可哀そうなフリをしている友人に皆が騙されて、追放されてしまいましたが大人しくやられてはいません。命を賭けて復讐するので。
追い詰められた人間は何をするのか分からない怖さがある。
後から考えた時、あんな行動を起こした自分を信じられない気持ちで見つめることになったけれど……。
その時は、そうするしかないと思ったの。
友人や、片思いで好きだった人、師匠など、親しい人たちの目が、言葉が。
その幻が、寝ても覚めても、私を責め立てていたのだから。
目の前には、水かさの増した川がある。
ときおり流れてくるごみはあっと今に、茶色い泥水の中に沈んでいく。
それが人間だとしても、きっとひとたまりもないだろう。
でも、今から私はここに飛び込まなければならない。
私は、からなずそうしなければならないと思い詰めていた。
(早く、行くのよ。そうしなければ居場所を取り戻せない)
一歩踏み出して、止まるを繰り返す。
足が震えて仕方がなかった。
(もう後がない。これしか方法がないの。わかるでしょう? 誰にも相談できない、信じてもらえないんだから)
意思の力を総動員して、その足の震えをとめる。
命をかけなければ、皆わたしの言う事に耳を傾けてくれない。
私を取り巻く状況は、もう、そういう状況まで来ている。
私を陥れた人物が脳裏によみがえる。
フレンダに、あの子に勝つにはこうするしかないのだ。
だから私は、決心を固めて、雨季の影響を受けて荒れ狂う川へと、身を投げたのだ。
ごうごうと流れる水が怖くても、その感情をおしこめて。
必死に勉強した知識をかき集めて、水面から顔を出し、呼吸を確保する。
(息が苦しい)
証明しなければ。私は偽物なんかじゃないと。
(体が冷たい)
黒く濁っていた川の水が、普通の色に戻っていく。
ほら、だって私のこの浄化の力は、本物なんだ、から。
私は聖女だ。
国内にはびこる邪悪な魔物や、闇の瘴気を浄化する使命がある。
そんな聖女の任務は過酷。
だから、いつ命をおとすかもしれない仕事に気を引き締めて臨んでいた。
「皆、今回のお仕事は大変だから、気を緩めないようにね!」
大事な事だから、私は毎回そう声をかけている。
危険な任務にあたる時は、チームワークが重要になる。
私達聖女同士の連携はもちろん大事だし、護衛である騎士の人達とも仲良くしておかなければならない。
しかし。
「騎士様、今日こんな事があったんですの。一緒にお話ししましょう!」
聖女フレンダ。
(あんなふうに気を緩めていたらいけないわ)
どことなくうわついた同僚。遊んでばかりの少女。彼女を叱った時から、運命の歯車がおかしくなってしまったのだ。
「私、あの方に嫌がらせをされているの」
「あの方が、人の悪口を聞いているの聞いてしまったわ」
「昨日なんて、靴にゴミを入れられてしまって」
その同僚の少女フレンダは、ことあるごとに嘘を言って、「私にイジメられている可哀そうな女」を演じた。
最初は、信じる人はいなかったけれど。
泣いた顔も、嘘を述べる様子も迫真の演技だったため、やがて皆が騙されてしまった。
「なんてひどい事を、フレンダが可哀そうだ」
「フレンダの事、前から睨みつけていたものね」
「可哀そうなフレンダ。あんなに嫌がらせをされて」
何もしなかったわけではない。
私は当然、自作自演だと訴えた。
友人や、師匠達に。
フレンダが困っているような事、私は一つだってしていないのだから。
けれど、皆は信じてくれなかった。
火のない所に煙は立たない、といった様子で私を無視したり、嫌がらせをするようになった。
そんな事を繰り返すうちに、私は人に頼ることをあきらめるようになった。
極めつけは、当時思いを寄せていた男性に「信じられない」と拒絶された事。
(どうして信じてくれないの! 私はこれまで真面目に頑張ってきたのに!)
私は絶望にどん底に突き落とされた。
「あははははっ、あんたの味方全員いなくなっちゃったわねぇ!」
二人っきりの時、高笑いしながら私をあざけってきたフレンダの顔が忘れられない。
でも、それでもまだマシだったのだ。
私が偽物扱いされるまでは。
聖女の力は、精神状態に大きく左右されている。
健やかな健康を保つ人ほど、安定した力を発揮できる、と言われていた。
だからなのだろう。
フレンダの行動によって傷付いていた私は、聖女の力を出せなくなった。
「いじめていた人間が傷ついているわけない」
「どうせ今まではズルして聖女の力を使っていたんだろう」
「この偽物め! こんな奴、聖女にはふさわしくない!」
その結果、周りの者達は、私の事を偽物と決めつけて、聖女達が暮らす施設のパレスから追放したのだ。
戻る場所などなかった。
私の実家があった所は、幼い頃に魔物に滅ぼされていたのだから。
孤児になった私には、帰る場所がないのだ。
だから、私は居場所を守るために聖女であることを証明するしかない。
記録によると、聖女の力を出せなくなってしまった者でも、すぐに元の力を取り戻せるようになった事例があるらしい。
それは「命の危険」にさらされる事だ。
火事場の馬鹿力、という言葉があるけれど、それがカギらしい。とある研究者達が言うには、危機的状況が秘められていた力を呼び覚ましたのだとか。
そういうわけで、冒頭に戻る。
時期が悪かったが、闇の魔力によって汚染された川を見つけた私は、荒れに荒れた川に飛び込んだ。
雨季の影響で水かさが増していたため、死ぬかと思ったが……、助かったようだ。
(生きてた。良かった)
そして、そんな状況が聖女の力に働きかけたのだろう。私の中に秘められた魔力が、再び目を覚まし、川一つを浄化したのだった。
賭けには勝った。
私の命をチップにした、死ぬ確率の高い賭け。
ならば、後は、やる事をやるだけだ。
パレスには、目立つ場所に置いてきた「遺書」がある。それを目にした彼らは、きっとこの川の様子に気が付くはず。
やがて、やってきた聖女や護衛達が騒ぎ始めた。
聞こえてきたセリフを聞くに彼らは、私がいるところに真っすぐ来たようだ。
この川、世をはかなんで飛び込む人が多かったらしい。
だから、そういった人が流れ着く場所もある程度決まっていたのだとか。
ちょっとぞっとした。
(一歩間違えたら、私も死んでいたかもしれないわね)
だから、大体の検討を付けてこの場所に来た彼らは、濡れネズミのようになった私の姿を見てショックを受けたようだ。
「そんな、俺達は間違っていたのか?」
「川が浄化されている。本物の聖女だったんだ。それにしてもすごい力だな」
「という事は、フレンダが嘘をついていたのね」
彼らは、一緒にやってきたフレンダを問い詰めた。
フレンダは「そんなはずない」とか「これは何かの間違いよ」とか言っていたけれど、誰も聞く耳を持たなかった。
可哀そうなフレンダ。
(ふりじゃなくて、本当に可哀そうになってしまったわね)
その後、フレンダ虐めの疑いがはれた私は、パレスにもどり、聖女として活動ができるようになった。
逆にフレンダは追放。
私達の前から姿を消すことになった。
ああ、そういえば、フレンダがちょっかいをかけてた騎士は、今は私にメロメロみたい。
フレンダと一緒に私を責めてたから、罪悪感があるのかもしれない。
「これからは、君を信じてずっと守る」
ですって。
「ありがとう騎士様」
フレンダに見せたかったわ。
数か月後、小さな村で聖女を名乗る少女が盗みを働いて捕まったとか言う話を聞いたけれど、もう私には何の関係もない話だ。