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天穹の双月  作者: すだちなんてん
第一章
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刺客(6)

「え? ええ、もちろん。私でお答えできることでしたら何なりと」

 リュードッグの頼みにバドは気前よくそう応じたが、まだ半分は上の空の様子である。

「この辺りに、古い、一説には古代クレサ帝国時代のものとも言われる遺跡があると聞いたのですが、ご存じですかな?」

「古い遺跡ですか? うーむ」

 リュードッグの質問に顎をさすりさすりバドは考える。

「それらしいのは、西の森を越えた先、マコク山の中腹にある塔くらいですかね」

「塔、でござるか?」

「ええ。学が無いもので、いつの時代のものと言うのは分かりませんが、この辺りでは神代の頃からあると伝えられている大きな塔です。よそでは見たことも無い素材で作られた建物で、入り口もないもので実際は何なのか分かりませんが、この辺りでは昔から塔と呼ばれています」

 リュードッグは思案顔で唸った。

「ふむ、見たことも無い素材でござるか。それならば、可能性がありそうですな。古代クレサ人は、現在では失われてしまった高度な技術を無数に持っていたといわれておりますから、その中の一つで作られたものかも知れませんな」

「ほう、そうなのですか? リュードッグ様は博識ですな」

「いやいや、それがしなど賢者の言うことをただ聞き齧ったことがあるだけでござる。それで、村長殿はその塔を見たことがおありかな?」

「ええ、勿論」

 バドは大きく頭を縦に振って話を続ける。

「塔ならばこの村からも見ることが出来ますが、この辺りの男児は長じて体ばかり大きくなって暇をもて余すと、仲間と連れだって決まって一度は塔を間近に見にいくものです。塔を見たことがないようだと、この村では一人前の男としては扱われませんから、まあ、大げさな言い方をするならば成人の儀式のようなものですかな。ですから、私も成人する前に三度ほど行きまして。初めは自分自身が行くために、それ以降は初めての者の引率役としてです。まあ、それはともかく、塔はとにかく立派な建物で、若い時分に旅をしたとお話ししましたが、異国でもあれほどりっぱな建造物を見たことはございません」

「ふむ、それほど立派なものでしたら、物見遊山の物好きが集まりそうなものですな」

 口ひげを撫でつけながら言うリュードッグに、バドは今度は首を横に振った。

「いえいえ、物見遊山で行くには少々道が険しくて、徒歩では山道を二日も行く必要がありますから、人が集まるということはありません。ただ、数年に一度、魔術師様や学士様がおみえになることはございます」

「ふむ。近頃は塔を訪ねる者はおりましたかな?」

「いえ、少なくともここ二、三年は村にはそういった方は来られてませんね……」

「左様でござるか……」

 リュードッグは僅かに落胆した表情を見せた。だが、リュードッグが落胆したからというわけでは無いだろうが、バドはリュードッグが興味を持つような話を続けた。

「ただ、少々気になることがありまして」

「ほう、と言いますと?」

「この春先にも、村の少年たちが四、五人、ちょうどマリーと同じ年頃の少年達ですが、連れだって塔へ行ったのですが、塔のそばに誰かが夜営した跡があったと言うのです」

「ふむ。その一団とは別の少年達が夜営したという事ですかな?」

 リュードッグの示した疑問を、バドはもう一度首を横に振って否定する。

「小さな村の中のことですから、誰かが塔へ向かえば直ぐに分かるはずです。なにしろ、往復すると四、五日はかかりますから。ですが、その頃他の者が塔へ向かったということはありませんでした」

「なるほど。そうするとこの村の者ではないと?」

「ええ。稀に隣村の子達が来ることもあるのですが、この村を通れば分かりますし、わざわざ村を通らずに向かうと言うことは考えづらいですな」

 リュードッグは俄然興味が湧いた様子でテーブルに身を乗り出す。

「それは興味深いですなぁ。一体何者でござろう? それはそうと、その塔への道筋も詳しく聞かせてはもらえませぬかな?」

「塔への道ですか……お恥ずかしい話しながら、私があそこへ行ったのはもう三十年以上も前でして。実際に行けば迷うような道ではないのですが、口で説明するとなると……。おお、そうだ。それならばヨナに聞くと良いでしょう。何せつい最近まで毎年のようにあそこへ行っていましたから。おーい、ヨナ! こちらに来なさい」

 バドが大声で呼ぶと、隣室で物音がして誰かがドアを開けたのが分かった。数秒後に応接室の扉が開いて、赤毛の青年の顔が覗いた。

「おおヨナ、リュードッグ様が塔までの道を知りたいと仰っている。おまえはつい最近まであそこへ行っていたのだから、道はよく覚えているだろう。教えて差し上げなさい」

 ヨナは苦笑しながら答える。

「旦那様、自分が塔へ行っていたのはかれこれもう、七、八年も前になりますよ。まあ、道筋は今でもハッキリと覚えてはいますが」

「なんだって……? もうそんなに前のことになるのか……。道理で近頃、急に老いさらばえて来たと思っていた……」

「若者とは時間の流れが違いまするからなぁ。それがしも、サキ様はつい先日おしめが取れたばかりと思っておりましたが、いつの間にかあんなに成長していて、戸惑うばかりでござる。おっと、こんなことを言っているのが知られると叱られまするので、ご内密にな。それでは、しばしヨナ殿を借りても構いませぬかな?」

「ええ、もちろん。私は部屋へ引き上げますから、どうぞこのままここをお使いください」

 バドはそう言って腰を上げると、ヨナに頼んだと声をかけていそいそと引き上げていった。早速手紙を書き始めるつもりなのだろう。

「ではヨナ殿、少々この老いぼれ付き合ってくださらんかな」

 ヨナ青年は頷くと、先ほどまでバドが座っていた席に腰を下ろして、塔までの道のりを説明し始めた。

 リュードッグはヨナという青年の人当たりの良さは知っていたが、塔までの道のりを簡潔に説明する彼の口調から、彼の頭の回転の速さを垣間見た。

 ヨナが言うには、昨晩リュードッグが謎の男と戦った西の森の泉には、村の方から繋がっている道の他にも道があり、その道を辿るとマコク山の塔へつながっているらしい。道の途中に巨大な岩が地面から突き出た場所があるため、それを目印にすれば迷うことは無いだろうと最後に付け加えた。

「ふむ。巨大な岩、でござるか。そう言えば、この村へ来る途中にも大きな岩を見ましたな」

 リュードッグの言葉にヨナは頷く

「ええ、この辺りには何か所か同じような岩があります。皆すべて、マコク山が何百年も前に噴火した時に飛んできたものだという話です」

「ふむ。あのマコクという山は今でも噴煙を上げているが、よく噴火する山なのですかな?」

「いえ、自分が古老たちから聞いた限りではここ百年は大きな噴火はしていないはずです。もっとも、四六時中噴煙を上げているので、ずっと小さな噴火をしているとも言えますが、風向きによって時折少し灰が降ってくる程度で害はありません」

「なるほど。ところで他にはその塔へ向かう道は無いのですかな?」

「それはありませんよ」

 リュードッグの質問にヨナははっきりと首を振った。

「巨石の南側に向かうと崖になっていて、鹿ならばともかく普通の人間が登り降りできるようにはなっていませんから。北から回り込むことは出来るかも知れませんが、この村より北には誰も住んでいませんから道を知る者は居ないでしょうね」

「南側は普通の人間は通れぬ、と」

 リュードッグは脳裏で自分とサキが普通の人間に含められるか自問してみる。控えめに見積もっても、普通の人間に含まれるのは難しかろうと思えた。

「なるほど、おかげで行き方はよく分かり申した」

「塔へ向かわれるのですか?」

「いや、元々はそのつもりでござったが、色々と予定が狂いましてな。塔へ向かうのはまた次の機会となりましょう」

 実際のところ、リュードッグとサキは塔へすぐにでも行くつもりである。しかし、前夜の襲撃者のことを考えると、一度この村を離れた体にする必要があると考えていた。

「そうですか。特に誇るべきものもない村ですが、あの不思議な塔だけは良ければぜひ見てもらいたかったです」

「いやはやまったく、残念でござるな……」

 話がひと段落付いたところで、ヨナはリュードッグのカップに少し色の濃くなった茶を継ぎ足した。リュードッグは、かたじけない、と礼を言って温くなった茶を一口に飲み干す。

「ところでリュードッグ様、今朝からお嬢さんの姿が見えないのですが、どちらに居るかご存じではありませんか?」

 ヨナはリュードッグがカップを置くのを待ってそう尋ねて来た。

 リュードッグの地獄耳は小さな物音も聞き逃すことはない。とぼけて耳が遠くなった振りをすることもあるが、実際にはドアの外にいる人物の衣擦れの音さえ聞き取ることが出来る。前夜の少女たちのひそひそ話もしっかり聞き取っていたので、マリーの居場所も知っていた。だが、少女たちの秘密の会合を暴露するのは流石に無粋かと思われた。

「さぁて……それがしには分かりかねますなぁ。何かご懸念がおありかな?」

「いえ、どうも旦那様と口論された様だったので、気になっていたのです。昨晩あんなことがあったばかりですし」

「ふむ、お力になれずに済みませぬなぁ」

 口ひげを撫でながらリュードッグは目の前の若者の様子を観察した。そわそわと落ち着きのない素振りを見ると、単純に主人の娘の事を気遣っているだけとも思えなかった。そう考えると、この頭の良い若者を自分の傍に置いておく村長バドの思惑が分かった気がした。

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