4.犯行現場に残された“涙で濡れた手紙”
「えーっと……依頼内容、確認してもいいか?」
昼下がり。星くずギルドの拠点前に設置した“超手作り依頼掲示板”には、色あせた羊皮紙が一枚、風に揺れていた。
貼り付けられた紙には、震える筆跡でこう記されていた。
【依頼内容】:村の倉庫から盗まれた薬草の調査
【依頼主】:村の防衛隊(仮)
【報酬】:カブの漬物1樽分+情報提供(※たぶん重要)
「カブか……まあ、悪くないな」
大輔は唇をとがらせながらも、すぐ裏面を確認。そこにはなぜか“特記事項”としてこう書いてあった。
※現場には“涙で濡れた手紙”が落ちていた。
「いや、なんだよその情緒的なオマケ情報」
「たぶん、それが物語のフラグですわね」
妙彩が紅茶をすすりながらさらりと返した。
「ちょっと! そーゆーの気になるじゃん!」
万葉子ががばっと立ち上がり、拳を握る。
「これはもう、行くしかない! 星くずギルド、出動ッ!!」
「いや誰が号令役決めたんだよ」
「正智が黙ってたら進まないからだよ」
「おいそれ言うな。なんか今日、胸騒ぎしてんだよ……」
妙に浮かない顔をしていた正智が、そのまま先頭を歩き出した。
村は、拠点から森を抜けた先にある小さな集落だった。
干し草の匂いと、牛の鳴き声と、子どもたちの笑い声――どれも素朴で温かい。
だが、村人たちは口を揃えて言った。
「盗まれたのは夜中だ」
「でも、扉には鍵も壊された痕もない」
「……代わりに、“手紙”が落ちてた」
村の古びた倉庫前、そこに残されていたのは、確かに一通の手紙だった。
封はされておらず、端がぐしゃぐしゃに濡れている。インクが少しにじみ、文字が読みづらい。
大輔がそっと手に取り、読む。
ごめんなさい。あなたたちのものだと知っていました。
でも、私はこれしか方法がなかった。あの人たちに見つかる前に、どうしても届けたかった。
……さようなら、正智。
「……」
「おい、正智。これ、お前のこと書かれてんじゃないのか?」
仲間たちの視線が集まる中、正智は一歩後ずさった。
「ちょ、ま、まさか……いや、これは、たぶん同姓同名の別人で――」
「いやこの世界で“正智”って名前、他に聞いたことないんだが」
「おい康策! そこは空気読め!」
正智は顔を覆い、うめくように言った。
「……多分、間違いない。昔の恋人だ……」
「うわ、出た! 過去の女!」
「言い方ァッ!!」
正智の目が鋭くなる。
「……彼女は、王都の研究機関にいた。優秀で、まっすぐで……でも、いつも不正に巻き込まれて、苦しんでた。もしかしたら、あの頃から……」
「つまり今回の犯人は、その彼女ってこと?」
「いや待てよ。これは……わざと痕跡を残したように見える」
妙彩が手紙を手に取り、軽く香りを嗅ぐ。
「これ、涙じゃない。香水と塩水。たぶん、偽装よ」
「え、なにその探偵ムーブ!? 普段ふわふわしてるくせに何でそんな鋭いの!?」
「時々スイッチ入るから」
そして村の裏山――正智の記憶にあった古い廃屋にたどり着いたとき、そこには確かに彼女がいた。
「……ごめん、正智」
影から姿を現したのは、痩せた女性。少し疲れた表情で、でも目はまっすぐに大輔たちを見ていた。
「私は、盗んだわ。でもそれは――“魔星会”に脅されてたから」
「魔星会……?」
万葉子が身構える。だがその瞬間、廃屋の屋根から影が飛び降りてきた。
「フン、告白タイムはここまでだ」
マントをはためかせて現れたのは、明らかに敵ギルド所属っぽいイケスカない男。名乗りもせず、いきなり手から黒い煙を放つ。
「うわ、急に戦闘入った!」
「やっぱバトル回だったかー!!」
康策が教科書を取り出すが、開いた瞬間――
『“過去の恋バナ”をダシに敵を引き寄せるとこうなる:第17章』
「だからそんなピンポイントで当ててくるなこの本は!」
「行くぞ、全員で!」
大輔が叫び、鈴江が真っ先に飛び出した。
「このシーン、拳しかねえな!」
黒い煙を拳でかき分けながら、敵に突撃。
だが相手は瞬間移動魔法を使い、背後を取る。
「読めてるよ!」
バチィィッ!!
鈴江の肘打ちがカウンターで炸裂した。
「物理の女強すぎ問題!!」
大輔と正智が左右から敵を囲む。その隙に、恋人だった彼女が村に盗品を返しに向かう。
「逃がすか!」
敵が最後の一撃を放とうと魔法陣を展開した――が、それをぶち壊したのは、正智の鉄パイプだった。
「お前に魔法なんか使わせるかよ。俺の昔の女に、手ぇ出すな」
「えっそれ今の彼女の前で言っていいの!?」
「美依には後で正座する!!」
敵は呻きながらも撤退。残されたのは、崩れかけた廃屋と、静かな空。
「……ありがと。私はもう、逃げない」
「……俺も、言えてなかった。お前のこと、ずっと――」
バキィ!!
鈴江のストレートが正智の顔面にヒット。
「うるせーんだよ! 黙って告れ! さっさと惚れろバーカ!」
「ストレートにすんなよストレートを!!」
そんなわけで事件は一件落着。帰り道、大輔がぽつりと言った。
「俺たち、マジで物語の中に生きてるんだな……」
「うん。でも、ギャグ混じりだから助かってるよね」
星の光が、森の隙間から差し込んだ。
今日もなんだか、成り上がりの予感しかしない。