冷たくあしらうはずだったのに
「……マリアベル、今日は体調、大丈夫か?」
リヒトは、まるで宝物でも扱うかのように私の手を包み込んだ。
その手は温かく、優しい。
(……違う。こんなの、知らない。あのときのリヒトは、もっと冷たかった)
動揺を隠しながら、私はそっと手を引いた。
心臓がバクバクとうるさい。でも、顔には一切出さない。
「お気遣いなく、殿下。私は、婚約者としての義務を果たすために、ここにおります」
少しだけ、冷たく。距離を取るように。
あくまで「義務」でしかない、という態度を意識してみせた。
本当なら、この時期の私は、リヒトにべったりと甘えていたはずだ。
健気な婚約者を演じ、彼の機嫌を損ねないよう必死だった。
──でも、それで最後に捨てられたのだ。
(もう、同じ失敗は繰り返さない)
ところが、私の冷たい態度に、リヒトは一瞬、驚いた顔をした後──
目を伏せて、苦しそうに微笑んだ。
「……そうだよな。君は、無理をしている」
「……は?」
「いいんだ。義務でも、最初はそれでも構わない。
少しずつでいい。……君が、もう一度、俺を信じてくれるようになるまで」
(……………??????)
頭がついていかない。
予定では、リヒトが私の冷たい態度に不満を抱いて、
次第に私を放置するはずだった。
でも、現実の彼は──むしろ、私の心を根気よく溶かそうとしているようだった。
「朝食は、君の好きなメニューを用意した。……一緒に食べてもいいか?」
「………………」
(え、なにこれ、優しい。怖い。怖すぎる……!!)
戸惑う私の前で、リヒトは少年のように無邪気な笑みを浮かべる。
その顔があまりにも眩しくて、私は思わず目を逸らした。
(このままだと、私……また、あのときみたいに、信じてしまいそうになる)
危険だ。
何よりも、危ない。
心を閉ざしたまま、冷たく、淡々と、距離を置かなければ。
それなのに──
「マリアベル、君の笑顔が見たい」
リヒトは、そんな言葉までさらりと囁いてきた。
(う、うわぁぁぁぁぁ!!!)
私は、己の表情筋を必死に抑え込むのだった。
──やり直し人生は、想像以上に手強いようだ。