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一旦仮  作者: 羽田智鷹
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目を開けるといつの間にか朝になっていた。

どうやら身体が重い。

熱はないはずだが、体中が痛くてだるかった。


僕は今から学校に行こうと思った。

けれど行けなかった。

脚すら動かない。


身体は心に素直だった。

うまくいかなかった時を想像して怖いという気持ちが芽生えている。

きっと心の底では、高校に通う理由もなくなり、無理に高校生を演じるのを拒絶しているのだ。


僕はクラスで関わってきた人を騙して過ごしてきた。

もうそんな生活には疲れた。

生きている時間が違う。経験してきた物事が違う。


未来に対する期待もない。

夢の中ではやる気に満ちていたのに、現実に戻ると先日の落ち込みが完全には回復していないみたいだった。

考えれば考えるほど僕が世間と関わってはいけない理由が次々に浮かび上がる。

夢で見たような、悪い未来が現実になる前に引き返すべきだと。


僕は考えるのを無理矢理に打ち切る。

どうにかして身体を動かし、制服に着替える。

最後の食事から二日半以上経っているはずなのに空腹でなかった。


深く考えるな。

ただ脚を動かせ。

重い足で寝室を出て、居間に鞄を取りに行く。


時計は既に十時を過ぎているがまだクラスでは劇の練習をしているはずだ。

時間なんて気にするな。

学校に行く理由を考えるな。

ただ行って。ちゃんと会って。伝えたいことを伝える。

それだけでいいのだ。


準備を整え、玄関に向かう。


しかしその途中で脚がもつれ、絡み合い、ついには派手に倒れた。

うまく起き上がれなかった。

短期間に心労を抱え込みすぎたのだろう。

河井の哀しげな表情。

それが樅山の悲惨な最期と重なるようで寒気と震えが止まらない。



そうした状態でどのくらい倒れていただろう。

恐らく凄く長い時間そうしていた気がする。


ピンポーン、と家のインターホンが鳴った。

僕は未だに動けないでいた。


「あれ、鍵開いてるじゃん。もう、ほんと、不用心だなあ」


そんな声が聞こえてきた後、少しの時間が空いて、玄関の扉をやや思い切り開く音が聞こえてくる。

そのまま真っ直ぐ僕の方へと確実に足音が近づいてくる。


「ひやあああ」 


居間の扉付近で力尽きている僕を見つけた誰かが悲鳴に似た声を上げた。


「もう、驚かさないでよ。……そんなとこで何やってるの?」


僕が顔を上げるとそこには河井がいた。

僕はすぐに顔を背けたかったが、出来なかった。


河井は僕に肩を貸して居間のカーペットが敷かれたところまで運んで僕を座らせると、僕の隣に、もう膝と膝が当たるんじゃないかってくらいにまで詰めて隣に座ってくる。


「今週末が本番だよ。最近しゃちが学校に来てないから大丈夫かなって。しゃちの意見もほしいし脚本は二人でやったんだから。劇だって途中で抜け駆けするのはダメだからね。……っていう冗談は置いといて。しゃちは本番の劇を観客席側から見に来てほしい。これ、絶対だからね。ちゃんと来るように見張ってたいし、当日の朝にここまで呼びに来たいくらい。まあでも私当日の朝も仕事あるから。はい、これね」 


河井の話し方はは少しぎこちなかった。


僕との関係に戸惑いを見せているが、僕を心配してくれたことは十分伝わってくる。

それがとても嬉しかった。

河井は言葉尻を勢いよく切ると、しゃきっと身持ちを正して、僕に学校祭のパンフレットを渡した。


学校中の催し物、劇のタイトルと勧誘文句。

タイムテーブルや食券の売り場など様々な情報が載っていた。


僕がページを捲るとひときわ目立つ太い赤線で囲われた欄が目に入った。

その赤線は二重、三重、いやよく見ると四重線だった。どおりで目立つわけだった。

その隣には河井が書いたであろう力強い筆遣いの言葉があった。熱量が伝わってくるくらい。


日曜午前11時から。必ず観客席から見て。後からちゃんと感想を聞かせるように!!


「きっとしゃち驚くよ。だから絶対見に来てね。約束だから。……それと、劇が終わったら二人で学校祭回ろうね」 


河井はそれだけを簡潔に言うと、僕の返答も聞かずに立ってそのまま帰ってしまった。


僕は部屋に河井の鞄が寂しそうに取り残されているのを見つけた。

僕はこいつを一体どうすればいいのだろう。


なんだかふと市内の陸上の大会を一緒に見に行こうと言った日のことを思い出す。

あの時とは僕たちの状況がまるっきり入れ替わっているみたいだった。

僕はいつの間に余裕をなくしていたのだろう。

河井と会ってなんだか心に温かなもの生まれる。

いつしか寒気は消え、今までそんなものがあったかとすら疑わしいほど。


今までのことを忘れて生きていくなんて僕には無理だろう。

それが僕を縛るとしても。



この日、僕の家を訪れた来客は河井さん一人だけじゃなかった。

夕暮れになって広い居間が赤色に染まる頃、再びピンポンと呼び鈴が鳴る。

河井が忘れたカバンを取りに来たのかと思った。


僕は彼女のカバンを持って、今度はしっかりと歩いて玄関まで行った。


でも、来客は彼女ではなかった。

そこに樅山先生が立っていた。


「どうしたんですか?」


そう訊ねると、様子が心配になって来てみた、と先生は言った。

手には買い物鞄を提げていて、食料品を沢山持っている。


「今日の仕事が終わったから、ついでに夕飯作ってあげに来ました。最近、ちゃんと食べてないのでしょ」


そう言われて、先生を渋々家に上げる。

先生は僕に何か話をするでもなく、台所に直行した。


僕は普段あまり料理をしないので、引っ越したときに買った新品同然の調理器具がたくさん眠っている。

先生は僕の調理器具を見て俄然やる気が出てきた、と言って笑った。

僕は特にやることがないので、先生のお手伝いをする。


先生はオムライスと野菜たっぷりのコンソメスープを作ってくれた。

普段一人で食べている食卓を二人で囲って食べる。

「本当を言うと。片山君に、古久根君の様子が心配だから見てきてほしい、と頼まれて来たんだ」

そう教えてくれた。


「古久根君は一人じゃないから、困ったときは片山君や河井さん、それに先生をしっかり頼ってね」


先生に笑顔でお願いされた。


例えこれから古久根君に何かがあったとしても、今は同じクラスの一員なのだから。一緒に助け合って、一緒に楽しめば良いんだよ。と先生は胸を張って教えてくれる。


先生が作ってくれた料理はほかほかしていて、いつも食べているものの何十倍も美味しかった。


「私も劇を凄く楽しみにしてるから、古久根君も学校祭を全力で楽しもうね」


先生は帰り際に、学園祭を待ちわびるようなことを、学生みたいな明るい笑顔をして言った。

学校祭が楽しみなのは生徒も教師も同じみたいだった。


先生が帰った後の部屋はちょっぴり寂しかったけど、僕の気分は凄く明るくなっていた。


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