書店営業日誌 四月二十七日
カランコロンと入り口の扉が鳴る。
「いらっしゃいませ」
私はその音に、本を閉じ、自分の世界から抜け出す。
入り口から入ってきた客は幼い頃から見慣れた常連客だった。
「今日は琴鈴ちゃんが店番か。大学はまだ始まってないの?」
「大学は去年で卒業しました。なので、しばらくはここで店番してますよ」
「おっ、看板娘がついに店長になるのかい」
「……一応、ですけどね……」
「それはめでたい。今度お祝い持ってこないとね」
私、成星 琴鈴の生家は地方都市の小さな書店でした。大小問わず書店には逆風ばかりの現代ですが、成星書店は地元のお客さんの応援を受けて、この時代でも細々と営業を続けています。
そしてこの春から、大学を卒業した私はこの店の店主を務めることになりました。
「ということは慎二さんは、また海外?」
「そうですね。父は私に引継を済ませたら、しばらく帰らないとだけ言って出かけていきました。ヨーロッパの方にしばらく滞在するそうですよ」
「琴鈴ちゃんに本格的に店を任せるとなると、今まで以上に帰ってきそうにないねえ」
「ええ、その通りだと思います」
「と、喋りすぎたね。予約していた本だけど……」
「いえ、暇な時間ですから大丈夫ですよ。ご用意しますね」
背中側の棚から、予約されていた本を手に取り、念のためパラパラと中身を確認してから客に手渡す。
「こちらですね。念のため確認をお願いします」
「はいよ……うん、問題ないよ」
「ありがとうございます。では、お会計はこちらだけで良かったですか」
「ああ……あっ、いつものカバーだけ掛けてもらっていいかい」
「はい。こちらの別料金のものでよかったですよね」
「それで頼むよ」
再度受け取った本にカバーを手早くかけていく。高校入学以降は店番をして過ごすことも多かったので、店主歴は数日と言えど、その動きにはムダはない、と思う。
「では、お会計こちらになります。支払は現金でよろしいですか」
「ああ……というか、この店、最近のキャッシュレスとか使えるのかい?」
「一応、クレカと交通系くらいは使えますよ……他は、使えた方がいいんですかね。でも私、詳しくないので……」
「ああ、まあ琴鈴ちゃん、僕よりスマホ使えなくても驚かないけど」
「うっ……た、確かにスマホは電話と、インターネットくらいしか使ってませんけど」
幼い頃から本に囲まれて育ったし、家と学校の往復しかしてこなかった。元々人と関わるのが好きではないし、そりゃあこうもなる。
「まあ、別に使えなきゃ死ぬわけじゃないしな。これで丁度でいいかな」
「……はい、これで大丈夫です」
「ありがとう。じゃあ、次は卒業と店長就任祝いを持ってくるよ」
「本当に気にしないでいいですからね……ご来店ありがとうございました」
常連客が去ると、店内はまた静寂に包まれる。私は一息をついて、先程まで読んでいた本に手を伸ばした。カウンターの上に少し積もった埃が舞って、くしゃみが出る。
「掃除、しようかな」
個人書店の店主という生活は悪くありません。元々新しい人と関わることも好きではないので、父親に頼まれたのをあっさり承諾して、怠惰な生活に甘んじることにしました。
「雑巾、どこにしまったっけ……後ははたきは……うう、探すの面倒くさい」
ほこったカウンター内を見回します。そこは私の砦でした。店の営業に必要なあれこれや、お客さんの予約商品、明日の発売商品などが並ぶ中に、私の読みかけの本が所々に転がっています。私が店番中に読みあさっている本達です。
基本的にこの店は暇です。平日の日中など、数時間単位で買い物客が訪れないこともあります……これで何でこの店は大丈夫なんでしょうか。いや、たぶん父が本業で稼いでいるからですね。
「そうだ。もう面倒くさいし、これでいいや」
そう呟いて、足下から一冊の本を抜き出します。そして、パラパラと目的のページを開き、そのページを叩きます。
「ピクシー。カウンターの中を掃除して」
そう呟くと本のページが輝き、次の瞬間、私の周りに十数体の妖精達が現れた。
私には、人に言えない秘密が一つあったりします。それは父が魔術師で、それを受け継ぐ私もほんの少し魔術が使えると言うこと……まあ、私は大した能力は持ち合わせていませんので、ほんの少し不思議な世界に触れているだけの本好きのコミュ障以上のものではありませんが。
「でも、こういう面倒な作業をおまかせできちゃうのはいいよね」
ピクシー達が本を持ち上げ、隙間の埃を回収していく。机から棚から床から、水拭きとから拭きをして、本のページに風を通して元の場所に戻していく。
幼少期から本棚周りの掃除を任せてきたピクシー達の掃除の練度はなかなかのものだ。
「うん、よし」
「……よし、じゃねえよ。何をそんなことに魔術使ってるんだよ」
「ひゃあ、な、何……ニンフ、し、シルフィー……な、なんで出てこな……」
「それ以上ヤバいのを出すな。焦るな、俺だ」
「な、何、ピクシー……ちょ、持っていかないで」
唐突にかけられた声に、更に二体の精霊を呼び出し、魔術を行使させようとしたが、二人とも出てこない。パニックになりかけたところに、ピクシーの一匹が私の顔から眼鏡を外し、もう一匹が私の手から魔道書を引き離す。
そこで声の主をようやく認識した。
「な、なんだ悠樹君か……」
声の主は幼馴染の立風 悠樹だった。私の反応に彼は片手で目頭を押えながら言葉を続けた。
「ああ。危なく記憶を消された上に、吹き飛ばされそうになった、な」
「……いきなり声をかけてくる君が悪いと思う」
「そういう仕事だろ、店長さん」
「……そ、そうだけど……その、魔術使ってるときに声をかけられたから」
「そもそも、こんな誰に見られるか分からないような場所で、こんなしょうもないことのために魔術を使うな」
「はい……」
魔術の行使が一般人にバレるのはまずい。これだけは父に少しだけ魔術を教わったときに、口を酸っぱくして言われた。下手すれば割と洒落にならない処罰の対象になるらしい。
「そ、それで何しに来たの」
「空港で、お前の親父さんに偶然……あの人の話しぶり的に偶然とは思えないけど、あったんだよ。それでお前が店長になったって聞いたから挨拶しに」
「そう……ありがとう」
よくみると、彼は片手にフルーツの盛り合わせを持っていた。フルーツの盛り合わせ?
「入院患者じゃないんだから」
「でも、お前が一番喜ぶのはこれだろう」
「そうだけど……」
「嫌なら実家に持って帰るが」
「ありがたくいただきます」
「それはいいいが、さっさとピクシーをしまえ」
悠樹君の手からフルーツの盛り合わせをもらいつつ、ピクシー達を送還する。そして念には念を入れて魔道書を懐の亜空間に入れる。その様子を悠樹君が見つめている。
「……胸に視線寄せて、変態」
「違うわ。あまりに自然に空間魔術使うから、思わずみただけだよ」
「空間魔術……これは魔道書魔術だけど」
「そうかよ……」
まだ何か言いたげな、悠樹君だったが、そこで表情を変えた。と、同時にカランコロンと音が響いて店に客が入ってくる。
「いらっしゃい……」
「あら、琴鈴ちゃんが店番なんですね。それに悠樹君まで」
「ご無沙汰しています、羽沢さん」
今日は平日にしては来客が多い。次に入ってきたのは商店街の羽沢珈琲店の店主さん。この人も私たちのことを幼いころから知っている人だ。
「ふふ。久しぶり、佑樹君。今回はどこ行っていたんですか」
「今回は北米に観測に行っていました。オーロラが綺麗でしたよ」
「わあ、素敵ですね」
「しばらく日本にいるので、そちらに顔を出した時にいくつかお見せしますよ。子供さん、星が好きでしたよね」
「迷惑じゃなければ、ぜひお願いします。コーヒーセットくらいはサービスしますね」
佑樹君は、大学の物理学部天文学科を卒業後、観測と称して世界中を回っている。後、根暗でコミュ障な私と違って、外面はすごくいい。というか私以外には態度がいい。
「と、忘れるところだった」
「世間話しに来たってわけじゃないですよね……ご用件は?」
「まずは、これ」
「これ……コーヒーですか」
「そう。店長就任祝いです」
「……誰から聞きました?」
「慎二さんから。しばらく店を空けるけど、娘が店長になったから何かあったらよろしく、って」
「……言わなくていいのに」
「琴鈴ちゃん、目立つの嫌いですものね……ただ、先週末の会合で言ってたから、商店街の店主は大体知ってるかと」
「最悪……」
その後、羽沢さんはもう一つの要件を済ませた後帰っていった。
……この日は羽沢さんが帰った後、ほぼ途切れることなく商店街の皆さんが訪れて、私は閉店まで本を開くことはできませんでした




