第8章:異端と贈答と、静かな革命
第8章:異端と贈答と、静かな革命
冷たい文が、王都から届いた。
「魔導思考機は神命に反する。
“知識の過剰供給”および“導きなき啓蒙”の罪により、異端指定とする。
よって、即時稼働停止を命ず」
アカイアは紙片を指先でつまんだまま、無言で燃やした。
「……ついに来たか」
◆
《カミカゼ》は、ただの機械ではない。
子どもたちの質問に答え、仮説を与え、発想の翼を広げてきた存在。
それを“異端”と決めつけたのは、知識を恐れ、変化を拒む者たちだった。
アカイアは肩をすくめ、机の引き出しから数通の封筒を取り出した。
「こっちの“贈り物”も、そろそろ届けるか」
◆
まず、反教育派の神殿貴族たちに送ったのは――
金彩を施した“異世界美術”の複製画。
「風神雷神図屏風」「見返り美人図」「富嶽三十六景」……五点。
それらは、異界の文化と感性を濃縮した美の爆弾だった。
次に、異端指定を主導した審問官の筆頭貴族には――
マホガニー製、磁石と金属で作られた超高級チェスセット。
添えられた手紙には、こう記されていた。
「これは、“ルールの中で王を倒せる”遊戯です。
あなたの論理が正しければ、次は勝てるはずですね」
誰も、それを脅迫とは取らなかった。
だが全員、その“皮肉と優雅に包まれた問い”の意味を、黙して受け取った。
◆
そして《カミカゼ》の処遇。
アカイアは即座に文書を返した。
「《カミカゼ》は“教育用魔導参考石”として再登録済です。
教師が使用する形式に切り替え、児童の直接接触は制限済。
法規第12条に基づき、合法です」
つまり――“形式上の停止”だが、“実質的な継続”。
子どもたちはもう、直接話しかけはしない。
だが「質問文」を紙に書き、教師がそれを読み上げることで、変わらず《カミカゼ》は稼働していた。
ある少女が、紙を掲げて言った。
「先生……代わりにこれ、カミカゼに聞いてもらえますか?」
それが始まりだった。
その日から毎日、教師たちのもとに“質問文”が届くようになった。
一人ひとりが、自分で考え、自分で問いを編み、自分の言葉で“知”に手を伸ばし始めたのだ。
アカイアは校庭の向こうを見ながら、ぽつりとつぶやいた。
「もう……この教育は、俺のものじゃねえ。
“民のもの”になっちまったんだな」
◆
王都では、異変が起きていた。
美術を受け取った貴族が、こっそり複数の魔導芸術家を集めていた。
「この色彩、魔法でも再現できんぞ……本当に“異界”のものか?」
「見たことのない構図と筆致……これは文化の衝撃だ」
“異世界”という言葉が、囁かれ始める。
一方、チェスセットを受け取った審問官は――
夜ごと、自室でルール書をめくり、駒を並べていた。
王を倒すために、駒をどう動かすか。
力ではなく、理で勝つ。
“支配の中で負ける者”ではなく、“支配の中で勝つ者”になるために。
知識とは力。
興味は毒。
そして、芸術は――静かに思想を侵食する。
◆
それは爆発ではない。
反乱でもない。
ただ、静かに水面に広がっていく、波紋だった。
だがそれは確実に、旧来の秩序の中心に届きつつあった。
そして、アカイアはその“波紋”がいずれ“うねり”になることを、知っていた。