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僕は返答に困ってしまった。
“歴史渡り”を知っているという先生には無駄なごまかしは必要ないのかもしれない。
何より先生が味方になってくれそうな気がした。
でも、国家の機密事項を話して、先生から僕に関する記憶を消さなければいけない。
なんて展開になるのだけは避けたかった。
「僕に関係があることなんです」
僕はそれだけを言った。
けれど先生はそれだけで何かが腑に落ちたのか、妙に納得顔だった。
「私が人生で二回も関わる機会があるとはね。先生はびっくりしたよ」
先生の言葉を聞いて、安心する。
職員室まで夢中になって、走ってきたことに今になって少し恥ずかしさを覚える。
「知っているんですね。その話、詳しく聞かせてもらえますか?」
「いいですよ。ちょっとだけ待っててね」
先生は熱いお湯で淹れたコーヒーを氷の入った涼しげなグラスに注ぐ。
カラカラっと氷がぶつかる心地よい音を響かせながら、グラスを二つ持ってきた。
先生からグラスを受け取り、そのまま口をつけると丁度よく冷えていて美味しい。
でもちょっぴり苦かった。
「先生の叔母さんに当たる人が“歴史渡り”でした。もう30年以上も前の話で、小さかった先生が叔母さんと話した記憶は少ししかないのですけど、歴史の話をとても楽しそうにしてくれました。一つの土地でも時代が変われば、見える景色が変わって楽しいんだって。そういう歴史を継承していくのが仕事だって、誇らしそうに言っていました。叔母がどんなことをしていたのかについては、詳しくは聞かされてないのですけどね」
「30年以上も昔の話なんですか?」
「そう。随分昔の話でしょ」
先生はそう言って朗らかに笑う。
でも僕は昔という点ではなくて、30年以上も昔という点が引っかかる。
アクツは明らかに150年以上前からずっと“歴史渡り”をやっていた。
そしてそのアクツからおよそ25年前に僕は“歴史渡り”を引き継いだ。
アクツの後は間違いなく僕である。
先生の叔母さんは一体いつの期間でやっていたことになるのだろうか。
「先生はアクツという長身で黒髪のやる気がなさそうな男を知っていますか?」
「阿久津? いや、知らないかな」
先生は一通り悩んだ後に首をかしげる。
“歴史渡り”を知っていて、アクツを知らない?
先生の叔母さんは先代の話を先生には秘密にしている?
「他に何か知っていることはありますか?」
「そうですね。先生が“知っていることといえば、歴史を伝えるために寿命が延びるってことと、叔母さんが実際にそうだった、ということぐらいしか」
「“歴史渡り”の叔母さんは、普通の生活していたんですか?」
「その頃の叔母さんは実家暮らしだったはずだから恐らくはね。このくらいしか先生が話せることはなくてごめんね。古久根君の役に立ったかな」
「はい。むしろ、十分なくらいですよ」
「良かった。古久根君も色々無理しない程度に頑張ってね」
そう、むしろ十分なくらい。
僕は先生との会話ではっきりと希望を見つけた。
今まで気づかなかったが、気づいてしまえばひどく単純なことだった。
これまで長年抱えてきた問題が解決するのだ。
僕は河井さんに想いを伝えられた時と同じくらいに、鼓動は高まり、気持ちが高揚していた。
ただアクツは樅山も苦しんだ、と言った。
そこだけが少し引っかかる。
「最後に。先生は“歴史渡り”について何か嫌な思い出があったりしますか?」
先生はひとしきり悩む。
それから、あるかないかでいったらある、と応えた。
でもこっちはとても個人的なことで、叔母さんはあまり関係ないから、と詳しくは教えてくれなかった。
僕は先生にお礼を言うと、職員室から出た。
ヤマモトに確認したいことがあった。
ヤマモトならきっとそれを知っているはずだから。
僕は教室には戻らず、学校から出て、通りから少し外れた人気の無い公園に立ち寄った。
国家の機密事項に関する話をするのだから、教室はおろか、こうして人のいない公園にまで来た。
盗み聞きの心配のない自宅まで帰っている暇はなかった。
スマホを取り出して、唯一ずっと前から電話帳に登録されている番号にかける。
プルルルル。プルルルル。
ワンコール。ツーコール。
プルルルル。プルルルル。
スリーコール。フォーコール。
プルル。
5回目の途中で電話が取られる。
僕ははやる気持ちを抑え、平静を装った声で話し始める。
「ヤマモトさん、聞きたいことがある」
少しの間沈黙が流れる。
「急用ですか?」
「そう。大事なこと」
「おや、何か分かったのですか?」
ヤマモトの少しおっとりした声が聞こえてくる。
僕は意を決して、その言葉を口に出した。




