3。
「え? ロザリオ? しゃべっ……た?」
──気が付くと。
私は、お供に連れて来た猫のロザリオを黒装束の胸の懐から出して、魔法の『後押し』を頼んでいた。
私は、魔法使いとしても魔女としても未熟だから。魔法の『後押し』が無いと、上手く魔力を魔法へと変換──成就させることが出来ない。
(願いは、叶うんだ──。それが、『魔法』。世界の均衡は、私たちが守らなきゃ……。みんなの幸せを守るために)
この世界には、風水火土……他にもいろいろ。星そのものや、自然を構成するたくさんの精霊さんたちが存在する。そして──、居る。
いわゆる、神様──って、ヤツ? なのかな?
そこまでは、分からないけど、精霊さんたちには善悪の区別とか無い。だから、先代の魔王──対立した勇者にも分け隔てなく『魔力』が与えられ『魔法』が使えた。
──気に入った者には力を貸す。
精霊さんたちは、いつもそんなノリだ。悪ふざけじゃない。だって、世界が滅びようと何だろうと、精霊さんたちは、別次元で生きてるから。いや、生きてるとか死んでるとかの概念すらも、無いのかも知れないけど。
なんか、メロメローネこと、母者が、『精霊魔法学』で言ってたような気がするけど。
ほぼほぼ、寝てた……。そして、私は、精霊さんたちと話せたことも無い……。
まさかとは想うけど、『黒アリル』なら、話せたのかな。
「ロザリオ!! 『白魔法』で王子様のお膝と頭の止血の治療よ! 『月の精霊様』!! アタシに力を貸して!」
「ふにゃごっ!!」
なんか、窮地に立たされると、私は力を発揮するみたいで。窮鼠猫を噛む……。違う!
何て言うんだろ、まぁ良いのよ! 今は、それどころじゃあないっ!!
けど、ロザリオは、また、もとの猫言葉に戻ったみたいだった。けれど、私の想いを組んでくれてるのか、とにかく、猫のロザリオと魔法言葉が通じ合ったみたいだった。
「ミラクルリラクルラクリルク……。美神よ女神よ、白き光よ! 癒しの涙を、月明かりの抱擁より照らし出し給えー! ハッ!!」
「はニャぁ……?」
な、何も起こらない……。猫のロザリオもおとぼけ顔だ。
って、ハッ!! こ、これは、夜にしか使えない癒しの回復白魔法だった!!
「痛っ! いてて……。き、君って、やっぱり魔女──い、いや、申し訳ない。古来の伝承から伝わる『魔法使い』なの? な、なんか身体が少し軽く……」
「あー! い、いやいや、あの。違うよー? あ、焦り過ぎてて、ど、動揺してるみたい。アハハ……」
ど、どう言う訳か、目の前の王子様──その瞳のエメラルドグリーンの輝きに星のような光が戻った。
『魔法』自体は、失敗しているはずなのに。
そう言えば、私の胸に宿る赤いブローチ。黒装束の中央で輝く『魔石』。それを、古代人たちは、『ルビー』とも呼んだ。別名──赤い涙。
もしかしたらかもだけど、それにしても、目の前の王子様が一命を取り留めたみたいで良かった。少し安心した。
けど──。
私って、バカ。魔法使い──魔女は絶滅危惧種だから、世界中の冒険者たちが、血眼になって私たちを探してる。
それに聞いてた。『魔導応用力学』──。
──不穏な響き。
その言葉は、お母さんからも聞いていた。
チマタでは、もはや、封印された『魔法』を解く前に、無理矢理、『精霊様』の『魔力』の根源を引き出す実験が繰り返されているらしい。
その歪みは、世界の歪み──ひいては、もっと大きな『理』をも破滅させるとも聞いた。
かつての魔力大戦──、先代の魔王と勇者との戦い以上に。
「アリル? 『魔法』使うの、ヤバいよ? あんたのお気に入りだからって、蘇生──? それも昼間は眠ってる『月の精霊様』を呼び起こすのって、ヤバくない? 魔力ペナルティ──リバウンドのレベルダウンとか?」
「い、良いの!良いの! だ、だって、目の前で人が死にかけてたんだよ?! そ、それに、王子様……」
「ま、あんたが、そう言うのなら、良いんだけど?」
私の頭の中の『黒アリル』が私──こと、『アリル』を責める。
それは、そうだ……。『魔法』を他人に見せても使うのもイケない……。
『失われた魔法を復興させるのだ!』──って、何処かの国のお偉い王様とか大臣とかが言っているらしかった。だから、他人の前では『魔法』を使うまいって、決めてたのに。
──魔女の占術。
お母さんの大水晶の前で、夜な夜な繰り広げられる世界各国の王と大臣たちの陰謀と奸計。
おそらく、魔王も勇者も無き今──、世界は、『魔力』と『魔法』を求めて渦巻いている。
──危ないんだって。
お母さんが言ってた。だからこそ、わざわざ『彷徨いの魔の森』に私たち魔法使い──魔女は、人知れず住んでて、ロアール領の王様に守られてるのに。
そう。
ロアール領の王様は、かつての王子様。
ずっとずっと──、お伽話のような、魔王と勇者の武勇譚をお付きの侍女から夜な夜な眠る前に聞かされては……惚れ込んでいた王子様。
それから幾年月──今は、立派に僻地ロアール領を治める王様になった。
そして、伝説の魔女──メロメローネこと私のお母さんと感動の謁見を果たした際には──、王様自らが、お母さんの前に傅き跪いたと言う。
王様でさえ、『魔力』と『魔法』の偉大さには適わなかった。なのに──。
「ど、どうしよ。私、どうしたら……」
「だ、大丈夫、だよ……。平気。このくらい立てるから」
さ、流石は、王子様っ!! なのかな?
何て言うのかしら、健気? いや、気丈? 私の身勝手な『魔法』?──の、せいなのかもだけど。
(治癒──。血が止まっている。蘇生──出来てるのかな?)
紳士な甘い顔に、強がってる姿。たまらないよー!!
けど、本当に大丈夫かしら? 王子様のおズボンが破けてて、お膝から出てる血が赤い……?
いや、青ムラサキに……。
「ふにゃごっ、ふにゃごっ!!」
「え、なになに、ロザリオ!? 巨大怪鳥ラフテルが来るですって!? それは、『飛行魔法』でも逃げきれないんじゃないのっ!! そ、そんな、とんでもない!!」
何言ってんだろ、私。
猫のロザリオが、慌てて猫言葉を介して、喋ってくれてるのにー!!
勝手に解釈した。
けど、目の前の王子様の青紫色の血がピタリ!──と、止まっていた。
考えたくはないけど、まるで不死者みたいに──。
……いや、いや! もぉぅっ!!
やーだ、もおっ!! 失敗?! 王子様ぁっ!!身に迫る危険!! けど、飛行魔法は使えないし、飛べないし!!
(ズズーン……──)
──森全体が揺れるほどの地響きがして、突然辺りが真っ暗になった。
ヨロヨロと青紫色の血が止まったお膝を庇いながら、剣を地面に突き刺して立つ王子様。
王子様の青い前髪から覗くエメラルドグリーンの瞳が、私たちと空を覆う巨大な黒い影に向けられていた。
怪鳥ラフテルに。
「お、王子様っ!?」
「ぼ、僕は王子様なんかじゃ無い。僻地ロアール領の『彷徨いの魔の森』の樹海に住む魔女に会いに来ただけ。国から派遣されたただの冒険者だ。失われた『魔法』を世界に復興するために」
「え、えー!? で、でも、でもぉっ!!」
私たちの目の前に迫る巨大な黒い影──、怪鳥ラフテル。
偉大なる大魔女、メロメローネこと私のお母さんの所有する大魔導師事典とセットになっている世界魔物大全集に載ってた魔物。
炎のように燃える赤い巨大な翼と羽毛は、炎熱系の魔法が効かない。おまけに、物理攻撃でも伝説級の大剣と剣聖級の腕前が無いと倒せない。
──大地を覆う怪鳥ラフテルの影。
雑魚モンスターのエンカウント率は、ゼロ。ボス級の魔物だって、お母さんのティムの魔法で、飼い慣らされてるはずなのに!!
私は、ピンクの巻き髪で三つ編みにした自分の頭をフルフルと両手で抱えて、地面にしゃがみ込んだ。
打つ手無しの、絶対絶命……。
猫のロザリオの瞳が金色に染まり、黒い体毛が逆立つ。
私の目の前の冒険者こと、王子様は地面に突き刺していた鈍色の剣を身体の前にフラフラと立ち構え、怪鳥ラフテルへと突き刺すように睨む。
王子様の胸の銀のプレートが光るけど、そんなじゃ勝てっこ無い!! 無理だよぉっ!!
「アリル──。あんたのお気に入りの王子様は……」
「え? な、なに?! 『黒アリル』!?」
──私の頭の中の『黒アリル』が、私に話し掛ける。
『黒アリル』の助言もあってか、見たところ、王子様の銀の胸のプレートは鋼と呼ばれるありふれた素材。
家にある世界武器防具事典の最初の方のページに載ってたヤツだ。
レベル15くらいの駆け出しの冒険者が装備する代物。けれども、怪鳥ラフテルは、レベル50以上は無いと倒せないはず。
ムリムリ、無理っ!!
絶対、ムリっ!!
よく、そんなで、この『彷徨いの魔の森』に来れたもんだと想う。いくら、王子様って、言ったって……。死んじゃうよ!! 『黒アリル』じゃなくても、私だって、そう想う……。
「死ぬ、かよ……。最期まで立っているのが、勇者の血筋ってもんだ」
勇者の血筋──、って。え?
勇者だったのは、この世界で魔女にして魔法使いの私のお母さん──いやいや、魔王こと私の──え? 一人じゃないの?
この窮地に追い込まれた土壇場で、王子様の言った言葉が、お腹……いや、頭の中をグルグルと回る。変な魔物のお肉を食べた時みたいに。
確か、勇者って、一度は魔王に倒されて──それから、大魔女こと大魔法使いのお母さんが、魔王に……。
「くっ!! ハァハァ……。き、君は、『魔法剣』──って、言葉聞いたことないか? もし、君が魔法使いなら、僕の剣に古代の力──『魔力』を与えられるはず。それも、飛びっ切りの」
「え!? ひゃ、ひゃい……」
──『魔法剣』……。
遥か昔の大昔。まだ、お母さんが『魔法使い』やってた十代半ばのころ──。
相棒だったのが、勇者。けれど、かつて『大戦』で世界を滅ぼした魔王の魔力によって、消されてしまった。
お母さんを遺して。そして、魔法の存在も──。
それにしても、この王子様、怖く無いのかな──。
死んじゃうよ? 私は、お母さんのブジカエルの魔法のおかげで死なないけど。
よく見ると王子様の足が──、震えている。
いくら、『勇者』の血筋だからって──。
そんな時に、不謹慎だけども、お母さんと勇者──それに、魔王。他にもいた冒険者メンバーのことが、頭を過ぎった。
だって、私のお母さんとお父さんは──。
それに、目の前のこの王子様が、勇者の血筋って言うのなら……。
どうしても、ワケありな気がしたんだ。