「男爵令嬢。貴様の罪は明らかだ……あ、あれ?男爵令嬢?」
お読みいただきありがとうございます。
いつものごとくぽっと思い付きで書いてしまいました。
前作で「恋愛要素がほぼ無いならそう書いておけ!」というお言葉を幾つも頂いたのでお伝えしておきますが、今作も恋愛要素はほとんどありません。
5000文字足らずの読み切りになってますので気分転換にどうぞ。
ギクタマリス王国国立学園であるヤクタマ学園。
その学園で3月に1度行われる全生徒参加型の学生総会という会合があります。
「ヒギス男爵令嬢。壇上へ来なさい!」
その会の最中、私ことレミリア・ヒギスはなぜか壇上にいるアルホ・ギクタマリス第2王子に呼び出されました。
まあなぜかと言いましたが大体の理由は分かっています。
私は周囲の友人から心配されつつも毅然と壇上へと歩いていきました。
壇上に上がった私はしっかりと淑女の礼を取ります。
「お呼びによりレミリア・ヒギス参上いたしました。
何かご用でしょうかアルホ学生会長」
ちなみに国の方針としてこの学園では家の身分により差別をしてはいけないことになっています。
なので基本的に相手を呼ぶときは本名に様や嬢もしくは役職を付けて呼ぶことを教師から指示されています。
それくらい3回生のアルホ学生会長が知らないはずは無いのだけど。
それはともかく私の落ち着いた姿を見て顔を赤くして怒り心頭の学生会長。
「ヒギス男爵令嬢。貴様がなぜここに呼ばれたか分かるか」
「さあ、皆目見当も付きませんが」
「ふんっ、白々しい。ケヒンナ公爵令嬢の件だ。そう言えば分かるだろう」
「さあ、皆目見当も付きませんが」
「(ヒクッ)」
おぉ、私の態度に学生会長の顔がヒクついてます。
というか、曲がりなりにも王子なのだからポーカーフェイスくらい出来ないのでしょうか。
ともかく学生会長は私をビシッと指差し声高らかに言いました。
「ヒギス男爵令嬢。貴様の罪は明らかだ」
「はぁ。具体的にはどのことを指していますか?」
「そうだな。まず一番多いのは廊下で公爵令嬢とわざとぶつかり転倒させていたそうだな」
「はぁ。確かに廊下でぶつかった結果、彼女が転倒したことは認めましょう」
「それ見た事か」
問題になっているニャンニー・ケヒンナ様とは同学年で隣のクラスなので廊下ですれ違う事は日常茶飯事です。
もちろん私は廊下の端を歩いてますし正面から人が来たら十分に余裕を持って避けるようにしています。
にも拘らずケヒンナ様はまるで狙いすましたかのようにぶつかって来て、そして当たり負けて転倒というか尻餅をつくという謎の行動を何度も行ってきました。
私はぶつかる寸前に半歩下がることで衝撃を極力抑えているのに、です。
その度に取り巻き達が文句を言ってくるので、呆れた私はこう言い返す事にしました。
「あの程度で転ぶなんて鍛え方が足りないのではないですか?」
それを言ったら取り巻き達が怒りだすのもセットだったので更にこう言ってあげました。
「すぐ隣にいたあなた方がボサッとしているからいけないのです。
何の為にそばに居るのですか。彼女が転ぶ前に支えてあげれば済んだ話でしょう?
それとも転んだ後の彼女を助け起こす事があなた方の役割ですか?
それに何のメリットがあるのか教えて欲しいものです」
そこまで言うとケヒンナ様から待ったが掛かり「お互い前方注意だった」とよく分からない事を言ってその場をうやむやにして立ち去るところまでが既定の路線です。
一体あれは何だったのでしょうね。
ともかく更に学生会長からの弾劾は続きます。
「他にもクラス合同の校外活動では度々貴様の班がケヒンナ公爵令嬢の班の狙った獲物を横取りしたために彼女の評価が本来よりも低く査定されたぞ」
「はぁ」
この学園では座学や体育の他、校外活動つまり実際に学園の外に出向いての授業が幾つかあります。
薬草の採集であったりモンスターの討伐であったりです。
それらは事前に凶悪なモンスターが居ない事を確認してあるとはいえ多少なりとも危険が伴うので4人以上の班で行うことになっています。班ごとに指導役の冒険者が付いていますのでこの数年怪我人すら出たことが無いそうです。
学生会長が言っているのはそのうちのモンスター退治の件ですね。
当然モンスターは私達に倒されるためにその場に居る訳ではありませんので分布もバラバラですし必ず会敵できるとも限りません。
なので基本的に先に最初の攻撃を与えた班に優先権があり、他の班が交戦しているモンスターに後から攻撃を仕掛けることは禁止されています。
時々ほぼ同時に発見したモンスターがどちらの班の獲物かで揉める事はどうしてもあります。
ただ。
ケヒンナ様の班について言及して良いのであれば、私達が討伐した後にやってきた彼女らから譲ってほしいと頼まれてお断りしたことはありますが、優先権で揉めた事はありません。
なので私達が非難される謂れはありません。
学生会長の追及はさらに続きます。
「ふんっ。すました顔をしていられるのも今の内だ。
2月前、公爵令嬢の荷物が休み時間の間に荒らされたそうだ。
それも貴様がやったのであろう」
「いえ、それは身に覚えがありません」
これは寝耳に水です。
そんな犯罪行為をしたことはありません。しかし学生会長は私がやったと確信を持っているようです。
「嘘を言うな。貴様がやったという目撃者も複数居るのだぞ」
目撃者ですか。
うーん、それは困りました。
「あの、その目撃者の方々はなぜその犯行を止めなかったのでしょうか?」
「そんなもの、遠目で見ていたせいですぐに近くに行けなかったとかではないか?」
「ケヒンナ様の荷物があるとしたら教室かと思われますが、3階で窓の外にあるのは体育館で屋上にでも登らないと教室内を覗き込むことは出来ません。
となると同じ教室内か廊下から見ていたことになりますが、それなら普段から仲が良くないと評判の私がケヒンナ様の荷物を漁っていたら怪しいとすぐに止めに入れるでしょう」
「む、確かにな」
「考えられることとしてはその目撃者たちも共犯者か、むしろ目撃者たちこそその犯行を行ったのではありませんか?
まあ私はやっていませんので少なくとも共犯者の線はありませんが」
「ちっ。この件に関しては改めて調査させるとしよう」
「よろしくお願いいたします」
良かった。どうやら冤罪は免れたようです。
さて学生会長としてはまだまだ言いたい事はありそうですが、この場を逆転させるなら今がチャンスでしょうね。
「ところで学生会長。問題の渦中となっているケヒンナ様はどちらにいらっしゃるのでしょうか。
こうして今も皆様の貴重な時間を奪っているのです。
私だけでなくケヒンナ様にも出て頂き直接話を聞いた方が良いのではないでしょうか」
「彼女なら療養中だ。おおかた貴様からの度重なる仕打ちのせいであろう」
(サボりでしょうね)
憶測で口に出しはしませんが思わずため息が出そうになってしまいました。
淑女として人前ではしたない行為なので何とか止められて良かったです。
ですが居ないのであれば片手落ちというか時間の無駄です。
「それではケヒンナ様がお元気になられましたら改めて当事者と証人だけで続きを致しましょう。
このような事に皆様のお時間を奪う必要性を感じませんので」
私がそう言い放つと会場のあちこちから安堵のため息が漏れ聞こえてきます。
そうですよね。一部の演劇好きを除いて皆様こんな茶番に付き合わされたくはないですよね。
話は終わりとその場を辞そうとした私に慌てて学生会長が声を掛けた。
「待て逃げるのか!」
「……(いや同じ学園に通う生徒なのですから逃げるも何もないのですが)」
「そもそも男爵令嬢でしかない貴様が公爵令嬢の彼女に不遜な態度をを取り、彼女に心労を与えただけでも罪なのだぞ。分かっているのか!」
その言葉に私はぴたりと足を止めました。
そして毅然とした態度で学生会長に進言しました。
「お言葉ですが、公爵令嬢なのであれば今後社会に出た後は私など塵芥と思えるほど多くの政敵や女傑たちとしのぎを削っていく事になるでしょう。
であれば私如きとの些事で心労を受けている場合ではありません。
この程度自力で解決できるようにならなくては困ります。
まあ困るのは彼女とその夫になる方なので私には関係ないので良いのですが。
あ、そう言えば彼女と婚約しているのは学生会長でしたか。
それでは頑張ってください。
今からこれでは将来何かある度に泣きつかれてその度に奔走することになるでしょうが、愛する女性の為です。
それに男性としては女性に頼りにされるという事は嬉しいことかもしれませんし、学生会長にそういう趣味があるのであれば満更悪い事でも無いでしょう」
私は言いたい事を言って壇上から降りました。
今度は待ったは掛かりませんでしたが、ちらりと見た王子はどこか呆然としてましたが大丈夫でしょうか。
その後は副会長に引きづられるようにして会長は袖に下がり、学生総会は無事に残りのスケジュールを済ませて終了となりました。
私が弾劾されそうになった学生総会から1月が経ちましたが結局あれ以来私が生徒会室に呼び出される事もなく、ケヒンナ様やその取り巻きは私を避けるようになってしまいました。
そして学生会長はケヒンナ様との婚約を取りやめたそうです。
それはまあ、どうでも良いのですが、代わりに私に問題が襲ってきています。
「ヒギス男爵令嬢、待ってくれ!」
そう声を掛けてきたのは誰でもない学生会長です。
最近放課後になると度々私に声を掛けて来るようになりました。
「学生会長。何度も言いますが学園内では爵位や家の身分で相手を呼ぶのをやめてください」
「そうか。ならレミリアと呼べば良いかい?」
「親しくもない女性をファーストネームで呼ばないでください」
「そう連れない事を言わないで欲しい。私と君の仲じゃないか」
「どんな仲ですか、全く」
「まあまあ。それより時間があるならこれからお茶でもどうかな。
学友から中央区に新しく出来たパンケーキの店が美味しいと聞いたんだ」
「残念ながら私はこれから図書室で農業改革に関する論文を纏めないと行けませんので。
そういうのは婚約者でも誘ってあげてください」
全く何が楽しくて私になんて声を掛けるのでしょうね。
私が突き離すようにそう言うと学生会長はちょっと驚いたような顔をした後に続けた。
「そうか。まだ君の御父上からは聞かされていないのか。ならパンケーキの店は来月だな。
それより私もその農業改革には興味が有るから手伝わせてもらおう。これならいいだろう?」
「はぁ、まあ」
流石にそこまで譲歩されては無下にする訳にもいきませんね。
でもお父様がどうしたのでしょうか。
何か嫌な予感がしますね。
そして数日後。
お父様から学生会長の新しい婚約者が私になったと打診されました。
いや第2王子と男爵令嬢では家格が釣り合わないんですけど?
学園を卒業したら本格的に上位貴族の作法を学んでもらう?馬鹿言わないでください。
それじゃあ間に合わないでしょう。やるなら今すぐ開始しなければ。それでも間に合うか分かりませんが。
え、王子の事は嫌とは言わないんだなって?
それはまぁ、このひと月で馬鹿ではないのは分かりましたし。意外と包容力もあるみたいですし。
ってそこ。ニヤニヤ禁止です!