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天穹の双月  作者: すだちなんてん
第一章
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古の塔(2)

「で、どうやって中に入るんだ?」

 のけぞって塔の先端を見上げたままサキは尋ねた。

「中に入ると上へ向かうのか下へ続くのかはわかりませぬが、十中八九、扉がどこかに隠されているのではないかと。ですが、この手の扉は正規の鍵がなければ開けられぬのが相場ですな」

「それは困ったね。何百年前の鍵なんて今頃どこかで朽ち果てているかもしれないだろ?」

 のけぞっていた首を元に戻して質問するサキに、リュードッグはいやいやと首を振った。

「鍵といっても金属で作られた物とは限りませぬ。紋章を掘った石板や、魔術を封じ込めた宝玉などが多いそうですな」

「なるほど。たまたま、ちょうど、運よく、さっきそこでそれらしい石板を拾って持っているんだ……」

 サキはそう言って、わざとらしく肩から下げた鞄の中を覗いた。中には、紙に包んだ乾燥果実や水の入った水筒などの食料品のほかに、小振りな鞄に入れるには不釣り合いな刃渡りのある武骨な短剣と、例の銀の腕輪など身の回りの品がわずかばかり、そして油紙に包まれた絵の束と絵を描く道具が入っているだけで、謎の紋章の彫られた石板などは見当たらない。

「……なんてことは望み薄だね。中を拝むには鍵を探すところからか」

 サキは芝居がかった仕草で肩をすくめると、鞄の中から油紙の包みと絵を描く道具を取り出して膝に乗せた。

「左様でござるな。しかしまあ、鍵が形のある物であればまだ良いのですが、鍵が言葉であったり、血脈であったりすると、いささか厄介ですな」

「呪文が伝わっていなかったり、子孫が絶えてしまっていると、お手上げというわけだね。それは厄介だ」

「いずれにせよ、この場で調べられることは他には無さそうですな。まあ、遺跡の扉が開かれた形跡もございませぬから、オーマ様も中には入っておりますまい」

「本当に、ここに来ていたと思う? 根拠は?」

 リュードッグは、地面の一点を指し示した。中央の塔からほど遠くないところに一か所、地面が黒ずんでいる場所がある。注意深く見れば、燃え残った消し炭の破片が散らばっているのを見つけることができた。

「村長殿の言葉通り、風雨で消えかけてはいますが野営の跡がございました。村の者はいつも同じ場所で野営をするとのことですが、それとは離れた場所に一か所。これがくだんの謎の訪問者が残したものでございましょう。そしてこの人物、ミノカの村を経由せずにここまで来たものと思われまする」

「なるほど、普通の人ではミノカ村を経由せずにここまで至るのは難しい、と」

 サキは脳裏でマゴダ村からここまでの道程を思い起こす。道具を使えば普通の人でも登れない事はないかもしれないが、そんなことをするくらいならば迂回するのが普通だろう。

「左様。それができるのは我らと同じような手段が取れる人物ということになりまする。大陸広しと言えども、この遺跡を今訪れる魔術師というのはそう多くはありますまい。仮に偶然他にそういう者が居たとしても、やはり一度はミノカの村を訪れるのが自然でしょう」

 サキは納得がいった様子で頷いた。

「アタシ達みたいに人目を憚る理由がなければ、ね。……入口を見つけることができなくて、あきらめて帰ったのかな?」

「おそらくは。半年程も前のことでから、今頃どちらにいらっしゃるかは分かりませぬな」

「大陸中にこれと同じような遺跡がほかにも四つあるのだろう? ほかの遺跡を調べに行ったのじゃないか?」

「そうだとするとここから近いのは、北東のハーケンか、南のプリコか、といったところですな。いうまでもありませんが、北東の遺跡の場所はハーケン最奥部。気軽に向かえる場所ではありませぬ」

 ハーケン最奥部。そこは、人間の営みの北の最果てである。そこより北方には見渡す限りの大雪原が広がっているのだが、その大雪原の先に何があるかは誰も知らない。少なくとも有史以降、誰一人として大雪原を越えて生きて戻った人間がいないためだ。

 だが、人間以外の者はその雪原を越えることができた。

 魔物である。

 魔物がどこから生まれるのかは判明していない。

 だが、人間が支配する領域に侵入してくる魔物の殆どは、北方の大雪原周辺に出没するのだ。

 魔物が大雪原を越えて来ると考えられるのは自然なことであった。

 ハーケン王国は古来より、人間と魔物の争いの最前線であった。王朝が途絶えた今でも、そのことに変わりはない。ハーケンの最奥部ともなれば、常に複数の軍団が防備を固めているのである。旅人がふらりと入り込めるような場所ではなかった。

「とすると、残るは南のプリコか」

 サキはそう言って、南方を見た。日が傾き、遺跡周辺は既にマコク山自身の影の中にあったが、遺跡の周りを取り囲むように斜面に生えた低木の頭越しに、山裾の森林の向こうでマゴダの村の建物の屋根が強い西日を受けて光っているのが見えた。

「ともかく、アタシ達も出直したほうが良さそうだね」

 サキはそう言いながらも膝の上の包みを紐解くと、中からまだ白いままの紙を一枚取り出した。鞄から取り出しておいた画板代わりの薄い板を膝の上に乗せ、同じく鞄から取り出した白い布の細長い包みを解く。その中からは固く焼かれた木炭が姿を現した。サキはその木炭を使って膝の上で紙に直線を描き始めた。目の前の塔を描いているのだ。

「左様ですなぁ」

 リュードッグは名残惜しそうに塔を見上げる。サキも同じように塔を見上げると、飾り気のない塔の先端だけがまだ日の光を浴びて輝いていた。

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