旅立ち(16)
マリーは馬の上で白い息を吐いて身を震わせた。
早朝、夜気の張りつめた冷たさがまだ大気に残る時刻に、ミノカ村を南北に走る道の途中の巨石が大地からそびえたつ場所には、旅装に身を包んだマリー、サキ、シアン、ルカ、そしてリュードッグの五人の姿があった。
リュードッグを除く四人は、鞍の後ろに様々な荷物を積んだ四頭の馬にそれぞれまたがっていた。サキが乘るのはもちろん彼女の愛馬で、残りの三頭はマコク山の遺跡までマリーを追って行ったゴルデ配下の騎兵たちが乗っていた馬である。躾が良かったらしく乗り手を失った馬たちは四頭中三頭までが、噴火の混乱の中、来た道を引き返して村まで自力で戻って来ていたのだ。ガサキマはその馬たちに怪我がないことを確かめると、旅立つマリー達の乗用馬に当てることにした。人数に対して一頭足りなかったが、巨大な義手をつけたリュードッグは並みの馬では騎乗することが難しいので問題は無かった。
五人の傍には、見送りに出た村人たちがいた。マリーはバドやポロ、近所に住む女たちなどと別れの言葉を交わした。父バドと別れを惜しむのは昨晩の内に済ませていたので、別れの挨拶は短かった。
見送りに来た者の中にはガサキマや兵士達の姿もあって、ルカやサキ達、そしてシアンと言葉を交わしていた。七英雄の一人であるリュードッグは、村にいる兵士達の間で人気が高く、彼を見送りたいという者が集まって遠巻きに旅立ちの様子を見ていた。意外な事に、シアンもまた兵士達に人気があり、彼女の傍には兵士が代わる代わる現れて、短く言葉をかけていた。
「そろそろ行こうか?」
サキに声をかけられてマリーは頷いた。もしかしたら現れるかもしれないと思っていた人の姿は、ついには現れなかった。
「じゃあ父さん、私、行くね」
馬上からもう一度別れの言葉をかけて来た娘に、バドは頷いて言う。
「ああ。くれぐれも気を付けて行くんだぞ。サキ様たちの言う事をよく聞く様に。それから、慣れない食べ物には気をつけないと……」
「分かってる。昨日散々聞いたよ」
旅の心得を語り始めたバドの言葉を遮ると、マリーは少しためらってから口を開いた。
「ヨナさんにもよろしく言っておいてね」
バドは、ヨナが姿を現さない理由を知っているらしく、無言で頷く。
「じゃあ、元気で」
「ああ、お前も」
マリーは父に向けて小さく手を振ると、ぎこちなく馬首をめぐらせて見送りに来た人たちに背を向けた。他の四人は既に南に向けて移動し始めていて、マリーも慌てて馬を歩かせた。
五人が向かう南方の空には、東からの朝日を受けて白く光る雲が浮かんでいるのが見えた。大地から湧き出たような夏の重量感のある雲ではない。空の高い場所にいて、風に吹かれると大空を駆けるように何処かへ流れて行ってしまう秋の雲である。この季節にしては珍しく、その雲は北風に吹かれて南の方へ流れていくようだった。
――あの雲は、二度とここへ帰ってくることは無いのでしょうね。
マリーは空を流れる雲を見て漠然とそう思った。慣れない鞍の上で身を捩って背後を振り返ると、遥か後方にはまだこちらを見送っている父の姿があった。体を戻してから横を見ると、サキがマリーと並走して馬を歩かせている。彼女もまた、行く手の空を流れる雲を見つめていた。
「良い村だね、ここは」
サキは視線を前方に向けたまま、誰に言うともなくそう言った。
「うん」
マリーもまた視線を前方に向けるとそう答えた。
五人の旅人が出発する様子を、遠く離れた東の森の木立の影から二人の男が見ていた。一人は黒い外套に身を包んだ眼光鋭い若い男で、もう一人は紺のサテンのシャツに身に纏った小狡そうな小男である。
「さぁて、じゃあ俺たちも出発するとするか」
若い男は馬の上から小男に声をかけた。どうやってその馬を捕まえたのかは不明だが、彼が乗っている馬こそが遺跡へ行った騎兵たちが乗っていた四頭の馬の内、村に戻らなかった一頭であった。
声をかけられた小男は無言で頷く。
「貴重な公子様の首だ。あの方も泣いてお喜びになるだろう」
外套の男は陽気な声でそう言うと、鞍の後ろに積まれた荷物をポンポンと軽く叩いた。どうやらそこにゴルデの首があるらしい。荷物の天辺に詰まれた麻袋が僅かに黒ずんでいるのは、もしかすると中から染み出た血の汚れなのかも知れなかった。
次回は2/12(日)に更新します。




