↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天穹の双月  作者: すだちなんてん
第一章
67/100

双月、天穹に満つ(5)

 実際にはほんの数十秒だが、マリーには永遠とも思える時間が過ぎると、昇降機は速度を緩め始めた。降り始めとは逆に床に押し付けられる感覚を感じたが、落ちるのに比べればその不快感ははるかに少ない。

 やがて光る板は深い孔の底で静かに動きを止めた。

 マリーは昇降機の光る床が姿を消すと、横たわったままのゴルデの遺体を見ないようにしながら、脱ぎ捨てられた魔動鎧に歩み寄る。主を失った魔動鎧は背面を開いたままで、開口部にはてらてらと光る銀の液体が見えた。そこに今から自分が体を入れることになるかと思うと、胸の内で恐怖感が頭をもたげるのを感じた。

 一方シアンはトコトコと駆け出すと、ゴルデの遺体から少し離れたところの床の上から何かを拾い上げた。

「マリーさん、ありましたよ。制御結晶です」

 シアンの掌の上で制御結晶が赤く輝いていた。それは、ゴルデが首から下げていた物に違いない。

「それって……軍隊の物でしょ? 私でも使えるのかな?」

 マリーの言葉に、シアンは首を横に振りながら答える。

「いいえ、これは現在一般的に軍用で使われている物ではありません。見た目こそは同じですが、もっと古いものです。おそらく、ムールン公爵家に伝わるものでしょう。誰にでも使えるものではありませんが……」

「私になら使えるってこと?」

 マリーの言葉に、ええ、と青い髪の少女は頷く。

「本当ならいくらマリーさんが公爵家の血を引いていても、一筋縄では行きませんよ。でも、わたくしならばこの子に話しかけることが出来ます」

「この子? 一体誰の事を言っているの?」

「この子ですよ。この制御結晶です」

「……?」

 シアンの言葉の意味が分からずマリーが首を傾げると、シアンは「では簡単に説明しましょう」とどこか得意げに言う。

「制御結晶とは何か分かりますか?」

「魔動鎧を動かすのに使うものでしょう?」

「そうです。では何故魔動鎧を動かすのに制御結晶がなければならないのでしょうか?」

 マリーは宙を睨んで自分の記憶を洗いなおした。けれども、制御結晶という物が魔動鎧を動かすために使うものだという話は聞いたことがあっても、それがなぜかという話を聞いたことは一度も無かった。

「それは……分からないわ」

「正解は魔動鎧に人間が直接命令を伝えるのは効率が悪いためです。魔動鎧というのは百々のつまりが液体金属製のゴーレムに鎧を着せたものですからね。人間とは大きく異なる精神構造をしていて、これに人間が直接命令をしようとすると、非常に低級な指示をしなければならないのです」

「低級な指示?」

「はい。例えば、右足を上げろ、左手を前へ、右手を後ろへ、腰を少しひねって、胸を張って、顔は前を向いて、という具合ですね」

「なるほど。でもそれじゃ魔動鎧を動かすのは大変そうね」

「ええ、この調子ではちょっと歩かせるだけで日が暮れてしまいます。まあ、歴史上には、こういった低級な指示を非常に高速で出し続け、素早く魔動鎧を操ることが出来た変態じみた人物も存在しますが、それは特例中の特例ですね。そこで、人間の思考を読み取り最適な命令に通訳させるために、人間に近しい精神構造を持つ、わたくしと同じような人工の知性体、いわゆるホムンクルスを結晶に閉じ込め、携帯できるようにしたのです。それが制御結晶。入れ物が違うだけで、わたくしの親戚のようなものですね」

 そう言ってシアンは右手に乗せていた赤い結晶を左手で摘まみ上げた。その制御結晶は、まるで彼女と意思が通じるようにきらりと光を放つ。

「親戚……その結晶が?」

「ええ。幸いな事に、作られた時代が近いためか、この子はわたくしと精神言語に互換性がありますから、意思の疎通が可能です。もちろん、意思の疎通ができるからと言って、本来の持ち主とは何の関係もないわたくしが命令をしても従ってはくれません。けれど……」

「なるほど、ムールン公爵家の血を引く私の言う事なら聞いてくれるかもしれないって事ね」

「そう言う事です。試す価値はあると思いますが、やってみますか?」

 シアンの問いかけに、マリーは僅かに逡巡した。

――逆に言えば、制御結晶が私のいう事を聞くならば、私の父親は大公様で間違いないって事になるわね……。

 だが、サキを助けるためには魔動鎧を使うことが避けられない事を思い出すと、マリーは頷いた。

「では、わたくしの手を取って目を瞑ってください。この子がわたくしの呼びかけに答えてくれれば、マリーさんにも声が聞こえるはずです」

 マリーはもう一度頷くと、シアンの小さな右手を握り目を瞑った。

 眼前にはただ闇が広がり、その暗闇の中からシアンの小さな息遣いだけが聞こえた。

 そのまま、一分が過ぎ、二分が過ぎた。

 どれほどそうしていただろう? 不意に、マリーの耳元で声がした。中性的な高い声だったが、マリーにはそれが小さな男の子の声のように聞こえた。

『ねえ、君。ボクと話したいことがあるんでしょ?』

次回は10/23(日)に更新します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。