第三話 魔術
そして、図書室前。
「呼んでくるから、待っててくれ」
「なんで一緒に入っちゃダメなんだよ」
「そりゃ、同じ人間が二人もいたら混乱するからだろ」
「今更過ぎるだろ」
「まあ、いいから待っとけ」
おれは図書室の扉を開けた。
「…………………お、いたいた」
窓際の閲覧席に一人座る少女が一人。
髪を緑色に染めているので、結構な陽キャかと思いきや、初対面の人間とは知人の仲介なくしては、絶対に話さないという大変不便な生き方をしている奴だ。
喋ってない分には普通に女の子している。
ただし、昨今のジェンダー平等化の流れのなかで、そのような価値観の押しつけは良くないのではないかとも思う。
「おい、本宮」
「………………」
本宮は本を読み続けていた。
読書に熱中して気づいていない?
「本宮?」
「………………」
「お~い、聞こえてますかあ?……本宮ぁ?」
「……………………」
反応がない。
しかし、寝ているわけではない。
間違いなく目は開いていて、開いた本の方を見ている。
よく見ると、本の端が震えていた。
いや、本だけではない。
本宮は北極に居るチワワかってくらい全身をブルブルと振動させていた。
え、こいつ、なにを恐れてんの?
「あ、そっか」
俺、高村のままだった。
だから、本宮がビビってしまっているのだ。
高村は釣り目気味で、初対面の人からしたら結構怖いかもしれない。
さっきも廊下で、心なしか先生から敬語使われてたような気がするし。
え、でも俺今、こいつが友達になりたいと言ってた高村本人のはずだよな?
それでも怖いのか。
「大変だ」
俺は図書室の外に出て、高村に話しかけた。
「おう、どうした」
「本宮が人見知り過ぎて、高村の姿で話しかけても反応がない」
「本宮ってのは例のやつ?」
「そう」
「お前が斎藤だって言うのは伝えたの?」
「あ、伝えてねえ」
「言って来い」
再び、図書室に戻て、本宮の横に立つ。
「本宮、俺のこと高村だと思ってるかもしれないけど、斎藤だから」
ピクっと彼女の身体が動いた。
しかし、まだ信じる気がないらしい。
本を読んでる風の芝居を続けている。
「なんなら、お前が三か月前にネットで発表した詩も言ってやろうか、『マイラブ ~叙情……」
「でええい!!口を閉じてもらおうかあ!!!」
「俺が斎藤だってことわかってもらえた?」
「わかりはしたが、なにゆえ拙者のポエムを知っているのかは見当がつきませぬでござる。あれは斎藤氏にも教えたことがなかったはず」
「いや、だって、お前の『詩人になろう』のアカウント、フォローしてるから」
「今すぐ外してもらおうかあ!拙者気づいたでござる!あれは使い方を間違えれば、ただの黒歴史製造機でござるう!」
「いいのか?はずして。フォロワー減るぞ」
「…………やっぱり、やめてください」
「それはそうと、お前に高村を紹介してやるよ」
「?……高村氏は斎藤氏の別の姿ではござらぬのですか?」
「いいや、そういうジキル博士とハイド氏みたいな意味じゃないから」
「では、本物の高村氏は別にいるのでござるか!?」
「いるよ、いる」
「拙者、会いたいでござる!クンカクンカしたいでござる!」
「やっぱやめようか」
「冗談でござる」
「で、こいつが本宮。…はら、挨拶」
「……………こ、こ。ここ、……こ、こここんにちは」
ぶるぶると震えながら、挨拶をする本宮。
お前の挨拶は「ごきげんよう」じゃなかったのか。
「……ど、っどぅ、どどど、どど………、ど、どどうも」
ぶるぶると震えながら、挨拶をする高村。
よく考えたら、お互いにコミュ障だった。
小声で本宮に話しかける。
「クンカクンカしなくていいの?」
「あの、いま、ほんとそういうのいいんで」
ガチで嫌がられた。
「……………」
「……………」
「………………」
何だこの地獄の空気は。
喋ることがない。
なんかないかなあ、喋ること、喋ること。
あれでもない、これでもない。
今俺の頭のなかでは劇場版の四次元ポケットから適切な秘密道具が見つからずにあたふたするドラえもんの画が浮かんでいる。
「あ、そうだ」
二人が助けを求めるような顔で一斉にこっちを見た。
「高村。お前、さっき剛毛の件でなんか言おうとしてたよな?あの話おごふぁああっ!」
「死にたいようだな、てめえ」
「ごうもう?」
本宮が首をかしげる。
こいつ、クンカクンカしたいとか言ってる割にピュアなのか?
「何が剛毛なんですか?」
「聞かないで」
高村は顔を赤くした。
なんで異性の俺が良くて、同性の本宮がダメなんだ。
「ま、オタク同士仲良くやってくれ。俺はこれで」
「まてまてまてまて」
「まてまてまてまて」
めんどくさくなったから帰ろうとしたら、二人に止められた。
「斎藤、お前がいないと会話が続かねえんだよ、察しろ」
「安心しろ、俺がいても続いてないから」
「それはそれ、これはこれ。お前、私が初対面の人と二人きりで喋れないの、忘れたのか」
「初耳だわ。そして、間違いなくお前ら二人は仲良くなれる」
「仮にいずれ仲良くなれるとしても、最初は絶対探り探りになるじゃん。それ、耐えられねえんだよ」
「わかった。俺にいい案がある」
俺はこいつらに議論を吹っ掛けることにした。
「いやあ、やっぱたけのこの里は最高だよなあ、きのこの山とか誰得なんだよ?」
「それな」
「まじ、それな」
たけのこ派しかいなかった。
「なんてうっそーん、俺は断然きのこ派でーす」
「ふうん、ま、好みは人それぞれだしな」
「そうですね、言い争う程ではないですね」
なんなんだ、こいつら。
俺は正直どっちの方が好きとか特にないけど、そこは言い争えよ。
論争を通して、仲を深めろよ。
あと、さっきから本宮の敬語がキツイ。
プラン変更。
俺はピラッと高村のスカートをめくって、四宮に見せた。
「-----------------ッ!!!!!」
「ぶほぉおおおおおおおおおおっ!!!」
高村の顔が真っ赤に染め上がり、四宮が鼻血を吹いた。
「な、な、な、な、なななっ」
高村が体を震わせている。
「さ、斎藤氏っ!せ、せ、拙者は黄金郷を見つけましたぞ」
「なにしとんじゃ、われええーーっ!」
「剛毛の意味も心得たっ!」
「っ!」
「え?」
「高村氏。其方、なにゆえは・い・て・な・い・でござるか!?」
高村は死んだ。
「笑えよ」
「………………」
「………………」
「笑えって」
「………………」
「………………」
「何黙ってんだよ」
「……………拙者にも、普段からはく意味が理解できない気持ちはありましたぞ」
「同情はいらないんだよ」
「個人の趣味趣向の問題でござるし、拙者が口を出すものではないでござる。ただ、斎藤氏。学校にノーパンにさせるのはどうかと思うのでござる」
「まて、なんで俺がさせてる前提なんだよ」
「?…………二人は主従関係ではござらぬのか?」
「交際関係ですらねえよ」
「なんと、では、高村氏」
「なに」
「せ、拙者と交際を前提に結婚してほしいでござる!」
「斬新なプロポーズだな」
「結婚した後に交際すんのか」
「失敬。言い間違えた。いちいち揚げ足をとらないでほしいでござる」
「ごめん」
「すまん」
「せっかく人が一世一代の申し込みをしているというのに」
「それ、本気なのか」
「もちろんでござる。本気のホの字でござる」
「ごめん、私好きな人いるから」
「ガーン」
「意外だな。コミュ障なのに」
「好きになるのは勝手だろ」
「てか、お前なんでノーパンなの?」
「それ、訊く?」
「いや、だって気になるだろ」
「デリカシーのかけらもないな」
「お前も俺に見られても平気だったじゃん」
「黙秘権使いてえ」
「それはお前の勝手だけどさ」
「あのさ、ここで話すことじゃない」
「あ、そう」
「せ、拙者。生きる望みを失ったでござる」
「本宮、お前。同性か異性かに限らず、会っていきなりプロポーズするもんじゃないぞ、反省しろ」
「ほよ?高村氏が二人」
「アラレちゃんかお前は。さっきからずっとそうだったろ」
「なんでドラゴンボール見たことないのに、アラレちゃんは知ってるんだよ」
「斎藤氏。そもそも、なぜ高村氏になってるのでござるか」
「試しになってみたら、戻れなくなった」
「まじで迷惑だわ」
「と、ということは斎藤氏は今後もずっと高村氏として生きていくおつもりで?」
「いやだな、それ」
と高村。
「奇遇だな、俺もだ」
「でも、戻れる見込みはないのでしょう?」
「そうだな、今のところはわからん」
「斎藤氏斎藤氏再投資再投資!!!」
「うるさいうるさいうるさいうるさい」
「拙者と結婚しましょう!これで合法的に高村氏を好きにできるでござる」
「なんで結婚したら、俺のことを好きにできることになってんだよ」
「斎藤。結婚してあげたら?」
高村が完全に他人事のように言った。
まあ、他人事だけど。
「大体、俺結婚できる年齢じゃない」
「ガーン。ならせめて付き合ってくだされ」
「やだ、俺いつまでも高村でいるつもりないし」
「くぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ」
本宮は苦悶の表情は浮かべた。
そして、
「でえーい!!!まじかるみらくるみるくとほいっぷ、あぶらかたぶらのちちんぷいぷいのびびでばびでぶーっ!」
「ぎゃああああああっ!」
高村に光が放たれた。
今日、踏んだり蹴ったりだな、こいつ。
もうちょっと優しくしてあげよう、と心に決める。
もくもく、と煙が立って、それが晴れるころには、高村がいた場所には違う人物が立っていた。
どう見ても俺だった。
これで、サイズが小さいシャツを着て、スカートをはき、その下はノーパンだというのだから、見ていて地獄だ。
「これで斎藤氏が高村氏に、高村氏が斎藤氏になった。斎藤氏が今、自分の身体に戻っても、自分が二人になて不便なだけでござる。高村氏として生きていくことを心に誓いなされ」
「なんでそんなことできるんだ。そしてなんつーめんどいことしてくれてんだ、お前。その暇があったら俺を戻せよ」
「何を言う、高村氏。あなたは高村氏であろう?」
「ふざけんな、俺は斎藤だ。お前早くもその設定を俺に浸透させようとすんな」
さっきから高村が一言もしゃべってない。
「あー、高村?」
「まじで最悪」
と、さっきよりも随分低い声で話す高村。
当たり前だ、俺の身体である。
しかし、こうやっていると、本当に俺が高村で、こいつが斎藤のような気がしてくる。
キーンコーンカーンコーン
最悪のタイミングでチャイムがなる。
「不覚。我ともあろうものが授業開始に送れるとは。さらばっ!」
本宮は去っていった。
俺と同じくらい迷惑なやつである。