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一旦仮  作者: 羽田智鷹
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瞼をゆっくり開くと、暗闇の中で映える無数の光が優しげに飛び込んでくる。


カタカタカタカタ。


手を伸ばせば届く距離にある家庭用プラネタリウム投影機が、星を回転させる際に無機質な音を生み出し、それが1LDKの澱んだ空気を小刻みに震わせている。


プチブームを起こしている最新モデルに比べると、少しだけ古い旧型のそれを僕は好んでいた。


ベッドと置き時計、それに詳細なスケジュールやメモの書き加えられたカレンダーとプラネタリウム投影機、それに高校生が勉強するには小さくて不便極まりない勉強机。

この部屋にはそれ以外何もなかった。


僕は星を見ているのがこの上なく好きだった。

投影機では流れ星がいつも決まった場所に流れる。

普通の人だったら見飽きてしまうような光景だが、その変わらなさが僕は好きだった。


次第に暗さに目が慣れ始め、真っ先に目につくオリオン座の三連星からそのまま左下に辿る。

青く輝く一等星のシリウス。おおいぬ座だ。もはや見つけるのは造作もない。

少し上に目をやってプロキオン。こいぬ座。

もう一度オリオン座に戻ってひときわ輝く赤い星のベテルギウス。

冬の大三角形を一筆書きに目で追った。


眠気は完全に雲散する。


首を左に傾けて白一色のアナログの置き時計を見ようと思ったが、見当たらなかった。

僕は寝相がいい方だと自負しているので、恨むなら眠りに落ちる前の自分だろう。


しかたなく上半身を起こす。

部屋に充満している心地よい静けさの中で、ガサゴソという人工的な不快音が生じる。

呼吸音や体の微かな動作ですら強調されるかのように、ひときわ大きく響き渡るのを感じる。


-4月4日(水)17 :00--


いや違う。

これだからアナログ時計は。


近くに置いてあったスマホで時間を確認しようとしたが、電池が切れていた。

スマホも充電し忘れていたのかと、寝る前の自分に舌打ちをする。


ひとまず起き上がると、カーテンを開けてひとたび暗闇とおさらばする。

まだ上って間もない太陽が部屋中を明るく照らす。電気をつける必要もない。

日頃の習慣によると今はきっかり6時だろう。

壁に掛かるカレンダーで日付を確認する。


4月6日(金)


高校二年生の始業式から二日がたった。

転校したばかりだった。


急遽引っ越しをすることになった僕は心機一転、かつてのほとんどのモノを置いてきた。

けれども使い古した白一色のアナログ時計だけは迷いなくつれてきた。

こいつには十分な愛情表現をしたつもりだが、もっと構ってほしかったとでもいうのだろうか。

見ると秒針を一秒たりとも動かしてくれちゃあいない。

心の広い僕は彼のかわいい反抗とでも捉えておくことにする。


「 一応クラスメイトなんだから。少しくらいはクラスのために動けよ」


男子の興奮気味な怒声が蘇る。

委員長は行事に消極的な僕に、真っ当な怒りと個人的な怒りを同時にぶつけてくる。


不意に覚醒しかけた意識が、転校前の鮮明な記憶の断片を脳内で呼び起こしかけていた。

クラスみんなの感情を一度に読み取ることなんてできないのに。

僕はクラスの空気を読もうとしていた。

反論しようにも正しい言葉が見つからない。何を言っても間違う気がする。


なんで僕が今更になって昔のことをーーー。

かぶりを振って、無理矢理にも記憶の深い奥底へと押しやり、意識的な出来合いの封印を施した。

投影機のスイッチをポンと軽く押して停止させ、ひとまず浴室へ向かう。


温水のスイッチを押してシャワーの蛇口をひねる。清々しいくらい思い切りに水を流す。

例年まれに見ない寒波はどこへやら、気づけば春らしいうららかな陽気であった。

初めは冷たい水のじわじわと温まる時間が日に日に短く感じるのが何よりの証拠だ。


全身で温かな水を浴びて、汚れと生きていく上で不必要で邪魔な記憶を、一つ残らず洗い流していく。


シャワーを浴び終わり、タオルでしっかりと水分をふき取る。

居間に入ると淀んでいた空気は幾分柔らかくなっていた。

息苦しさが和らいで、一度深く呼吸をする。


部屋着に着替えて冷蔵庫の中をあさる。

滅多に買い出しに行かないため、賞味期限の長いジャムや缶詰、冷凍食品にインスタント、日干して乾燥された魚と冷凍した肉が多い。

いつもの味噌汁と有り合わせで一人分の朝食を作った。


朝霧高校二年生。

つい先日、新たな転校先で新学期が始まったばかりだった。


厚い友情。輝かしい青春。子供でいられる最後のゆったりとした時間。

僕の目にはその全てが美しすぎて、真っ直ぐ見つめることさえできない。

自らが望んで手を伸ばさなければそれらはすぐに過ぎ去ってしまうだろう。

そんなことは過ぎ去る前からとうに分かりきっている。


見るといつの間にか食器の中身は空になっていた。

皿を流し台まで持って行き、素早く洗い物を済ませると、シャワーの前に充電させていたスマホを起動させる。


ーー4月6日(金)7:13ーー


まだ糊で固く、着慣れない制服に腕を通す。

なぜ高校生として学校に通わなければならないのか。

そんなことを考えてしまうのは、未来に対する目標も期待もない”僕”に原因があるのだろう。


真新しい靴を履き、扉を開けると朝の爽やかな風が玄関を突き抜ける。


近所の探索は済ましたはずだったが、玄関の外はやけに眩しい。

僕は身の引き締まる思いで後ろ手に鍵をかけた。

脚は思い通りに動く。興奮している自分も多からずはいるらしい。


前置きが長くなってしまった。

鋭い方はなぜ高校生が一人暮らしを、と端を発し始める頃かもしれない。


『僕は、厳密に言うと高校生であって、高校生ではない』


これは僕を奮い立たせる魔法であって、束縛の戒めでもある。

僕は”二度目の高校生”をやることになった。

しかしこれには少し込み入った事情がある。


なので、時間をしばしば遡る。


ことの始まりは僕が高校二年生の初春。

まさに今と同じような春らしい日だった気がする。


それは不意に起こった。


僕の予定帳には記されていない出来事だった。

後から振り返ってみてもそれが重要な出来事とも気づかない。すぐに忘れてしまうような些細なことで、きっと日記にも残さなかっただろう。


つまりは始まりを始まりと捉えることはすごく難しいってことだ。

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