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天穹の双月  作者: すだちなんてん
第一章
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古の塔(1)

 サキとリュードッグがミノカ村を離れてから二日後、二人の姿はミノカ村西方の山中にあった。村長バドとリュードッグの会話に現れたマコク山の中腹である。

 ヨナ青年から塔と呼ばれる建造物群への道筋を聞いてはいたが、二人はミノカ村を出て直接その場所へ向かったわけではない。一度街道を南に下り、隣村――マゴダと呼ばれる村である――に一度入り、馬を預け、その北西に広がる森林部を抜けて来たのである。

 マゴダから直接この山中へ至る道はない。山裾に広がる森には細い獣道が縦横に走っているが、そのうちのどれを辿っても途中で断崖絶壁が待ち受けていて、野生の鹿などであれば登り降りできるのかも知れないが人間が通るのは難しい。ミノカの村長バドが言った通り、マゴダから向かうならば一度ミノカを経由したほうが早いだろう。

 とはいえ、それは普通の人間ならば、の話である。

 サキもリュードッグも、その気になれば二階建ての建物に軽々飛び乗れるほどの跳躍をする事が出来るうえに、岩肌の僅かな凹凸に片手でぶら下がる事すら可能であるから、いかに険しい絶壁といえどもこの二人の移動を妨げる事はできなかった。

 二人が絶壁を超えて常人の数倍の速度で山道を暫く登り続けると、木々の密度が減り、花崗岩の岩肌が露出する箇所が増えてきた。北方のこの地では、森林限界となる高度が低く、約二千カレヌ(約千メートル)程で樹木が生えなくなるのだ。目に映る景色がほとんど岩だらけになってから、もうしばらく傾斜を登り続けると、不意に低木が生い茂っているのが目に入った。その中に、サキにとっては見たことも無い素材で建てられた建造物群の姿を見ることができた。

 四角い塔が全てで七本立っていた。中央の太い一本の塔を取り囲むようにして、等間隔に細い塔が六本立っている。もっとも、細いといっても中央の塔と比べての話であり、細い塔の一辺は八十カレヌ(約四十メートル)ほどもある。太い塔の方はその倍以上はあった。どうやら高さはどれも同じらしい。

 一見すると、何かのモニュメントのようでもある。高さは三十階建ての建物ほどあるだろう。もっとも、この時代の人間はそれほど高い建物を建てる技術を持ってはいないため、もしそんな建物を作ることができたならば、と仮定すればの話である。塔と呼ばれる建造物には窓の一つもなく、入り口も見当たらなかった。

 サキは中央の塔の表面を指先で撫でながらその外周を歩く。塔の表面はつなぎ目一つ見つけることが出来ない。まるでそれ自体が巨大な鋳造物であるかの様であった。足元にはところどころ地面に岩が転がっていた。斜面を転がり落ちて来たものか、それともかつての噴火の際に飛んできた岩の一部なのかもしれなかった。

 その岩の一つを軽やかにぴょんと飛び超えたところで、彼女は塔の周りを一周し終わった。

「おかしな建物だね。窓も入り口も無いなんて」

 顎に人差し指を当てがってそう言うサキの様子を視界の端に収めながら、塔の周りの地面を調べていたリュードッグが顔を上げた。

「サキ様。可愛らしい仕草をするのはお控えくだされ。癖になると、人前でもやりかねませんぞ」

 サキはキョトンとした顔をして小首をかしげる。左頬の膏薬はすでに剥がされていて、わずかに傷痕が残っているのが見えた。腕には銀の腕輪はない。人気のない遺跡の周りでは腕輪をつける必要がないのだ。

「可愛らしい仕草なんてしてないぞ? 夢でも見たのか?」

 リュードッグはやれやれと首を振った。

「今、まさにしておりまするぞ」

「そうか? まあ、硬いことを言うなよ。ここには他に誰もいないのだから。人前では気を付けるよ。そんなことより、この塔をどう見る?」

 サキは話しながら、中央の塔から少し離れた所に転がる岩に目をつけると、それに歩み寄って腰かけ、のけぞる様にして高い塔を見上げた。 

 日は傾きかけていて、低木の中に巣でもあるのか、辺りにはムクドリがけたたましく鳴く声が響いていた。

 ふむ、と口ひげを撫でながら、リュードッグも塔を見上げる。

「そうですな。古代の魔術機構が組み込まれた遺跡と見て、間違いありませんな」

「へぇ、どうして分かるんだ?」

 サキの問いかけに、リュードッグは塔の傍にまで歩いて行き、塔の表面を左手で擦った。塔の表面には土埃がこびり付いていて、くすんだ色をしていたが、強く擦るとその下からは仄かに青みを帯びた滑らかな面が露出した。

「見てくだされ。この滑らかな表面を。数百年も前の建造物だというのに、傷一つありませぬ」

「うん。確かにそうだね。見たことも無い素材だ」

「これはおそらく、劣化オリハルコン鋼でござらぬかと」

「劣化オリハルコン鋼?」

 オウム返しに尋ねるサキに、リュードッグは頷く。

「左様でござる。オリハルコン鋼を作るすべはクレサ帝国滅亡とともに失われてしまいましたが、オリハルコン鉱石から高純度のオリハルコン鋼を精製する過程で、大量の不純物交じりの廃棄物が排出されたという話です。その廃棄物を使って再度精製することで作られるのが劣化オリハルコン鋼で、言ってみればオリハルコンの二番絞りといったところですな。高純度のオリハルコン鋼には劣るものの、鋼鉄よりはるかに高い強度を持つと聞きますぞ」

「その劣化オリハルコンで作られているってことは、この塔は古代クレサ時代に作られたものってことか。それにしても良く知っているね、そんな話を」

「それがし、これと同じものを一度だけ見たことがありますゆえ」

 リュードッグの眼は数秒の間、遠くを見た。はるか、山の麓を見ているようであったが、実際にその視線の先にあるのは彼の記憶の中にある過去の風景だったのかも知れない。だが、すぐにその視線は現在に戻って来た。

「それに、この遺跡の周辺だけ樹木が生えているのも理由でござる。おそらく、このあたりだけ気温が少し高いのでございましょう」

「確かに、このあたりだけ木が生えているな。それが遺跡に何の関係があるの?」

「古代クレサ帝国時代に作られた魔術機構という物は、日の光や風の力などの何がしかを原動力として、天災にあうか人為的に破壊されぬ限り、半永久的に動き続けるように作られているとか。そして、稼働する際に微量ながら熱を発すると聞きまする」

 サキは遺跡を見上げたまま、ふーん、と感心したように言う。

「クレサ人の技術は計り知れないね。なるほど、ここだけ温かいという事は、この遺跡が持つ魔術機構がまだ生きてるってことか」

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