第6章:広がる波紋、動き出す影
第6章:広がる波紋、動き出す影
「領主様、他領から“視察依頼”が来ています」
昼下がり。執務室の窓から光が差し込む中、アカイアは帳簿のペンを止め、顔を上げた。
「どこだ?」
「ナノボタン王国北部、フェザス家の三男坊。名目は“教育研究”とのことですが……おそらく、情報収集目的です」
やはり来たか、とアカイアは内心でつぶやいた。
◆
《ハリラ基礎学舎》が生んだ波紋は、もはや領内だけには収まっていなかった。
2週間で破損しない収穫道具を開発した木工組の少年たち。
雨水をはじく布地を試作した裁縫班の少女たち。
カミカゼと連携し、「成長予測型畑」の設計図を描いた農家の子どもたち。
彼らは“教わった”だけではない。
“考え、選び、作った”のだ。
その成果に、自分の名前を堂々と刻み――それを、誇った。
「子どもにここまでやらせるとは、尋常じゃない」
その噂は貴族たちの耳にも入り、視察の申し出が相次いだ。
だが、その中に――警戒すべきものも混じっていた。
◆
「……最近、子どもが言うことを聞かん」
とある小貴族が吐き捨てるように言った。
「“なぜそれをやるのか”と聞いてくる。親の言葉より、自分で考えることを優先しようとする……まるで支配が効かん」
彼らにとって、ハリラの教育は“育成”ではなく“毒”だった。
“民を主にする思想”など、既存の統治にとっては脅威以外の何者でもない。
情報班の報告によれば、すでに2つの小領で「反教育連合」の準備会議が開かれていた。
狙いは明確だった。
● 教育モデルを「危険思想」として王都に通報する
● 精神教育を“宗教逸脱”と断定
● 《カミカゼ》を“異端の自動思考機”として告発
「言っておくが、敵の一手は早い」
地下情報班のリーダー、レオンが警告を発した。
「ですが、先に圧力が来るなら――逆に、“守る仕組み”を先に打ち立てる機会です」
アカイアは静かに立ち上がり、決断を口にした。
◆
「――ならば、学舎を“自治組織”にする」
その言葉に、会議室が静まり返る。
「教育は領主の管轄であるが、運営は民が行う。俺は“保護者代表・教員・子ども”による委員会を設け、運営権をそちらに移す」
そう言って、彼は“新たな学舎制度”を提示した。
▼ハリラ自治学舎制度
・地域委員会:保護者代表3名、教導員2名、生徒代表1名
・予算:ダンジョン資源より毎月一定額を直送
・講師とカリキュラムの決定には委員会同意が必須
・外部干渉(宗教・貴族・他領)の拒絶権を法的に保有
つまり――“教育は領主のものではない”という立場に、法的に切り替えたのだ。
「この仕組みの下で学舎を攻撃するということは、“民意そのものを否定する”行為になる。果たして王都がそれを許すか?」
アカイアはにやりと笑う。
「このルールで困るのは、“上からの命令”だけでしか秩序を作れない連中だ」
彼の背には確かに政治の風が吹いていた。
◆
数日後――
《学舎自治化》の報せは、周囲の村々にも広がっていた。
「……つまり、うちの子が“村の代表”になれるってことですか?」
「教える人も、私たちで選べる……ってこと?」
保護者たちは最初こそ戸惑った。だが、すぐに理解した。
――これは、子どもだけの話ではない。
自分たちの“未来”を、自分たちで決めるという制度なのだ。
◆
アカイアは、村の広場で開かれた自治委員会設立式を静かに見つめていた。
壇上で代表に選ばれた12歳の少女が、震えながらも宣言する。
「私は……この学舎を守ります。ここで、誰もが自分の“学びたい”を言えるようにします」
その言葉に、誰からともなく拍手が起きた。
アカイアは空を仰ぐ。
「波は広がった。だが、本当の嵐は……これからだ」
彼の影が、夕日とともに地面に伸びていく。
その影の先に――外圧、謀略、対立。
だが同時に、“守るべきもの”も確かに存在していた。