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天穹の双月  作者: すだちなんてん
第一章
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双月、天穹に満つ(7)

『分かった。強いんだね、マリーは』

 リントと名乗る存在はマリーの決意を称賛するように言うが、マリーは首を横に振った。

「私、強くなんて無いよ。いつも誰かに守られてばかりだもの」

 リントはそれを聞いて小さく笑った。その笑い声は少し自嘲的な様にマリーには聞こえた。

『ボクが人間様に向かってこんなことを言うのもおかしいけど、強さって言っても、色々あるんだよ。彼が君の半分も強さを持ち合わせていたら良かったのに』

「彼……?」

 マリーはオウム返しに口にしながらも、出来るだけ見ないようにしていた首のない遺体のことを思い出す。

『……僕はね、彼の事が嫌いじゃなかった。そりゃ、出来の良い持ち主じゃなかったけど、ここ数年彼の心を見て来たから、どうしても憎めないんだ。彼は繊細な心の持ち主だっただけで、根っから邪悪な人間じゃなかった。公爵家なんかに生まれなければ……人から過大な期待を寄せられる立場じゃなければ、それなりに幸せな生活を送れたんじゃないかな? でも、彼の出自がそれを許さなかった。彼は常に理想的な世継ぎであることを周りから求められ、それが出来ずに周りに失望されることを極度に恐れていた。心中はいつも自分が持たない物を持つ他者への妬みで満ちていた。周りの期待に応えることのできない自分自身への憎悪とともに、ね』

「他者への妬み……」

――あの人が見せた、平民に対する異様なわだかまりはそこから来ていたのかしら?

『彼は誰かから愛されたがっていた。そのくせ、大切な人に愛されている事にはずっと気づかなかった』

「愛されていた?」

『そうさ。本当はね、彼は愛されていたんだ。親子の愛情なんてボクには理解もできないけど、コウゲンはボクを彼に譲った。彼を大事に思っていなかったらそんな事しないはずさ』

 リントは公爵家に代々伝わる制御結晶に宿る人工の知性体である。その制御結晶が譲られたという事は、コウゲンはゴルデを世継ぎに選んだという事なのだろう。

「そっか、そうだよね。愛されてたんだ」

 マリーは納得したというように頷いた。だが納得したのは彼女の兄についてのことばかりではない様子だった。

『ああ。でも、彼はボクを譲られるのが当然のことだと思っていて、コウゲンの気持ちが分からなかったんだ。コウゲンは、彼を愛すればこそ彼の成長に期待していた。だけど、彼が父親に見せたのは目いっぱい背伸びした虚栄の自分さ。そんなもの、認められるはずがない。彼は、自分をいつもあの人と比べて、自分が持たないものばかりに気を取られて、自分が持っている物が何か分からないでいた。それが彼の不幸の始まりだったんだ』

「あの人……?」

『ロスカ・ヘーゼル・ムールン。君のもう一人のお兄さんさ』

「そうなんだ……」

 ムールン大公の子息がゴルデだけではないことはマリーも知ってはいた。そのもう一人の兄の存在が、ゴルデという男を狂わせてしまったという。そう聞くとゴルデが急に憐れに思えてきた。

――たくさん言葉を交わして、お互いの事を知らないといけない、か。

 父親と、そしてマリーのもう一人の兄との間でそれが出来れば、ゴルデという人は死なずに済んだのではないかとマリーには思えた。

――ううん。あの人だけじゃないわ。私だってそう。

「マリーさん、急いでください。もうすぐ隔壁が破られます。遠からず、ここは敵性生物に埋め尽くされる事になりますよ」

 シアンがもう一度警告を発する。

『時間がないみたいだね。君を新しい持ち主として認めるよ。彼女に、シアンに優しくしてくれたし、ボクもこんなところで所有者不在で捨て置かれるのはごめんだからね。心配はいらないよ。さっきは初めてでうまくできる人は百人に一人もいないって言ったけど、君には間違いなくその才能があるはずだ。君が自分自身を信じられるなら、あとはこっちでうまいことやってあげるよ』

「うん、分かった。やってみるわ。ありがとうね、リント君」

 マリーはそう言って、姿見えぬ声の主に微笑みかけた。

『……君のそういうところ、コウゲンにそっくりだよ』

 マリーは返事をしようと口を開きかけたが、制御結晶の声は遠ざかり会話が終わったことを伝えた。

 マリーは目を開けると無言でシアンに手を差し出す。シアンはマリーの手に赤く光る石を乗せながら、尋ねてきた。

「交渉成立ですかね?」

「うん」

 首肯しながら、マリーは歩き出す。

 だが、向かう先は主のいない魔動鎧ではなく倒れているゴルデの亡骸の方だった。

 靴が汚れるのも気にせず、遺体の周りの血の池に足を踏み入れると、うつぶせに倒れた首の無い死体の傍にしゃがみ込んだ。スカートの裾が血を吸って赤く染まったが、それすらも構わないようだ。遺体にそっと触れると、その背中は固く冷たかった。

「……今日は叩いてごめんね。痛かったよね? まあ、私も痛かったから、おあいこって事で許してほしいな。……出来れば、あなたとは落ち着いて話がしたかった。今ならそう思う。今更こんなことを言うのはずるいかな?」

 マリーは瞳を濡らして小さく笑った。

「……リント君を使わせてもらうね、お兄様」

 頬から一粒、キラリと光る雫をゴルデの背に垂らし、マリーは立ち上がって兄の遺体に背を向けた。

次回は10/30(日)に更新します。

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