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第5章:教え、育てるということ

第5章:教え、育てるということ


荒地の隅に、一棟の建物が静かに完成した。


レンガと木材を組み合わせた二階建て。過剰な装飾はないが、どこか温もりを感じさせる佇まい。その建物の前には、手彫りの木製看板が立てられている。


「学ぶことは、選ぶこと」


名前は――《ハリラ基礎学舎》。


それはこの領地において、初めて「教育」を名乗った施設だった。



開校式の日。


広場に集まった子どもたちと保護者たちを前に、アカイア・デ・ハリラは壇上に立った。彼は特に演説らしい演説はしなかった。ただ、静かに、簡潔に、こう述べた。


「学問を押しつける気はない。だが、“読み書き”と“そろばん”だけは全員に義務づける。それ以外は、自分で選べ。教える側も、強制はしない」


教えることは、与えることではない。選ばせることだ――というのが、アカイアの信条だった。



《ハリラ基礎学舎》は「自由選択制」を採用していた。


午前と午後、好きな時間に、好きな講義を受けられる仕組み。もちろん、最低限の“読み書き”と“計算”は強制だが、それ以外はすべて自分で「選んだ者だけ」が教わる。


▼男子向け:

・木工

・鍛冶

・機械式農具の組立

・ダンジョン装置理解


▼女子向け:

・裁縫

・料理

・薬草学

・家事設計


▼共通選択:

・演算魔術

・農業設計

・初級兵法

・衛生知識


ただし、どの科目も「やりたい」と自分の口で言わなければ、教えられない。それが学舎の絶対ルールだった。


「自分で選んだものしか、人間は本気で身につけない。だからこそ、学びは“自由”であるべきだ」


アカイアは、それを強く信じていた。



学舎の一室には、奇妙な光を放つ石碑が据えられている。表面には複雑な魔術回路と、言語記号のような紋章。


それはかつてアカイアがこの世界に来る前、自作した対話型AI――**《カミカゼ》**だった。


「質問受付中。説明はかんたん、失敗しません。どの学科から聞きますか? 農業? 魔石? 恋愛相談でもOKです」


この異世界でも、カミカゼは“知識のサポート役”として機能していた。魔導石に封じ込められ、常に最新の語彙と常識に適応するよう調整されている。


教師に遠慮せず、何度でも質問できる存在。それが、子どもたちにとっての“学ぶ安心”となった。



一方で、アカイアが特に重視していたのは“心の教育”だった。


学舎の奥、静かな礼拝室の壁に、こんな言葉が掲げられている。


「怒りは炎、赦しは土。両方あって初めて壷は焼き上がる」


人は誰しも怒る。間違う。赦せないこともある。


それでも他人に水を与え、自分の火を守ることができるなら――人は壊れずに生きていける。


この考えを伝えるために、アカイアは“壷作り”の授業を導入した。


ただの陶芸ではない。


火加減の失敗、粘土の崩れ、再挑戦の繰り返し。その中で、子どもたちは「壊すこと」「許すこと」「立て直すこと」を学んでいく。


焼き上がった壷は、すべて名入りで保管され、毎月の展示会で披露される。


それはただの器ではない。その子の心の成長記録なのだ。



開校から一ヶ月。


学舎は日に日に活気を増していった。


「先生、僕、“演算農業”やりたいです! 数字得意だから!」


「私、裁縫上手になったら、村の人みんなの服、作り直してあげるの!」


子どもたちは、自らの口で“学びたい”を語りはじめた。


一方で、カミカゼにこっそり「料理と恋愛の両立はできますか?」と尋ねる少女も現れ、笑いが絶えない日々が続く。


アカイアはその様子を、学舎の屋根の上から静かに見下ろしていた。


「知識は力だ。だが、“自分で選んだ知識”は、そのまま人生を変える力になる」


選べるということ。それは、生きる未来を選ぶということ。


そう信じていたからこそ――彼は今、教え、育てているのだった。

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