拾い物
道で私が倒れていても、人は私を避けて歩く。大量のスーツが私を越えて右へ左へ。
時にはぶつかる人もいるが、大きなごみでも見るような目で舌打ちして去っていく。
ここが大都会の闇か。
憐れむように声をかけてくる者もいるが、返事もしない私に無駄だと諦め、「せっかく声かけてやったのによお」と悪態を吐いて引き返す。
私には何もない。存在もない。
足早なサラリーマンの中でいつまでも石であり続ける。
突然、腕を乱暴に掴み上げられた。抵抗もしない私を引きずっていく。
「立てよ」
そう言われて足に力を入れなんとか二足歩行になったものの、おぼつかない足取りで、ただ引っ張られていくに身を任せていた。
老朽化したアパートの鍵を開けて、その人は私を玄関へ投げ入れた。
「風呂沸かすから入れ」
言う通りに、ただただ言う通りにして、熱い湯に浸かった。
上がるとどこから出したのか、室内着が用意されていた。
ソファで煙草をくゆらせる中年男性とリビングの端で立ったままの私。
お礼など言える立場ではない。言葉にならない。
会話のないまま、ベッドを指さされ、そこに座る。
「おやすみ」
彼はソファの上で横になって、自分勝手に電気を消した。
朝になった。
こういうときはお礼に何かするのが定番だろうか。
しかしそもそも何かできたら、あんなところに座り込んでいない。
身体を起こし、座って男性の起床を待つ。
この方は何を望んで私を家に上げたのか。ほしいものは奴隷だろうか。
しばらくすると、男性が目覚める。
「おはよ」
今日も彼は返らない挨拶をする。
そのまま、まるで私などいないように洗顔をし、朝食を作り始めた。
「食べに来いよ」
そう言うので、私はダイニングテーブルに腰掛けた。
食事は二人分できていた。
温かいものを、口に運ぶ。
ごみや石より、奴隷は価値があるだろうか。
「お前を拾ったのは、あのときの気まぐれだ。礼なんて考えるんじゃねえぞ。いつ出て行っても構わないからな。靴はまだ濡れているが」
コーヒーを傾ける彼に、一度だけ頷いた。