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天穹の双月  作者: すだちなんてん
第一章
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旅立ち(10)

 西の森の小道を抜けると二人の少女の前で視界が開けた。

 数日前までは清らかな水を湛えた泉の周りに静謐な空間が広がっていたが、今では泉の水は引き、その周囲は多くの人に踏み荒らされていた。

「あれ? 思ったより落ち着いて話せる感じじゃなくなってるね」

 黒髪の少女が言うと、後からついて来た青い髪の少女は泉があった場所を指さした。

「サキさんは覚えてないのでしょうね。わたくしたちはそこの横穴を通って村へ来たのですよ」

 シアンは森の中に入ってサキと二人きりになるとフードを脱いでいた。人目を憚る必要もないうえに、秋の気配を感じるようになったとは言えまだフードを被っていると暑かったのだろう。

「あそこから?」

 シアンに言われてサキは泉の中に口を開けた横穴に気づき、身を屈めてその穴を覗き込んだ。

「ええ。あの穴は施設の地下から外へ繋がる通路の一つです。過去の火山活動で、地下水の流れが変わって泉になっていたようですね」

「そういえば、マリーがここの泉は水の温度が高いと言っていたかな」

「施設の排熱が地下水脈を伝って届いていたのかもしれませんね」

「ふうん」

 サキは相づちをうちながら、今は枯れてしまった泉の傍の倒木に向かって歩いて行き、腰かけた。以前、マリーと一緒に座った倒木である。それはもう何か月も前の出来事であるかのように感じた。だが実際は、倒木に二人で腰かけてから十日も経っていなかった。

「あの抜け穴は村と遺跡をつなぐために作られたの?」

「時系列が逆ですよ。あの通路が作られた頃には、ここに村はまだありません」

 シアンはサキに歩み寄って来て、サキの隣にちょこんと腰かけた。

「施設を建造するにあたって、マコク山の山腹に巨大な穴を掘る必要があり、その際に膨大な量の岩石が排出されました。たまたま近くを天然の鍾乳洞が通っていたので、それを利用して更に横穴を掘ってここまで運搬してきたのです。そして、それをここで地上に上げて、ここから東に行ったところにあった谷間に捨てたのです」

「なるほど。そして、逆に大量の建築資材をここから送ったって事かな?」

 山腹にある遺跡まで地上を通って行くには斜面を登る必要がある。大量の建築資材をそこまで送るのは大変な手間だっただろうから、目の前の地下通路を使ったのだろうとサキは考えた。だが、その考えはすぐにシアンに否定された。

「大量の建築資材なんて送る必要はありませんよ」

「え? それならどうやってあんな所に、あんな巨大な建物を造ったの?」

「完成済みの物をいくつかに分けて落としたのです。もちろん、反重力の魔術を使ってゆっくりとですよ」

 シアンは空を指さしながら事も無げに答えた。サキはその指の先を視線で追いかけて、自然と天を見上げた。

「空から?」

「もっと高いところからです。施設の外殻部に劣化オリハルコン鋼が使われているのも、地上に下ろすときの衝撃で壊れない様にする為です。まあ、他にも理由はありますけど」

「古代クレサ人のする事は途方もないね。でも、ここの東に谷間なんて無かったと思うけど……」

 そう言いながら、サキはミノカ村の中を歩き回った日の事を思い出した。その時サキは、小さな川しか流れていない山間にどうしてこれ程大きな平地が形成されたのかと不思議に思ったのだが、シアンの言葉がどうやらその答えらしい事に気付いた。

「それってつまり……?」

 サキの言葉にシアンはこくりと頷いた。

「ええ、そう言う事です。谷はこの穴から運び出された大量の岩石によって埋められました。その後、マコク山が噴火して捨てられた岩石の上に火山灰が大量に降り積り、平らな土地が出来上がりました。やがてそこに草木が生え、羊飼いたちが牧草地として使うようになり、定住する者が現れて畑が作られたのです」

「それが、ミノカ村の始まりって事か。なら、古代クレサ人たちがあの遺跡を作らなかったら、ミノカ村も存在しなかったって事になるのかな?」

「まったくの無人かどうかは分かりませんが、今ほどの規模の村は作られなかったでしょうね」

 シアンの返答にサキはもう一度空を見上げてため息を吐いた。

「まさか遠い昔に古代クレサ人達のしたことが、今を生きる人々にこれほど影響を与えているなんてね」

「こんなのは、まだまだかわいいものですよ」

 シアンは小声で呟く。

「え? どういうこと?」

 サキが尋ねると、青い髪の少女はその小さな頭を振った。

「いえいえ、こちらの話です。それより、何か話があったのではありませんか? 無駄話も良いですが、その前に用を済ませてしまいましょう」

「ああ、そうだね。何から話したら良いかな……? あの塔の上で青い月から放たれた光に包まれて意識を失ってから村で目覚めるまでの間、夢を見ていたんだ。たくさんの人に話しかけられる夢。いや、あれはアタシに話しかけてたわけじゃないのかな? とにかく、たくさんの人が何かを喋っていた。知らない人の声ばかりだったけど、中には知っている人も混じっていたような気がする。こんなことを聞かれても困るかも知れないけど、シアンなら、アタシが何故あんな夢を見たか分かるんじゃないかと思ったんだ」

「たくさんの人の声、ですか。ふーむ、興味深いですね」

 シアンはそう言うと、細い指で顎先を摘まんで暫く考え込んだ。それから、おもむろに言葉を紡いだ。

「結論から言いましょう。ヴィーレから放たれた魔力に撃たれた際に、サキさんの肉体は瞬時ではありますが魔力の塊に分解されたと考えられます」

次回は1/22(日)に更新します。

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