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独白と決心

 私がそれを自覚したのはいつだったのか。


 女の子の成長は早い。小学校中学年にもなれば、おなじみの話題は恋バナだった。

 誰が誰を好きだとか、誰と誰が付き合っているだとか。大人から見れば微笑ましい幼いやりとりでも、当人たちからしたら真剣そのもので、中には結婚まで思い描いている子すらいた。


 誰かが持ってきたアイドルが特集された雑誌。その日はいつものメンバーでそれを見ながら、誰がタイプかで盛り上がった。

 他のみんなはそれぞれアイドルの男の子を指差して、誰のどこが好みだのそんな話をしていた。私が最初に違和感を覚えたのはそのときだった。


 みんながアイドルの話で盛り上がる中、私が気になったのは、その雑誌のモデルの女の子だった。

 それも、人気があって一番目立つように載せられている華やかな子ではなく、小さく載せられている子に強く惹かれた。優しい笑顔が魅力的だった。


「ねえねえ!ゆうちゃんは誰がタイプなのー?」


 見ていたページを特集ページに戻され、アイドルを示された。私の好みの人が当然その中にいるはずだというように。

 私は勘の鋭い子供だった。だから、興味のないアイドルの中から、人気があって無難そうな男の子を指さした。


「あー!ゆうちゃんもまるくんが好きなんだね!やっぱまるくん人気だなあ」


 私の回答はお気に召したようで、その後の会話に私も溶け込むことができた。ほとんど相槌を打っていただけだけれど。

 この時の私の内心は言葉では言い表せられないくらい荒れ狂っていた。

 普通は、男の子が好きなはずなのに、私は女の子を魅力的だと思ってしまった。


 この時は、たまたまアイドルの中に自分の好みのタイプの子がいなかっただけで、女の子のことは、憧れとして興味を抱いたのだと、自分を納得させた。

 けれど、成長するに従って、自己が確立していくのに従って、そうではないことがわかった。


 私の恋愛対象は、女の子だった。




 行き慣れた居酒屋の入り口を開ける。

 値段の割に美味しいこの店は、いつもガヤガヤと賑やかで、今日も例に漏れず盛況だった。

 店内を見渡して待ち合わせていた人物の背中を見つける。


「急に呼び出してごめん」


 私の声に振り向いた相手はその大きな目を私に向けてにやりと笑う。


「もう先に始めてるわよ」


 テーブルを見ると日本酒のとっくりと、枝豆と焼き鳥の盛り合わせが並んでいた。


「そんなに早くきたの?」


「えー?三十分くらい前?もともと今日はゆっくり飲もうと思ってたのよねー」


 私は向かいの席に腰掛け、1つため息をつく。


「そんで?いきなり呼び出すなんて、なんかあったの?」


 ななは焼き鳥にかぶりつきながら視線を向けてくる。


「…田中にばれた」


 焼き鳥にかぶりついたまま固まったななは、目を見開いた。


「ま?」


「シリアスになれない女だよね、ななは」


「いや、ゆうきこそ私には何気に毒舌だよね。みずきには優しいのにさー」


「ななにも優しいでしょ。というか優しくしたくてもなながそんな調子だから毒も吐きたくなるよ」


 ななは食べかけの焼き鳥を皿に置き、口元についたタレを布巾で拭った。


「何でバレたの」


「…昨日、ビアン仲間の子と買い物してたら、死角で頬にキスされて…それを偶然見られてた」


「そりゃ言い逃れできないわ」


「今日呼び出されて、聞かれて……白状するしかなかった」


 俯いた私の前にメニューが差し出される。


「ま、とりあえず飲めや」


 これが彼女なりの気遣いなのはわかっている。頷いてからビールを注文する。確かに飲まなきゃやっていられない。


「でも、みずきは引いたりしないでしょ」


「……引いてはいないって言ってくれたけど、考える時間が欲しいって言ってすぐ帰っちゃった」


「まあびっくりしたんでしょ。ちょっと時間置いて落ち着いたら大丈夫だって」


 きっとななの言う通りなのだろう。けれど、私は田中にだけは知られたくなかったのだ。憮然とした私の様子を見てななは眉を寄せる。


「何が問題?………もしかして」


 思わずななの口を手で塞ぐ。本当にこの子は勘が良すぎる。ふがっとその美しい容姿から出るとは思えない音を出したななが私を睨む。


「……ごめん」


 手を離すとななはゆっくりと息を吐いた。


「まさかみずきを好きだったなんて」


「いや、わざわざ口塞いだ意味」


「隠す意味ないでしょ私たちしかいないんだから」


 呆れたように言うなな。そうなんだけど、はっきり言われるとちょっともぞもぞしてしまう。


「でもみずきのことが好きなことまでバレたわけじゃないんでしょう」


「……うん。田中のことは友達としか思ってない、邪な気持ちなんて持ってないってはっきり言った」


「は?」


 ななが怪訝そうな顔を向けてくる。


「何でそんな嘘つくのよ。告白できなくなるじゃない」


 思わず眉を顰める。


「いや、ななこそ何言ってるの。私はみずきに告白するつもりはないよ」


「え?なんで?」


 心底びっくりしたようにななが言う。


「なんでって……そんなのわかるでしょ。私がその……そうだってことは受け入れられても、自分がその対象になってるなんて受け入れられるもんじゃないでしょ。田中は普通なんだから」


「なにそれ。ゆうきが普通じゃないみたい。何年友達やってると思ってるの。受け入れた上でちゃんと考えて返事してくれるに決まってるじゃない」


「……なながそれを言う?」


 ただでさえ不安定な心が悲鳴を上げ、思わずななを睨みつける。


「は?私が何よ」


「ななが……ななにバレたときも、ななのこと友達としか思ってないって言ったじゃん」


「言ったわね。……え?もしかして」


「違う」


「何よ。で、そのとき私何か言ったっけ」


 私は膝の上に置いていた手を握りしめる。


「……ほっとしてたじゃん。安心してた」


「……は?」


「なな、自分が対象じゃないってわかって、あからさまにほっとしてたじゃん!もし対象だったら嫌だからでしょ、気持ち悪いからでしょ」


「いやいやいやいやいや。まじで、いやいやいやいやなんだけど」


 ななが右手を額に当てて首を振る。


「違うから。そういう意味じゃないから。つかまじで今までそう思ってたんだとしたら最悪だしシメるまであるんだけど」


 右手を外したななが私を強く睨む。その瞳には怒りが滲んでいた。


「だって……ほっとしてるの見て……そうとしか……」


「違うって言ってるじゃん。はーこんなこと説明しなきゃいけないとは思わなかったわ」


 ななの瞳に浮かんでいた怒りが呆れに変わる。


「私がほっとしたのはね?私がゆうきを振らなくて済んだからよ」


「え……」


「ご存知の通り私はストレートなので、いくらゆうきが魅力的な人間だろうと、ゆうきを恋愛対象にできないわけ。だから、もし私を対象にしてたら、私はゆうきを振らなきゃいけない。そのせいでゆうきが私に気まずさを感じて私を避けたりして関係がぎくしゃくする、なんてことになったら最悪じゃない。あのとき安心したのはそういうこと。これまで通り変わらず友達でいられるって思って安心したの。まじで意味わからん勘違いしないでよもー」


 言い終わったななは枝豆を齧る。私は十年近く真実と思っていたことを覆され、何と言っていいかわからなかった。


「私さ、ゆうきがそうだってわかってからさ、私なりに調べたりしたのよ。私思ったことすぐ口に出しちゃうからさ、なんか、そういうのでゆうきのこと傷付けちゃったりしてないかなって。それだけゆうきとの友情を大事にしてきたのに、そんなふうに思われてたなんて普通にショックだわ」


「ご……ごめん」


「まあ、そもそも?もしかしてと思ったからって女の子が好きなの?とか聞いた私のデリカシーの無さやばかったなーとも思うし……それとチャラにしてくれればいいや」


 チャラにすると言いながら枝豆を少々乱暴に齧る様から不機嫌なのは丸わかりだった。


「本当にごめん」


「もういいよ。そんで?私を誤解したゆうきちゃんはみずきもそうだろうと思ったから告白はしない、と決意していた、ということかな」


「……うん」


 頷くとななはわざとらしく深いため息を吐く。


「ないない。みずきは柔軟な子よ。驚いても、ゆうきを拒絶することなんてないわ。……ていうかさ、一番偏見持ってるの、ゆうきじゃない?さっきもみずきは普通だからーとか言うし。ゆうきだって普通でしょ。私たちとなにが違うって言うの。今時その考え、遅れてるわよ」


 どきりとした。図星をさされたからだ。


「……私は自分がそうだってわかったとき、周りと違うことにすごく不安になった。なんでみんなと同じではないんだろう、同じになれないんだろうって。私がそうだと周りに知れたら、おかしいって思われるんじゃないかって……」


「まあね、そりゃそういう風に言う輩もいるでしょうよ。それは否定できない。けどさ、私とみずきよ?ここくらいはさ、信用してもいいんじゃないの?みずきはさ、私のことも助けてくれたじゃない。覚えてるでしょ」


 言われて思い出す。

 ななは、高校の時は今以上に何でもはっきり言う子だった。見た目の華やかさと相まって、上級生には生意気に見えたようだった。

 テニス部だったななは、上級生に目をつけられ、小さな嫌がらせを受けていたらしい。けれど、ななは一切へこたれなかった。いや、正確には気丈に振る舞い、へこたれる様子を見せなかったらしい。


 効き目がないと見た上級生は、今度は別の方法と、同じ部活のななの同級生たちにななを無視するよう指示したそうだ。

 さすがにそのまま応じた同級生はいなかったようだが、それでも遠巻きにされ、ななは浮いた。

 ところが、一人だけ上級生の指示など完全に無視し、むしろ積極的にななと親しくした人物がいた。

 それが田中だった。


「先輩たちの可愛らしい嫌がらせなんて本当に屁でもなかったわよ。でも、やっぱり悪意を向けられるってそれだけで結構神経すり減るのよね。同級生たちは悪意はなかったけど、私とあんまり関わりたくないのがありありとわかったからやっぱり嫌な感じがしたし。平静を装ってたけど実際は結構きつかった。


 みずきがね、いてくれたから大丈夫だった。みずきのおかげで、遠巻きにしていた他の同級生達も次第に声かけてくれるようになったし、仲良くなってから謝ってもらえた。そんなみずきがよ?ゆうきから恋愛感情向けられた如きのことでゆうきを嫌ったりするわけないと思わない?」


 言われて頷く。そう、田中は、大衆に流されて判断を誤るタイプではない。自分の物差しで物事を見極めるタイプだ。私がマイノリティだからといって、マジョリティの目線から当たり前のように糾弾することは有り得ない。


「……そうかもしれないね。本当に、私の目が曇ってたんだね」


「曇すぎだよ本当。まあ、私はさ、ゆうきじゃないから、ゆうきが抱えてる悩みとかを本当の意味で理解したり共感することはできないと思うんだけどさ。でも、私の自慢の友人達の素晴らしさはいくらでも語れるんだから」


 にやりと笑ったななは通りがかった店員に追加の日本酒を頼む。


「いきなり呼び出して悲愴な顔して現れるから一体なにが起こったのかと思ったけど、ただの取り越し苦労でよかったわ」


「取り越し苦労って……ひどいなあもう」


「とにかくバレたんだから気持ち伝えるならさっさとしないと譲さんに掻っ攫われちゃうよ?今気づいたけど、みずきが結婚してる間、みずきが来る飲み会にゆうき全然こなかったよね。あれわざとでしょ」


「うっ……そりゃだって……大学卒業してすぐに結婚するなんて思わないじゃん。全然心の準備ができてなかったんだよ……」


「今は準備できてるの?」


「……全然。一生できないかも……」


「そんなに好きならとられる前にいきなよ。みずき結構モテるんだから、あっという間よ」


「……またあんな思いするくらいなら当たって砕けた方がマシか」


「そうそう!その調子よ」


 ななと話し、自分が如何に狭い価値観で生きてきたのか思い知った。一体何をそんなに深刻に考えていたのだろう。やるべきことは一つしかない。家に着く頃には大きな決心ができていた。

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