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一旦仮  作者: 羽田智鷹
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他クラスに後れをとっているという意識が逆にクラスを団結させ、スタートが遅れたことを感じさせない程、上手く事が運んでいた。


僕は毎回のようにその様子をただぼうっと眺めていた。

役者の演技だって日に日に上手くなっているし、元より学校祭で行う劇なのだから、クオリティはそこそこに自分たちが楽しむことも重要なことだと僕は思う。

 

いつの間にか練習の休憩の時間になっており、誰かに僕の名前を呼ばれた気がした。

 

振り返るとそこに岩屋さんがいた。

岩屋さんは主要な役を担当していて、衣装を着ていないのにその演技はとても様になっているなと、これまでの練習を見て思っていた。

岩屋さんは劇の相談ではなく、岩屋さん個人として僕に話があるらしく、ちょっとついてきてほしいと言われた。断る理由もないので、やむなく後に続く。


岩屋さんは別館をつなぐ渡り廊下まで歩いて行く。

青空に数少ない雲がぽつぽつと並ぶ。

教室の熱気に比べるとここは風がそよそよと吹き、心地よい。

それは恐らく僕たちが日陰にいるからであり、日向に出ると教室の何倍もの熱気を太陽が照りつけてくるのだろうなと思うと、こんな暑い日でも熱心に活動している運動部には頭が上がらない。


岩屋さんは周りをさらっと見回して人がいないのを確認すると、僕の方へ振り返り、綺麗に折りたたまれた手紙を手渡した。

僕は驚いていると、岩屋さんは早く開けろとばかりに視線で催促してくる。

丁寧に開いてみると、

『今週の日曜10時30分、市民競技場に来て』 

と綺麗で丁寧な字が書かれていた。


どういうことだ、と視線を向けると、逆に岩屋さんは少し嫌がるように僕から視線を外して、

「今週末に陸上部の大会があるんだけど、河井のやつを連れてきてくれないかな」 

と、おずおずと口にした。

僕は驚いてしばし黙っていると、岩屋さんはつい先日、直接河井に大会を見に来てほしいと誘ったことを明かした。でも今はとても陸上に関わりたい気分じゃないからと河井に断られてしまったことを早口でまくし立てるように、まるで沈黙を嫌うかのように僕に話した。


「でも河井さんは今、演劇の方で忙しいんじゃないかな」

 

僕の言葉を聞いた岩屋さんは気持ちを落ち着かせるように一度軽く呼吸をする。

そして今度は僕の目をしっかり捉えると、ゆっくりと口を開いた。


「最近、あいつを見ていて演劇への熱の入れようはすごいと思う。周りをよく見てるし、指示出しだって上手い。だから別に今あいつを陸上に引き戻さなくてもいいんじゃないかって思ったりもした。でもやっぱり今がいい。もう一回あいつを陸上へ引き戻すきっかけを作るなら今なんだと私は思う。あいつが去年のことを気にしているなら、立ち直るにはやっぱり夏の大会なんだと思ってる」


「本当に河井さんは陸上に戻りたいって思っているのかな」


「私が、あいつとまた一緒に走りたいって勝手に思ってるだけだってことは分かってる。でも私はあいつに戻ってきたほしい。古久根は分かってないかもしれないけど、あいつはすごく早くて、憧れるくらいかっこいいんだよ。…………日曜はまだ地区大会だから、場所もそう遠くない。あいつがトラウマに思っている県大会に誘うよりは地区大会の方がいい。なにより私がこの一年頑張って成長したところをあいつに見せたい。そしてあいつに焦りを与えて、もう一度私と一緒に頑張っていく気になってほしい。一年あればこんなに変われるんだってまた私に張り合ってほしい。私を奮い立たせてほしい。……だから古久根、あんたにしかこんなことは頼めない。私に協力してほしい」 


岩屋さんは秘密を打ち明けるようにまっすぐ僕を見て、熱く語る。そうされてしまうと僕としてはどうしても断れなくなってしまう。僕を逃がしてくれない。

 

そんなことなぜ僕に頼むのか。僕はあまり人と関わらず、表面上で高校生をするつもりだったのに。

岩屋さんは親友も多いのにそれでも河井さんのことを気にかけ、こだわろうとする姿勢が余計に格好いいな、と思ってしまった。

 

でも河井さんが陸上部に向き合うのはまだ早いと思う。

今は演劇に集中してほしかった。

成功するまでよそ見をしてほしくなかった。

だって今の彼女はとても楽しそうなのだから。


僕は板挟み状態で僕がどうすべきなのか頭をフル回転させて考える。

その間にも岩屋さんは僕が口を開くのを待ち続け、半ば僕を睨むように、ともすれば僕から怯えるように沈黙に耐えている。

岩屋さんもちゃんと高校生してるんだなと僕は思った。


だんだん考えるのが嫌になってくる。

こうなったら僕の決断は早い。

僕は思考を放棄することにした。

岩屋さんが自分の気持ちを素直に吐露し、悩んだ末に僕を頼っているのなら僕がとる行動なんて、あれこれ考える前から決まっていたのだ。

ここで断るのは人としてどうかと思う。

僕は人が他人に対してそこまで無関心で残酷でいられる生き物だとは思いたくなかった。

その熱意には結果が伴わなければ。

それがどんな結果になろうと僕は岩屋さんが選んだ先が見てみたかった。


1年前から徐々にすれ違ってきたこの二人は、性格も違えば今いる環境だって違う。

今ここで再びすれ違えば、この先こじれた仲を正すのはより困難になるだろう。

やり直せる今のうちに。

僕は二人の選んだ先の明るい未来が見たかった。


ちょうど日曜日は河井さんと美味しいものを食べに行く約束をしていたが、僕は岩屋さんのお願いを優先させることにした。

美味しいものは来週でもいい。


分かった、というと緊張していた空気は一気に弛緩し、岩屋さんは安堵の表情を見せる。


その言葉、信じてるから。

岩屋さんの放ったその言葉はやけに真っ直ぐだった。


時間の詳細は後日教えるからついでにラインのアカウント教えてほしい。

そう言われたので僕は素直に交換した。

岩屋さんのアイコンはイメージに似合わない可愛い犬の写真で、僕がくすりと笑っていると、なんで笑ってるの? と、とても冷たい口調で言われた。


僕の数少ないラインの友達が増えた。

三人目だ。

岩屋さんが僕のことを友達だと思っているかは定かではないけど。


岩屋さんも劇の方だって頑張れよ、と心からの応援を口にすると、古久根に言われるまでもないし、と言われてしまった。


河井さんが作った脚本だから岩屋さんもすごく頑張っているのだろう。

僕は本日の反省会後に、美味しいものは来週にして今度の日曜は陸上部の応援に行かないか、と河井さんに訊いた。

河井さんは初め、まだ陸上に対して気持ちの整理ができていなから嫌だと断っていたが、何度かお願いすると、しゃちがそこまで言うなら仕方が無いなあ、と渋々承諾してくれた。


僕たちは当日9時に大会会場の前に集まることにした。

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