まだ、信じられない
「リヒト殿下が……未来を知っている?」
部屋に戻った私は、ひとりベッドに腰掛けて、深くため息をついた。
(そんなこと、あるわけない──)
そう思いたいのに。
リヒトの目は、あまりにも真剣だった。
そして、あの日──処刑台で見た冷たい彼とは、
まるで別人のようだった。
(でも……それでも、私は……)
信じてしまったら、また裏切られるかもしれない。
今度こそ、立ち上がれないくらいに、傷ついてしまうかもしれない。
(だから……簡単に信じるわけには、いかない)
そう自分に言い聞かせても、胸の奥がきゅうっと痛んだ。
──コンコン。
「……お嬢様、お入りしてもよろしいでしょうか?」
部屋の外から聞こえたのは、幼い声だった。
扉を開けると、そこには私の弟、アルノーが立っていた。
「アルノー?」
「母上が、お茶の用意をしてくれたんだ。お嬢様も一緒に……って」
「……ふふ、ありがとう」
その小さな手を取って、私は微笑んだ。
*
リビングには、母上と父上、それに兄たちが揃っていた。
テーブルの上には、湯気の立つ紅茶と、焼きたてのマドレーヌ。
「さあさあ、マリアベル。いっぱい食べなさいな」
母上が私に皿を押し付けるように差し出してくる。
その様子に、思わず笑みがこぼれた。
「マリアベル姉上! このマドレーヌ、僕が焼いたんだよ!」
弟のアルノーが、得意げに胸を張る。
彼は、処刑された私の未来では、
家名を守るために必死に戦って、心を閉ざしてしまっていた。
(でも、今は……こんなに無邪気で、あたたかい)
私はそっと、弟の頭を撫でた。
「ありがとう、アルノー。とてもおいしいわ」
「えへへ……!」
家族が笑い合う、この何気ない時間が、
こんなにも大切で、愛おしいものだったなんて──
私は、前の人生で、きっと気づけなかった。
(守りたい)
そう、心から思った。
家族も、自分も。
そして、できることなら──リヒトさえも。
けれど──
「……まだ、信じられないよ」
小さな声で、私は呟いた。
膝の上で、震える手を、そっと握りしめた