れない。でも、愛を胸に進むことはできる」
「……あんた誰よ、急にいいこと言ってくるじゃん」
幻視が解けると、彼女の手には第二のギフトタグがしっかりと収まっていた。
戻った先には、ギルドの仲間たちが心配そうに待っていた。
「おっせーぞ! 何かあったんかと思ったじゃねーか!!」
鈴江が背中をどーんと叩く。
「すっごい顔して泣いてたよ?」
妙彩がココアを渡してくれる。
「でも、笑ってるから……いい夢だったんだね」
美依がにこりと微笑む。
「……うん、ちょっと変だったけど、いい夢だった」
タグを手にして帰還した万葉子は、みんなの前で語る。
「これ……ただの転移アイテムじゃない。未来を変える鍵なんだって」
一同が静まり返る中、康策が手を挙げる。
「それ、どこ情報?」
「幻視のナレーション」
「え、またあの軽いノリの声?」
「うん。でも、ちょっとだけ泣かせてくる感じだった」
「何そのAIボイス、感情設計バグってない!?」
大輔はタグを見つめながら、ぼそっと呟いた。
「じゃあ……この世界って、ただの事故で来たんじゃなくて……俺たちが“選ばれてた”ってことか?」
「うん。“選ばれし者たちが未来を変える”。そう書いてあった」
「未来って、どこの未来?」
「多分……この世界と、あっちの世界、両方」
全員がそれぞれの表情で、タグを見つめた。
それは不安で、でも少しだけ、あったかい光を放っていた。
「……じゃあまあ、今日のとこは祝杯だな!」
「お、やった! 何か作るか!」
「おーい! 火の魔法、また“ぬるい湯気”だけど!」
「それで鍋が温まるかあああああ!!」
バカみたいなやり取りに、万葉子は自然と笑っていた。
過去には戻れない。けど――この笑いが、未来を照らす。
焚き火のそばで、再生する心が、そっと温かく灯った。