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一旦仮  作者: 羽田智鷹
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僕は急いで河井さんの後を追った。


僕の家も表向きは普通だが、中に入れば、僕の私生活を垣間見れば何らかの違和感に気づくかもしれない。

年齢を偽っていることに気づかれたら、彼女にどんな衝撃を与えるか分からない。

彼女が知る前に止めなければならなかった。


四方を白い壁紙が囲み、床には読み終わったたくさんの山積みの歴史や考古学の本とここ二か月分の新聞。

机にはほこりの積もったデスクトップPC。


そんな居間を通り過ぎた先の外界との接触を断つように防音の施された寝室に河井さんはいた。

特に目につくものは生活感を含めて何もない部屋で、ぽつんと置かれた投影機の隣で何かをじっと見ている。


「一体何を忘れたの?」 


僕の声に気づいてこちらの方へ振り返って見る。

その表情はどこか真剣だった。


「……実は何も忘れてないの。嘘をついてごめんなさい。この前に部屋を入ったとき、偶然見つけて。……でも意味がよく分からなくて。ずっと気になってた。これはどういうこと?」


河井さんが指さすそれは、二日おきに白い、つまりは寝ている日付の部分を黒く塗りつぶされたカレンダーで、僕が現実の日付を分かりやすくしておいたものだった。


「しゃちが何かを抱え込んでいるのは私にも分かった。私が踏み込んでいいことなのか分からない。だけどしゃちが私を助けてくれたみたいに今度は私がしゃちを助けたい。色々助けてもらってばかりだから。それに私、もっとしゃちのことが知りたい」


…………嫌だ、とは言わなかった。

助けるなんて不可能だとしても。

河井さんが解決できるような問題ではないとしても。

僕のこと、“歴史渡り”のことを深く知れば、いずれはその記憶を消さなければならないのだとしても。


その厚意が嬉しかった。

今まで僕の問題を他人が積極的に関わろうとしてくれたことなんてなかったから。

だからといって本当のことを素直に話すことは出来ない。

僕はその過ちを既に一度犯している。


「僕、その黒く塗りつぶしてある二日間にバイトをしているわけじゃないんだ。過眠症ってやつ。二日間寝続けてるんだ」 


僕は嘘に嘘を重ねて、より強固なものにした。


河井さんはこれを聞いても驚かなかった。

ただ真剣に僕の話を聞いていた。


その真剣さが、本当のことを話してもいいんじゃないか、と僕の弱い心を付け上がらせる。


「そうなんだ。実は私、昨日も、その前もしゃちの家を訪ねたの。夏祭り終わってからしゃちが学校に来てなかったから家ではどうしてるのかな。って気になって。でもインターホン押しても返事ないし、ラインも返信無いし、私が鍵を持っていたから…………。よくないとは分かっていたけど勝手に入った。それでここに来たらしゃちは寝てるし、変わったカレンダーあるし、部屋は難しい歴史の本でいっぱいだし。何より一歩入った時の部屋の雰囲気も物もいつ来ても変わっていなかったから」


河井さんは少しばつの悪そうに言う。


「驚かせちゃったよね。せっかく来てくれたのに寝ていて悪かったよ」


「一回起こそうともしてみたんだけどね。そういう体質だったんだね。私こそ気づけなくてごめんね」


肩を揺さぶられたような記憶があるのは河井さんが来ていたからだった。

河井さんが謝る必要はないのに。


「別に大丈夫だよ。ずっと前からこうだったから」


はいはいおしまい。

といった感じで河井さんを寝室から出るように促して居間に行く。


新しいペットボトルのお茶を氷の入ったコップに入れて、賞味期限の長いクッキーのお菓子と一緒に出す。


居間はうだるように暑かった。

河井さんにまだ僕の本当の年齢のことも不老のことも“歴史渡り”のことも伝えていない。

今後もその機会なんて存在しないと、僕は心に誓う。


居間はテレビとパソコンくらいしかなく、河井さんの家のようなぬくもりはない。

昼間でも電気をつけないと少し暗いし、最近の出来事について調べた資料で少し散らかっている。

僕はカフェでも行くか、と提案したが、河井さんはここで大丈夫と言った。


「今日のクラスの劇の時、河井なんていつもより元気なさそうだったけど何かあった?」


「しゃちにも分かっちゃうほどだったんだね。それもこれも全部しゃちのせいだからね」


河井さんの怒ったような可愛らしいふくれっ面を見て、悪かったよと正直に謝る。


「それと岩屋さんのことかなあ。やっぱりまだ気まずい。岩屋さん、私とあまり視線合わしてくれないし、避けられてるみたいで会話もまだできてない」


それを聞いた僕は、大丈夫だから岩屋さんと一回ちゃんと話し合った方がいい、と言った。

岩屋さんの素直でない態度のせいで上手く思いが伝わっていないみたいだった。


「岩屋さんと仲直りできてない私が言うのもあれなんだけど、しゃちもなんか時々困ったような、迷ってるような辛そうな表情をしているときがあるよ。私みたいに仲直りができてない人とかいるんじゃないかな」


河井さんは遠慮がちにそう言った。

そんな自覚なかったんだけどな、と僕は呟く。


「お互い色々分かったことだし今度こそ、脚本完成の祝勝会やるからね」


数時間前まで上の空だった河井さんは、役者に指示を出しているいつもの元気な彼女に戻っていて、僕も嬉しく感じた。

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