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約束と報告

 合コンから帰宅して一息ついたところでスマートフォンが鳴る。確認すると勅使河原さんから連絡がきていた。彼らしく丁寧な御礼と、食事のお誘いだった。


 あの後勅使河原さんとは色々な話をした。

 休日の過ごし方や食事の好みなど、内容はありふれたものだったけれど、会話の端々から勅使河原さんの誠実な人柄がうかがえた。


「食事くらいなら……」


 合コンに行く前はただただ憂鬱だった。ゆうきへの気持ちを改めて自覚し、他の人とどうこう、という気持ちはさらさらなかった。

 今もやはりゆうきへの気持ちは強い。けれど、帰ってきて今日のことを振り返ってみると、楽しかった、と思う。きっと、そう思わせてくれたのは勅使河原さんがいたからだろう。私がバツイチであると聞いても一切意に介さず、丁寧に好意を表現してくれた。


「こういう人を好きになれればいいのに」


 ゆうきへの思いは最早呪いのようだ。青春時代にけじめをつけなかった報いなのだろうか。あの時の私の選択が、そんなにも間違っていたのだろうか。


 実はずっと好きだったと、告白してしまえば全てが終わるのかもしれない。でも、そうしたことで今までの関係が壊れてしまうと考えるだけで身が竦む。長い時間をかけて築いたゆうきとの関係は今の自分にとってかけがえのないものだ。ゆうきだって、きっと今の関係を大切にしてくれているはずだ……と思いたい。


 それを、私の身勝手で崩したくない。私が気持ちを伝えれば、少なからず私たちの関係は変わってしまうはずだ。

 それに、結婚までした私が実はずっと好きでしたと言ったところで説得力はないし、もしかしたら軽蔑されてしまうかもしれない。


 そんなことになってしまったら私は耐えられない。ゆうきの瞳の中に私への軽蔑の色を少しでも見つけてしまったら、立ち直ることができない。

 ゆうきは優しいから、それでも私と友達であろうとしてくれるだろう。けれど、私はきっとそれを受け入れられない。私を疎ましく思う心が少しでも見えてしまったら、近づくこともできないだろう。

 情けないことだけれど、十年焦がれた相手からの嫌悪を受け入れられるほど、私の心は強くない。それがほんの小さな一欠片であっても。


 そうした悪い想像をして、やはり告白などできない、と結論づける。

 吐き出してしまえば楽になるかもと思っても、吐き出すことによる結果が怖くて何もできない。


「……寝よう」


勅使河原さんに返信だけして、布団に潜り込んだ。





 合コンから一週間。ななちゃんから招集がかかった。私を慰める会が開催された居酒屋で再び三人で集まることになった。


「もう気になっちゃって。みずき、譲さんとはどんな感じなの?」


 会って早々、ななちゃんが尋ねてきた。その目は好奇心できらきらと輝いている。


「いや、そこはまずはななちゃんの話からしてくれないと」


「私?圭介さんのこと?とりあえず来週デートすることになったよ」


 宮田さんを見た瞬間、ななちゃんの好みではなさそうだな、と思ったし、実際好みではないようだった。おそらく宮田さんも気づいていただろう。それにもかかわらずななちゃんとデートの約束を取り付けるとは、宮田さんの不屈の精神に脱帽する。


「うまくいっているようで何より。宮田さん正直で裏表なさそうだし、いい人だと思う」


 そう言うとななちゃんがふふふと笑う。


「この前知り合ったばかりだけど、あそこまであからさまに好意を示されるとやっぱり嬉しいし心惹かれちゃうよね。最近消極的な人多いし」


「いやいや、ななちゃんはしょっちゅう色々な人からアプローチ受けてるでしょ」


 ななちゃんがその美貌から頻繁にお誘いを受けているのを知っている。そしてそのほとんどを断っていることも。


「誘ってもらうこともあるけど、なんかこう、違うんだよね。会話の中で自然にどこかに二人で出かけるような流れに誘導していく、みたいな?そういうの、すごく嫌い。なんか掌の上で転がされてるみたいだし、あくまで自分は流れで誘っただけでそこまで好意があるわけではないですよーって予防線張ってるみたいですごくイライラする。ぶっちゃけダサいと思う。


 私はね、そこはストレートに、デートしませんかって言ってくれた方が嬉しい。好意あります、デート行きたいですっていう感じ可愛いし、向こうに好意がある前提でこっちも対応できるし」


 なんとなく言わんとしていることはわかる。

 要は断られた時や脈がなさそうな時にノーダメージを装おうとするような人は嫌だということだろう。

 しかし、なかなか酷なことを言う。大抵の人は様子を見ながら踏み出すタイミングを図っている。それはここまでボロクソに言われることではないと思う。モテるななちゃんだからこその発言だ。これまでななちゃんが斬り捨ててきた数多の屍を想像し、顔も知らない彼らに同情する。


「犬っぽい人が好きってこと? でもこれまでの感じ見てると、ちょっとミステリアスで掴み所ない人の方がタイプなように思うんだけど……」


 ゆうきが腑に落ちない顔で言う。


「いやいや、そういう人がね? 変に小細工しないでさらっとデートいこっか、って誘ってくるみたいな、そういうのが理想だったの」


「だったの」という言葉が、今は違うことをうかがわせる。


「でも、圭介さん見てたら、そんなのもいらなくて、私は私のこと好きだーって表現してくれる人がいいのかなって思えてきたの」


 ななちゃんの目を見ると恋する乙女のようにキラキラしている。


「なんか……恋する乙女みたいだね」


 思わずそのままの感想を口にする。


「そうかもしれない。私って案外チョロかったのかも。というか、案外圭介さんみたいにあからさまな人で、かついやらしさを感じない人っていないんだよね」


 両手で頬を包んでいる姿は何とも愛らしい。難攻不落と言われたななちゃんを陥落させる手段が複雑な小細工ではなくストレートな愛情表現だったとは驚きを隠せない。

 しかも、陥落させたのはどう考えても脈がないと思っていた宮田さんだ。

 もしかしたら宮田さんはああ見えて乙女心を網羅した手練れなのかもしれない。


「いやー、宮田は絶対無理だと思ってたからびっくりした。いい意味で裏切られた。紹介して良かったよ」


 ゆうきが感心するように頷く。ゆうきも宮田さんはななちゃんの好みじゃないと思っていたようだ。


「そーれーで! みずきはどーなの?」


 先ほどまでの乙女の表情とはうってかわり、いたずらっぽい表情で聞いてくる。


「今度食事に行くことになったよ。ちょうど向こうが出張続きでなかなか都合が合わなくて、ちょっと先になるけど」


 私はこういう時、ゆうきの顔を見ることができない。何とも思っていない顔をされていたら、私をそういう対象にしていないことを改めて自覚させられてしまうから。


「ぬかりないじゃない! みずきは譲さんのことどう思ってるの?」


 私の返答に、ななちゃんは俄然テンションを上げて聞いてくる。


「いい人だなぁと思う。こういう人を好きになれたら幸せになれるんだろうなって」


「ちょっと。その言い方って好きになることはないけど、みたいな風に聞こえるんだけどー」


 ななちゃんが口を尖らせる。


「そういうわけじゃないけど……ほら、私離婚したばっかでまだ切り替えられてないのよ」


 これは嘘だ。ななちゃんの言っていることが正解だ。あまりの鋭さにどきりとした。私は勅使河原さんを好きになる自信がない。ゆうきへの気持ちが一向に冷めないのだ。


「勅使河原はいい奴だよ。でも、無理はしない方がいいと思うし、そういう興味がないならあまり期待は持たせないであげてほしい」


 ゆうきが常時のそれより少しトーンの低い声で言う。それが怒っているように聞こえて息を飲む。


「ちょっと。どうしてゆうきが怒るのよー。興味なんてこれから湧くかもしれないんだから、一回くらいデートしたっていいじゃない」


 ゆうきの様子にななちゃんが口を尖らせる。ゆうきは、はっとしたような顔をして慌てて私に謝ってきた。


「ごめん田中。怒ってるわけじゃないよ。そもそもまだそういう時期じゃない田中を連れてってるわけだし、勅使河原もそれはわかってるはずだから」


 私の不誠実な対応でゆうきを怒らせてしまったかと思って固まっていた私は安堵した。


「ううん、私こそごめん。今はまだそういう興味ないけど、もしかしたら変わるかもしれないって軽い気持ちで約束しちゃったから……」


「えー? みずきが謝ることじゃなくない?知り合ったばっかなんだからそんなもんでしょ」


 ななちゃんがお酒を注文し、話題が変わる。でも、私はその後も先程のゆうきの態度が気になり、せっかくの飲み会を楽しむことができなかった。

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