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天穹の双月  作者: すだちなんてん
第一章
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双月、天穹に満つ(18)

『アタシが竜の気を引くから、その間にマリーが石を設置してくれる?』

『うん……』

 サキの提案にマリーは頷くが、どこか憂鬱そうな様子だ。

『怖いの?』

『実はね……私、高い所、得意じゃないのよ』

――そういえば、昇降機の縦穴ではマリーは青い顔をしてたな。

 サキは昇降機の青く光る床の上で見たマリーの様子を思い出す。顔色が悪かったのは足に怪我をしていたためだと思っていたが、そればかりではなかったようだ。

 魔動鎧を装着していれば、高い塔の上から落ちても無事で済む可能性はある。だがそれは、大地が溶岩で覆われていなければ、の話である。

『……アタシが石を置こうか?』

 サキの提案にマリーはすぐに答えることが出来なかったが、数秒ほど間を開けて首を横に振った。

『……私がやるよ。私じゃ竜の気を引いておくことなんて出来ないし、サキと二人で戦うって、決めたから』

――大丈夫かな?

 サキがそう不安に思った時、ミノカ村で聞いた呪い師の老婆の言葉が彼女の胸によみがえった。

――あの子を信じておやり、か。あのお婆さんは今この時の事を予知していたのだろうか?

 どちらにしても、サキとマリーの役割を交換することは不可能なのだから、サキに出来ることはマリーを信じる事だけだった。そう思いなおすと、サキはマリーに首肯してみせた。

『分かった……マリーを信じるよ。大丈夫、アタシ達なら出来るよ」

『うん。……お願いね、リント君』

 マリーは頷いてから、最後に小さな声で誰かに話しかけてサキに背を向けた。その後姿を見送って、サキは空中の竜に向かって右の掌を向ける。

 その掌から弾丸のように飛び出した黒い塊を、サキは空中でひっ掴んだ。それは影のように黒い大刀だった。

『さあ、さっきの続きと行こうか?』

 サキが語り掛けると、竜は返事をするかのようにサキに向かってその口を開いた。だが、そこから飛び出したのは言の葉ではなく、炎の吐息であった。 

 サキは迫りくる炎を前にして、巨大な大刀を風車の様に回転させた。ただ回転させただけではない。唸りを立てて黒い大刀が回転を始めると、その周りに猛烈な空気の流れが発生した。あまりにその流れが速いため、密度の差が生じて光をも歪ませるほどであった。その、いわば風の盾は、吹きつけられた炎の吐息を完全に遮断する。

 続いてサキは、その大刀を振り上げると猛烈な勢いで振り下ろした。その切っ先から大気の断裂が発せられ竜の身に迫る。だが、その真空の鎌は竜の体を傷つけることは出来ずに硬い鱗にはじかれた。

『やっぱりこの手は通じないか』

 サキは結果を半ば予測していたようであったが、手を休めず続けざまに二度、三度と同様の攻撃を放った。竜はその身に傷を負うことは無かったが、攻撃を加えられたことに気を取られたようで、マリーの事は気にも止めない。

 竜と対峙しながらサキがマリーの様子を窺うと、マリーは雄叫びとも悲鳴ともつかない甲高い声を発しながら南の塔へ向かって跳躍したところだった。その跳躍は遠目から見ても勢いが足らないのが分かった。サキは慌ててマリーを助けに駆けだそうとした。だが、マリーの薄鈍色の鎧は溶岩の海に落ちそうになったところで不意にふわりと持ち上がると、不自然な軌道を描いて塔の上に降り立った。サキはマリーが使う剣狼型魔動鎧の特色を知るわけではなかったが、足に何らかの仕掛けがあるらしいことは分かった。

 大声を上げてマリーが隣の塔に飛び移ったことには竜も気付いたようだったが、いくら竜の知能が高くとも目の前で罠が張られている最中だとは考えもしないようだ。いや、寧ろ知能が高いからこそ大声を上げて喚き散らすマリーこそが囮で、サキが本命だと思ったのかもしれない。竜はサキを睨みつけて、その手には乗らないとでもいうかのように咆哮を上げた。

『良い子だ。このまましばらく付き合ってもらうよ』

 サキは竜の気を引きながら右回りに円を描く様に動く。それに合わせて竜が向きを変えると、周りの塔の上に碧の石を置いて回るマリーには背を向ける格好になった。

 竜は慎重にサキとの距離を測りながら、攻撃する隙を窺っている。その竜の背後では、マリーが泣き笑いのような声を出しながら、三本目の北東の塔に跳び移っていた。

 黒い鎧と竜が対峙したまま時が過ぎる。

 このままマリーが石を置き終わるまで時間を稼げるかも知れない、とサキは頭の片隅で考えた。

 だが、その甘い考えはすぐに捨てることになった。

 竜は距離を保ったまま攻撃をしてこないサキの様子に、不意に何かを悟った様だ。長い首をめぐらせると、その赤い瞳が見る先には最後の塔に跳び移ろうとしているマリーの姿があった。最早感情の制御ができていないのか、飛び移る時のマリーの掛け声は完全に笑い声になっていた。

『おっと、よそ見して悪い子だ!』

 サキは竜の気を引くために再び刀を振るって真空の刃を飛ばした。だが竜はもう騙されないとでもいうように、その攻撃を無視して南西の塔に飛び移ったマリーに狙いを定める。

 舌打ちを一つ鳴らして、サキは駆け出した。塔の屋上を強く蹴って高く跳躍すると、空中の竜に切りかかる。大上段に振りかぶった黒い大刀を刃唸りを立てて振り下ろし、竜の首へ打ち付けた。竜の固い鱗は高い音をたてて刃をはじいたが、強く打たれた竜は空中でぐらりと揺らいだ。

 サキが着地すると、体勢を立て直した竜は流石にサキを無視しきれなくなったのか、黒い鎧に向けて顎を開いて火炎を吐いた。サキは再び大刀を回転させてその攻撃を防ぐ。竜が腹立たし気に咆哮を上げている間に、マリーは最後の塔の上に碧の石の破片を置き、大声を上げながら中央の塔に戻って来た。

『やっと終わったよ』

 人工声帯から発せられる声にはまだ少し震えがあったが、マリーはすべての石を置き終えて安堵したようだった。

『ご苦労様。高い所には慣れた?』

『まさか。溶岩の上をぴょんぴょん跳びはねるなんて、もうこれっきりにしたいわ……。それにしても、その剣はすごいのね』

 サキは竜を見据えたまま頷く。

『この刀自体が魔動器になっていて、攻撃や防御のための魔術を放つことが出来るんだ』

『へぇ、そんな便利な物があるなら、もっと早く使えば良いのに』

『残念ながら使うと使用者の魔力を消費してしまうから、温存していたんだ。でも、今はもう出し惜しみをしている場合じゃないからね。準備は整った?』

『うん、任せて』

 マリーはそう言うと魔動鎧を跪かせ、背面を開いて生身の体を外気に晒した。

次回は12/10(土)に更新します。

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