金尾、溜飲を下げる
〈罪深き人であるなら春謳へ 涙次〉
【ⅰ】
さて、金尾復讐篇。
カンテラは硫酸がぐつぐつ云つてゐる大鍋の前にゐた。汗みづくである。硫酸の鍋には、剝製の山羊の頭、金尾の髪、じろさんの髪、澁澤龍彦・著『異端の肖像』(初版・書肆田髙)が放り込まれた。澁澤の本には、サン=ジュストについての、澁澤の思ひの丈が詳述されてゐる。
じろさん「おや、『修法』かい?」カンテラ「さうだよ。自分はこれで手が塞がる。じろさん、ちよつくら現場の指揮を取つてくれないか?」じろ「ラジャー」カン「さあ、魔界潜入だ」
【ⅱ】
こゝは夢とも現實ともつかない、亞空間。
魔界の議會代表「市民サン=ジュスト」、カンテラ以下の動きも知らず暢気に本を讀んでゐた。トマス・モアの『ユートピア』である。だう云ふつもりでその本を讀んでゐるのかは、彼に訊くしかないが-
彼は正直云つて、金尾のゴーレムは、恐るゝに足らず、と思つてゐた。ゴーレム撃退法を知つてゐたからである。流石に讀書家の事だけはある。
ゴーレムの額には、彼を造つたラビの手に依り、emeth(眞理=ヘブライ語)、と云ふ言葉が刻まれてゐる。そのアタマのeを消し、meth(死)にすれば、そのゴーレムは元の土くれに帰するのである。
と云ふ譯で、金尾蘇生など、どこ吹く風の、サン=ジュストであつた。
【ⅲ】
「悦美と君繪の命は取れなかつたものゝ、金尾を自爆テロに卷き込んでやつた。ふはゝ、カンテラ一味取るに足らず」見ればサン=ジュストの傍らには、蘇生した「セールスマン」が侍つてゐた。
と、そこに、じろさんと金尾、ひよつこり顔を見せたから、彼らは仰天した。「よお、あんたがサン=ジュストさんかい? 澁澤龍彦で、俺も讀んだよ」と、じろさん。時計は夜10時きつかりを差してゐた。
金尾はまづ泥になり、そしてそこからゴーレムへと變貌を遂げた。じろ「さあサン=ジュストよ、うちの金尾と勝負しな」
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〈人造の人形である男一人その本懐は彼の心よ 平手みき〉
【ⅳ】
だが、サン=ジュスト、譲らず、「ゴーレムなんぞ怖くはない」。因みに「セールスマン」はまた自爆されると厄介なので、早々にじろさんが殺つてしまつてゐた。
【ⅴ】
然しながら、サン=ジュストがemethの文字を見る事はなかつた。砂嵐を金尾のゴーレムは卷き起こし、サン=ジュスト「目、目が」。じろさん、打ち合はせ通りに、ゴーグルを装着してゐる。サン=ジュストはその隙に、ゴーレムに踏み潰され、ぺしやんこにされて、お陀佛。
これにて終了。汗をだらだら掻いてゐるカンテラ、じろさんと金尾のゴーレムの帰りに、「待つてたよ。暑くて適はん」
【ⅵ】
「お蔭様で、私、溜飲が下がりました。お禮の金子はこれです」と、金尾、封筒を渡さうとする。が、カンテラ「何を云ふ。きみはウチのカミさんと娘を守つてくれたんぢやないか。これは、受け取れないよ」
「さうですか。ぢやちよつと...」と云ふと、泥になり、金尾はそこで眠り込んでしまつた。「ゴーレム變身は、疲れるやうだね」とじろさん。カンテラ「あゝ。だがサン=ジュスト、滅ぼすことが出來て、良かつた。惡い芽は早めに摘み取るに限る」
さう云へば魔界は、三人目のリーダー(今回は飽くまで「候補」だが)迄失つてしまつた譯で、もはや敵役として魅力がない。今後だうしやう、と作者今更慌てゝゐる次第である。
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〈澁澤の耽美の海に漕ぎ出す晩春 涙次〉
と云ふ顛末。次回第90話。盛り上げたいなあ(作者)。ぢやまた。