2.廃墟で見つけた小さな青い宝石と鈴江の拳
「なあ……ギルド拠点って、もうちょいまともなとこ想像してたんだけど」
それが大輔の率直な感想だった。
丘を下りた先、森を抜け、湖を渡ってようやく辿り着いた「星くずギルドの拠点候補」は、思っていた“ファンタジーの冒険拠点”とはまるで違った。壁の半分が崩れ、屋根は抜け、床には蔓植物が生い茂る――全力で廃墟だった。
「いやいや、逆に考えろ。ここを改装してこそ、俺たちの物語が始まるってわけだ」
充志がポジティブ全開に胸を張るが、屋根から土嚢のように崩れてきたフクロウのフンが彼の肩に落ちてきた。
「ポジティブに考えようとした瞬間に試練与えてくんなよこの世界!」
鈴江はすでに裸足で踏み込み、床を踏み抜いて一階から半地下に落ちていた。
「おーい、なんかヤバそうな空間あるぞー!」という声に、全員が半信半疑で覗き込む。
半地下はどうやら貯蔵庫だったらしく、壁には古びた棚、壊れたタル、そして――光っている何かがあった。
「……あれ、光ってないか?」
「お、宝石っぽい。ひとまず拾って……っておい鈴江、それ素手で触るな!」
「あーもう大丈夫だって、どうせただの飾りで――」
バチィッ!
宝石からスパークが走り、鈴江の髪がバチバチに逆立った。
「おおおおおおい!? お前何やってんだよ!!」
「え、やべ、これ脈動してる! これ生きてるやつだ!!」
石は手のひらサイズの青い宝石で、内側で星のような光が回っている。妙彩がそっとそれを観察していた。
「これ……“星の記憶”ってやつかもしれない。さっき、ナビゲーターが言ってた。過去の映像とか、情報とかが記録されてる媒体だって」
「なんでそんな重要アイテムがこんなとこに転がってるんだよ!」
「異世界あるあるだよ。重要アイテムほど雑に置いてあるって、ね」
「そんな納得の仕方ある!?」
宝石に触れた瞬間、床全体がカタカタと揺れだす。
「……え、ちょっと待って、やばい。やばいってこれ、絶対罠だって!」
「フラグ立てんな康策! 動き止めて!」
「いやいや、逆に! これで安全になるってパターンもあるかもしれな――」
ドガアァァァン!!
床が真っ二つに割れた。
「うわああああああ!!」
「ちょ、おま、誰か受け止めろォォォ!!!」
全員が次々に落下していく中、鈴江だけは空中で逆さまになりながら「しゃーねえ!」と拳を構えた。
着地先には、どう見てもトゲ付きの鉄板が待ち構えていた。
「ヤベえじゃ済まねえやつじゃんこれ!!!」
「避けろー! あっ、無理だこれ……」
だがその瞬間――。
「前向きパンチ!!」
ゴォオオオン!!!
鈴江の拳が地面を叩き割った。地雷級の罠トラップが問答無用で破壊され、地面は瓦礫とともに崩壊。逆に安全なスロープになった。
「すげぇええええ!!!」
「いや、物理で罠壊すなよ!! どういう理屈だよ!!」
「理屈じゃねぇ! 拳だ!」
全員が埃だらけになりながら、なんとか安全地帯へ着地。息を整える暇もなく、康策がハァハァしながら言った。
「……やっぱ、俺らのギルド名、星くずで正解だわ」
「お前それ褒めてねえだろ!?」
仕切り直して、ようやく再び宝石を拾い上げた妙彩が、慎重に手で撫でる。
「……なんか、あったかい。この宝石、“記憶”を持ってる気がする」
「記憶、ねえ……俺らのこと、見てくれてたのかな」
「見てたら絶対バカだと思われてるけどな……」
そのまま火を起こし、簡単な夕食をとることになった。充志と妙彩が薪を組み、炊事スペースを即席で整える。森の中で拾ったキノコと、冒険セットに入ってた乾パンを煮て、なんとも言えない“異世界雑炊”ができあがった。
火に照らされて、みんなの顔が温かい光に染まる。湯気の向こうで、万葉子がふと呟く。
「……家族、思い出しちゃうね。焚き火の匂い、似てるから」
「うちのばあちゃん、焚き火でイモ焼いてたっけなぁ……」
「うちの親父、キャンプでも米しか炊かなかった。肉買っても焼かねえの」
そんな些細な会話に、みんながふっと笑った。
その時だった。
「いい匂いだねええええええ!!!」
急に背後から現れたのは、何かのモンスターだった。
見た目はウサギ、サイズはカバ、声はおっさん。
「うわあああああああああああ!!!」
「誰だお前! 匂いで来るなよ!!」
「おい食われるぞ! 煮込み全部持ってかれるぞ!!」
「ここは任せろぉぉぉ!!!」
鈴江が再び飛び出し、拳を構え――
「今日二発目ぇえええ!!」
ドカァッ!!!
一発で撃退。
夕食の匂いに釣られてきた謎生物は、空高く吹き飛ばされて星になった。
「……あいつも、星の一部になったな」
「雑なまとめやめろ!!」
でも、宝石は光っていた。
どこかで、それを見ていたように。どこかで、彼らの始まりを記録しているかのように。
大輔は火にあたりながら、ふと呟いた。
「……まあ、悪くないスタート、かもな」
彼の視線の先で、美依は静かに頷いた。
そして言った。
「次は、屋根、直そっか」
「それ現実すぎて泣けてくる!!」
こうして“星くずギルド”の冒険は、物理と笑いと鍋の匂いに包まれながら、確実に進んでいた――。