合コンと出会い
「みずきおそーい!もうみんな中で待ってるって!」
お店の前で私を待っていたななちゃんが言葉を交わす間もなく私の背中を押す。はいはいと言いながらその流れに任せる。
いつでも美しい彼女だが、今日は気合が入って一段と華やかだ。柔らかく巻かれた栗色のロングヘア、ぱっちりと大きな目には意志の強い瞳が浮かんでいる。くるんと上がった長いまつげに形の良い唇。
自分と比較するのが恐れ多いと思うほど、ななちゃんの顔は整っている。今日は完全に引き立て役になりそうだな、と思いながら店内に入る。
「あ、きたきた」
先に店に入っていたゆうきが私たちを見つけて手で合図する。
席にはゆうきの他に男性が二人座っていた。私とななちゃんが席に着いたところで各々飲み物を注文する。挨拶と当たり障りのない会話を少し交わしたところで飲み物が提供され乾杯する。
「じゃあ、まずは自己紹介から」
ゆうきが言うと、待ってましたとばかりにななちゃんの前に座っていた男性が口を開く。
「小森の同期の宮田圭介です。圭介って呼んでください! 趣味はフットサルで、それ以外にもアウトドア系は何でも好きです!」
短髪の似合う爽やかな好青年、という印象の宮田さんは、印象通り爽やかな笑顔で自己紹介をした。
その目線はななちゃんに真っ直ぐ向いており、彼がゆうきにななちゃんとの合コンのセッティングを頼んだその人なのだとすぐにわかった。きっとななちゃんも気付いているだろう。
「あんまり長く自己紹介するのもアレなので、あとはお酒飲みながら色々話しましょう!」
爽やかに締めくくり彼の隣、つまり私の目の前に座る男性に目配せをする。
「勅使河原譲です。同じく小森と同期で、今日は宮田に誘われて来ました。趣味は料理です」
いかにも体育会系の宮田さんとは対照的に、勅使河原さんは一見インテリ系でとっつきにくい雰囲気をもっている。
しかし、口を開くと予想外に柔らかく心地の良い声で、優しく微笑む様から穏やかな性格が見て取れ、あっさりと見た目の印象を塗り替えられた。
「料理!何が得意なんですかー?」
素早くななちゃんが反応する。そういえば、ななちゃんは料理が苦手なので、料理の上手な男性が好きだと言っていた気がする。目線でラブコールを送っていた宮田さんの目が泳いでいる。
「小難しいものを作るというより、自炊するのが好きなんです」
「えっ、じゃあ毎日自炊してるんですか?仕事もあるのにすごーい」
「習慣になれば苦にならないですよ」
ななちゃんは勅使河原さんに興味を持ったらしい。哀れ宮田さん、ななちゃんは華やかな見た目で誤解されがちだが、堅実な人間なので生活力アピールの方が効くのだ。
「勅使河原さんのことはなんて呼べばいい?」
「譲でいいですよ」
「ふふっ、珍しい名字ですよね。みずき、羨ましいでしょ」
撃沈する宮田さんに同情している最中に突然話を振られて驚く。羨ましい?言われたことを頭の中で反芻しながら口を開く。
「えっ、あ、そうですね。私は「田中」でありふれた名字なので、珍しい名字には何となく憧れがあるんですよ」
「田中さんっていうんだ!じゃあこのまま田中さんの自己紹介に移っちゃおう!」
ななちゃんと勅使河原さんの会話がこれ以上弾まないようにしようと思ったのか、宮田さんがやや強引に勅使河原さんの自己紹介を終了させた。必死だなあと思いつつ、その正直さに嫌な気分にはならない。
「あ、はい。田中みずきといいます。ゆうきとは高校からの友人です。趣味は特にないです。」
「みずき」
あまりに素っ気ない自己紹介だったからか、ななちゃんから目で責められる。
「あー、今は趣味がないんですが、最近時間ができたので、これから何か始めたいなと思っています。何かおすすめのことあったら教えてください」
これでいいでしょ、とななちゃんを見る。ななちゃんは、少し不満げな表情ではあったもののうんうんと頷いたので、及第点ではあったのだろう。
「最近時間ができたというのは、仕事の内容が変わったりしたのですか」
このままあっさりななちゃんの自己紹介に移ると思っていたところで勅使河原さんに質問される。時間ができたのは離婚をしたからなのだけれど、さっき会ったばかりの人間にいきなり離婚なんて重い話をすることはできない。
「まぁ……そんな感じです」
うまく誤魔化す嘘も思いつかず、苦笑いする。
「じゃあ次私ね」
私の様子から察してくれたのか、ななちゃんが話をそらす。ななちゃんはたまにデリカシーがないところがあるけれど、よく周囲を見ていて勘もよく、さりげなく気遣ってくれる優しさがある。私はほっと小さく息をついた。
「うん、じゃあ最後になな」
ゆうきも空気を読んでななちゃんに乗っかる。
「え? 小森は自己紹介しないの?」
ゆうきの言葉に宮田さんが反応する。
「いや、みんな知り合いだし自己紹介いらないでしょ」
そういえばそうだ。私とななちゃんはもちろんのこと、宮田さんと勅使河原さんもゆうきと同じ会社の人間で顔見知りなのだ。すると、ゆうきは知り合い同士を単に紹介しているだけになる。
「たしかに。ゆうきには悪いことしたわね」
「なな、そういうのは気にしなくていいから。そういうことで、ほら、なな自己紹介!」
ゆうきが少し焦ったようにななちゃんを促す。その様子に少し違和感を覚える。しかしどうかしたのか聞く前にななちゃんが自己紹介を始める。
「はいはい。白鳥奈々恵です。ゆうきとみずきとは高校からの友人です。趣味は居酒屋巡りです」
「居酒屋巡りって……もしかして一人で行くの?」
先程からななちゃんと話したくて仕方がなかった様子の宮田さんが食いつく。まだ諦めていないようだ。
「一人でも行くし、友達とも行くかな。ゆうきとはよく行ってるよー」
どきりとする。私はゆうきと二人で飲みに行ったことなどない。家庭があった私に気遣ってのことかもしれないが、それにしてもここ二年間は予定が全く合わず、私はゆうきに会うことさえなかったのだ。私とは会っていなかったのに、ななちゃんとは頻繁に二人で会っていたのか。
人知れず落ち込んでいると、前から声をかけられた。
「田中さん、サラダとりましょうか」
トングを右手に持った勅使河原さんがこちらを見ている。私が考え込んでいる間にななちゃんの自己紹介は終わったらしい。
「あ、いえ自分で……」
トングを受け取りお皿にサラダをよそう。
「田中さんのことは、なんとお呼びすればいいですか」
そういえば、宮田さんと勅使河原さんはそんな話をしていたけれど、私は何も言わなかったな、と自分のやる気のなさを改めて自覚する。
「みずきでいいですよ。自分の名字あんまり好きじゃないんです」
「ああ。さっきおっしゃってましたね。読み方を間違えられることがなくて羨ましいと思いますが、お互い無い物ねだりですかね」
勅使河原さんの丁寧すぎる喋り方になんだかむず痒くなる。
「そうかもしれないですね。ところで、同い年ですよね? いきなりタメ口もアレですが、そこまで丁寧に話されると少し緊張しちゃいます」
「ああ。すみません。初対面だとどうも……気をつけます」
困ったように笑う勅使河原さんを見て、きっとこの人はいい人なんだろうなと思う。私がゆうきと出会っていなければ、こういう人を好きになったのではないだろうか。否、そもそも夫と別れることがなかったのか。
「ちょっとちょっと、なんかいい雰囲氣じゃない?」
左腕にぴたっとななちゃんがくっついてくる。
「ななちゃん、もう酔ってるの?」
ななちゃんを見ると、少し頬が紅潮し、瞳が潤んでいる。ただでさえ美しいのに、色っぽさまで増していてどきりとする。
「いやいやまだまだ。ねぇ、譲さんはどんな女性が好きなんですかー?」
思わず宮田さんの方を見るとまた目が泳いでいる。さっきまで二人で話していたようだったが、ななちゃんの関心を得ることはできなかったようだ。
「そうですね……明確な好みがあるわけではないのですが、素朴で笑顔が柔らかい女性が好きかもしれないです」
「あーそうなんですか。うーん……そしたら私は違うのかー。残念。みずきは当てはまりそうね」
「奈々恵さんも素敵だと思いますよ」
「いいのいいの気を遣わなくて。私は譲さん好みだけどー、ね?奈々恵さん「も」ってことは、みずきの方が好みなんでしょ。ふふふ、邪魔者は退散しなきゃ」
ななちゃんはにやにやと私を見てくる。
「みずき、出会いは大事にするのよ」
そう言ってくるりと振り返り、宮田さんに話しかけた。
「勅使河原ごめん。なな、悪気があるわけじゃないから」
ゆうきが申し訳なさそうに勅使河原さんに言う。
「ななちゃんは、本当にいい子なんです。思ったことははっきり言うのできつい人と誤解されがちですけど、凄く友だち思いだし、裏表もなくて」
ゆうきに続いて私もフォローする。
「さっきの感じでわかりますよ。凄くさっぱりして、素敵な方ですね」
勅使河原さんはふふっと笑う。
「まぁでも、あっさりと俺がみずきさんが好みだってことがバラされちゃいましたね。まだ始まったばかりなのに」
勅使河原さんにじっと見つめられる。先程まで優しさしか浮かんでいなかった目に、違う色が灯される。
私はそこまで恋愛経験豊富ではないけれど、この目の意味するところは知っている。思わずその目をじっと見つめ返してしまい、はっとして目をそらす。
いきなりの展開に頭がクラクラする。今日こんな展開になるなんて全く想像していなかった。ななちゃんの引き立て役になるはずだったのに一体どういうことだ。
「そう言ってもらえるのは嬉しいですが……」
「俺のことは好みじゃないですか」
「いや、あの……」
返事に困ってちらりとゆうきの方を見る。ゆうきも目を見開いており、驚いているようだ。
「勅使河原って……草食系だと思ってたんだけど」
おずおずと言った様子でゆうきが勅使河原さんに話しかけた。すると、勅使河原さんは少しだけ口角を上げて微笑んだ。
「これまではそうだったかも。でも、奈々恵さんにバラされちゃったし、なんか彼女を見てたらスパッと言っちゃった方がいいような気分になっちゃったんだよね。様子を伺ったり駆け引きしたりっていうまどろっこしいことするのがばからしくなった」
きっと本来の勅使河原はもっと慎重な人間なのだろう。ゆうきの反応からもそのことがうかがえる。
それにも関わらず突然の猛攻。ななちゃんの影響力が凄まじい。ここまであからさまな好意を向けられるのは人生で初めてかもしれない。でも……。
「そしたら、私もちゃんと言わなきゃフェアじゃないですよね……。あのですね、私離婚したばかりなんです」
ゆうきがまた驚いた顔をする。対して勅使河原さんの様子は特に変わらない。
「そうなんですね。さっき言ってた最近時間ができて、というのはそれですか」
「そうです」
離婚したばかりで合コンにくるなんて、と呆れるだろうと思ったが、勅使河原さんの反応は予想とは違った。
「すごくプライベートなことなのに、会ったばかりの俺に話してくれてありがとうございます。……まだ離婚した相手が好きなんですか」
「いや、そういうのはないです。けど、すぐに他の誰かと、という気持ちにはなれないです」
「でも、今日ここに来たということは、今後ずっと、というわけではないんですよね」
驚くことに勅使河原さんの猛攻は止まない。
私の何が彼の琴線に触れたのだろうか。さっき初めて会ったばかりで、ほとんど言葉も交わしていないのに、こんなにも気に入られる理由はないはずだ。
困惑しているとそんな私を察したのかゆうきが勅使河原さんに話しかける。
「え、どうしたの勅使河原。そんなグイグイいくタイプじゃないでしょ」
「そうだね。けど、離婚の話をしてくれたのは、俺に誠実に対応しようとしてくれたからでしょう。言わなくてもバレなかったのに。小森だって言うつもりなかっただろう。」
勅使河原さんが私を見て優しく微笑む。
「みずきさんにとって離婚の話をすることにメリットなんてなかったはずですよね。それなのに、その話をしてくれた。ますます俺の好みです」
自分の頬が紅潮しているのがわかる。こんなにストレートに褒められたことなんて今まであっただろうか。どう反応していいのかわからない。
けれど、私は勅使河原さん考えているような女性ではない。
「……私はきっと勅使河原さんが思っているような人間ではないと思います」
私は他に好きな人がいるのに強引に気持ちに蓋をして、他の人と結婚するようなずるい人間だ。そう考えると途端に自分が酷く汚い人間のように思えてくる。
「……さっき会ったばかりだから、俺が正確にみずきさんのことをわかっているとは思わないです。けれど、少なくとも俺は、今の段階でみずきさんは誠実な人だと思っています。だから、今日食事して終わり、ではなくて、みずきさんをもっと知る機会がほしいなと思います」
勅使河原さんは私をじっと見つめる。こんなに丁寧に口説かれたのは初めてで、思わず目を逸らしてしまう。私はこんな風に言ってもらえる人間ではないのに。
「……まぁ、今日もまだそんな時間経ってないしさ。その話はまた帰るときにでも、さ」
黙ってしまった私の様子を見て、ゆうきが助け舟を出す。こういうところが、本当に好きだなと思う。近くにいると、すぐに思いが溢れてしまいそうになる。こんなに好きなのに、どうして私は思いすら告げられないのだろう。
「それもそうだね。みずきさん、突然すみませんでした。どうも乗り気ではなさそうな雰囲気だったので焦ってしまいました」
「いえ、あの、気持ちはとても嬉しいですし……ちょっとびっくりしちゃっただけなので」
「ねーぇ、さっきからなんかそっちお見合いみたいじゃなーい?」
何ともいえない空気になりかけていたところ、明るい声がその空気を払う。
私はほっとしてななちゃんの方を向く。
ななちゃんは再び私の左腕にくっついている。知らぬ間にだいぶお酒を飲んだようで、先ほどより顔が赤い。
「圭介さんと飲み比べしてたんだけどー、お酒弱かったみたいでもうダメみたい」
言われてハッと宮田さんの方を見ると、顔がリンゴのように真っ赤になっていた。視線も定まっていない。今にも寝そうだ。
「ちょっと! どんだけ飲んだのよ」
「そんなに飲んでないよー。とりあえずそんなに数なかったし、日本酒全種類一合ずつ頼んで飲んでただけ」
見ると二人の前のテーブルにはずらっととっくりが並んでいる。
「あー…宮田かっこつけて無理したんだな」
ゆうきがため息をつき、近くの店員に水を注文する。
「ふふふ。圭介さんはそんなにタイプじゃなかったんだけど、一生懸命で可愛いから気に入っちゃった」
ななちゃんがいたずらっぽく笑う。宮田さんは努力の甲斐あってななちゃんの関心を得られたようだ。……その代償は大きそうだけれど。
「まだ一時間も経ってないのに……」
再びゆうきがため息をつく。
「とりあえず宮田は水飲ませてそのまましばらく休ませとこう。帰りまでに覚醒してなかったら俺が送っていくし」
勅使河原さんが水を受け取り、宮田さんに持たせる。宮田さんは目をしぱしぱさせながらも受け取った水を口に運ぶ。お酒が弱いのにななちゃんのお酒に付き合おうとする健気さは、確かに可愛いかもしれない。
「なな、宮田こんなに頑張ったんだから、連絡先くらいは教えてやってね」
「気に入ったって言ったじゃない。みずきも、譲さんに連絡先くらいは教えてあげなさいよね」
勅使河原さんの方を見ると困ったように微笑んでいた。
「……帰る頃になっても、また私と会いたいと思ってくれていたら、連絡先交換しましょう」
すぐに拒絶しなかったのは、もしかしたら勅使河原さんがゆうきへの気持ちを忘れさせてくれるのではないかという期待が少なからずあったからだ。
そう期待するくらいには勅使河原さんの言葉は心地良かった。積極的ではあっても無理強いはしてこない、そういう雰囲気は好ましいものだった。