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第8章:異端と贈答と、静かな革命

第8章:異端と贈答と、静かな革命


冷たい文が、王都から届いた。


魔導思考機カミカゼは神命に反する。

“知識の過剰供給”および“導きなき啓蒙”の罪により、異端指定とする。

よって、即時稼働停止を命ず」


アカイアは紙片を指先でつまんだまま、無言で燃やした。


「……ついに来たか」



《カミカゼ》は、ただの機械ではない。


子どもたちの質問に答え、仮説を与え、発想の翼を広げてきた存在。

それを“異端”と決めつけたのは、知識を恐れ、変化を拒む者たちだった。


アカイアは肩をすくめ、机の引き出しから数通の封筒を取り出した。


「こっちの“贈り物”も、そろそろ届けるか」



まず、反教育派の神殿貴族たちに送ったのは――

金彩を施した“異世界美術”の複製画。

「風神雷神図屏風」「見返り美人図」「富嶽三十六景」……五点。


それらは、異界の文化と感性を濃縮した美の爆弾だった。


次に、異端指定を主導した審問官の筆頭貴族には――

マホガニー製、磁石と金属で作られた超高級チェスセット。

添えられた手紙には、こう記されていた。


「これは、“ルールの中で王を倒せる”遊戯です。

あなたの論理が正しければ、次は勝てるはずですね」


誰も、それを脅迫とは取らなかった。

だが全員、その“皮肉と優雅に包まれた問い”の意味を、黙して受け取った。



そして《カミカゼ》の処遇。


アカイアは即座に文書を返した。


「《カミカゼ》は“教育用魔導参考石”として再登録済です。

教師が使用する形式に切り替え、児童の直接接触は制限済。

法規第12条に基づき、合法です」


つまり――“形式上の停止”だが、“実質的な継続”。


子どもたちはもう、直接話しかけはしない。

だが「質問文」を紙に書き、教師がそれを読み上げることで、変わらず《カミカゼ》は稼働していた。


ある少女が、紙を掲げて言った。


「先生……代わりにこれ、カミカゼに聞いてもらえますか?」


それが始まりだった。


その日から毎日、教師たちのもとに“質問文”が届くようになった。

一人ひとりが、自分で考え、自分で問いを編み、自分の言葉で“知”に手を伸ばし始めたのだ。


アカイアは校庭の向こうを見ながら、ぽつりとつぶやいた。


「もう……この教育は、俺のものじゃねえ。

“民のもの”になっちまったんだな」



王都では、異変が起きていた。


美術を受け取った貴族が、こっそり複数の魔導芸術家を集めていた。


「この色彩、魔法でも再現できんぞ……本当に“異界”のものか?」


「見たことのない構図と筆致……これは文化の衝撃だ」


“異世界”という言葉が、囁かれ始める。


一方、チェスセットを受け取った審問官は――

夜ごと、自室でルール書をめくり、駒を並べていた。


王を倒すために、駒をどう動かすか。

力ではなく、理で勝つ。

“支配の中で負ける者”ではなく、“支配の中で勝つ者”になるために。


知識とは力。

興味は毒。

そして、芸術は――静かに思想を侵食する。



それは爆発ではない。

反乱でもない。

ただ、静かに水面に広がっていく、波紋だった。


だがそれは確実に、旧来の秩序の中心に届きつつあった。


そして、アカイアはその“波紋”がいずれ“うねり”になることを、知っていた。

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