第2章:貧乏領地の現実
第2章:貧乏領地の現実
「で、これが……俺の領地ってワケか」
アカイア・デ・ハリラは、みしみしと音を立てる木造の屋敷のバルコニーに立ち、広がる荒地を見下ろしていた。
遠くに森、ところどころに草原。かすかに煙が上がる村落があるが、あとはもう、どう見ても未開の地。道らしい道はなく、馬車すら通れない。動物の足跡と、雑草に埋もれた獣道が伸びているだけ。
「……想像よりひでえな」
小声でつぶやいて、頭をかく。
一応“領主”という立場だが、部下はゼロ。使用人は、腰の曲がった老婆と、まだ15歳くらいの少年のラルフ。あとは農民、木こり、元兵士……といっても戦えそうなのは皆無。住民300人のうち、ほとんどが老人か子ども。
「働き手いねぇじゃん……マジでか」
財布を開く。金貨3枚。銀貨17枚。銅貨80枚。
「リアルに“財布の中身が領の全財産”とか、やめろや……」
目眩をこらえながら深呼吸。だが、腐っても元店長。現場がどんなにひどかろうが、やるしかない。やるべきことは山ほどある。まず生きること、次に動かすこと。
それに、アカイアには“武器”がある。
「ダンジョンコア、っと……」
屋敷の奥、地下への小さな階段を下りる。薄暗い空間の奥に、それはあった。
彼が仕込んだ、自作のダンジョン。その心臓部「ダンジョンコア」。
階層は5。機能も充実している。
モンスター発生、資源生成、魔力吸収、自動再構成――そして、用途変換。そう、ダンジョンの機能は“戦闘用”だけじゃない。発想と運用しだいで、生活にも、産業にも応用できる。
そして、もうひとつの武器。それは――
「この国の住人、全体的に素直になってんのよな……」
装置が機能して50年。貴族も平民も、“傲慢”という毒が抜けつつある。
無茶な命令でも、「分かりました」と返ってくる。多少の理不尽でも文句は出ない。やることさえ明確なら、人はちゃんと動いてくれる。
それは、前の世界では考えられない奇跡だった。
「よし……まずは“食糧”だな」
食えなきゃ何も始まらない。働き手がいないなら、自動で回る仕組みを作るしかない。
アカイアは屋敷に戻り、少年・ラルフを呼びつけた。
「ラルフ、聞け。地下に“食糧迷宮”を作る。中に自動で作物が育つ階層を設ける。光と水の魔法石も仕込む。2日で稼働開始だ」
「え、えっと……ダンジョンって、そんな使い方できるんですか!?」
「できる。“そういう仕様”にしてあるからな。俺が設計した」
「設計……! す、すごい……!」
ラルフはぽかんと口を開けて見ている。たぶん半分も理解してない。でもそれでいい。
「で、村の若い奴を10人集めろ。入口の整備と、最初の作物の搬入ルートをつくる」
「了解ですっ!」
少年は勢いよく飛び出していった。
アカイアはふぅと息をつきながら、ダンジョンの構成を再確認する。迷宮の第1層は既に空洞化済み。光と水を自動供給する環境を整えれば、地下型の農場として運用できる。種と土は……多少、野外から持ち込む必要があるが、初期ロットならなんとかなる。
「こっちは仕組み作ればいい。回すのはアイツらで十分だ」
農業、流通、労務管理。店長時代に散々やってきた業務だ。むしろ、慣れてる。
――野菜の仕入れから賞味期限、在庫の調整、売り場の配置、客層に合わせた陳列。
全部やった。
たかが食料生産くらいでビビっていられない。
「次は……井戸、だな。地下水脈をダンジョンの魔力感知で探せば、数カ所いけるはず」
彼はつぶやきながら、手元の石板に次々とメモを書き込んでいく。設備計画、住民配置、資源回収ルート。
小さな村の再建計画が、静かに、だが着実に形を取り始めていた。
「最底辺から? 上等だよ」
アカイアは笑った。
「“元店長”をなめるなよ。客より厄介な住民なんて、そうそういねえからな」
これから始まるのは、戦争でも魔王討伐でもない。
だが、この世界で一番難しい仕事――それは「領地運営」だ。
荒れ地を開拓し、ゼロから経済を起こし、人を育て、組織を築き、生活を安定させる。
アカイア・デ・ハリラは、最底辺の準男爵として、誰も見たことのない“未来型領地”をつくり上げようとしていた。