異世界モニターに当選しました?!
初投稿作品。
うっすらと明るい日差しに照らされているような感覚となり、ゆっくりと閉じていた瞼を上げる。最近ドライアイが進行していて少しばかりしょぼしょぼしてしまうが、後で目薬を差せばいいだろう。こすらない方が目に優しい。
「え? どこ? まだ夢?」
周囲は驚くほど美しい草原である。緑の芝生のような絨毯は自然の濃淡が綺麗で、ふんわりと香るのはところどころに様々な色の花のものだろう。明るい日差しと思っていたのはすぐ近くに自生している大木からの木洩れ日。その奥には雲一つもない晴天である。
定番の“知らない天井だ”などと呟ける程には毒されていなかったらしい。そもそも室内ではない、と独りでツッコんでみるも、軽くパニックである。夢であるならば、それが夢だと思ってもこの美しい草原を当たり前だと思い行動できるはずである。ちなみに上半身は起こしてみたが、立ち上がる気力は湧き上がってこない。
ペタリと芝生の上に座り込んで、考えてみる。寝ていたはずだ。いつものように仕事をして、家に帰って、スマホ片手にベッドにゴロンと横になって、寝落ちしたはずだった。よく分からない事態に不安が募り、心拍数がガツンと上がる。冷静になれー私ーと念じるように数回深呼吸したなら、周囲の長閑な雰囲気もあって落ち着いてくる。いいよね、自然。うん、これは現実逃避だ。
「よぅ、来たなも」
突然掛けられた声に視線を上げれば、優しそうな雰囲気のお爺さんがいた。皺の深い笑みと、頭頂部に申し訳なさげに残った白髪。口元には仙人を思わせる長い髭。白っぽいローブのような衣装に、やたらとゴツゴツして節くれだった杖。風貌に反するような力強い目つきから、ただのご老人ではなさそうだ。某指輪物語の灰色の方によく似ている。
「……あの、ここはどこでしょう?」
「ふぅむ。おみゃあさんに分かりやすく言ったると、“異世界”だわ」
「はぁ……」
「ま、夢の世界でもええわな。おみゃあさん、“異世界モニター”に当選したんだわ」
なんだそれ? 疑問符が頭の中を駆け巡って、巡り巡って思い当たるものが一つだけあった。そうだ。寝る前にスマホを弄り回してラノベだったり漫画だったり見ていた時のアンケートだ。確か新しい作品の世界観の構築のためにアンケートを募集していて、気まぐれに回答したような気がしている。もちろん匿名だったし、懸賞でもなかったから住所だって記入した覚えはない。
「あれってアンケートですよね?」
「最後の方に書いてあったでしょ。”もしも転生できるなら、してみたいきゃ?”と、な。だで、おみゃあさんが選ばれたんだわ」
「…………。」
ごめん、ちょっと頭痛くなってきた。夜中のテンションでノリノリになって沸き起こるドキドキとワクワクを記入したような気はする。剣と魔法のファンタジーワールド。冒険もしてみたい。キラキラした恋愛もしてみたい。魔法学園モノとか、敵対勢力に勝つために仲間を集めるのもいいし、のんびり田舎の方でのスローライフやもふもふ達との語らいもいい。幼女になってみたり、性別や、なんなら種族すら変わって転生するなんてとても楽しそうじゃないか。だからこそ今の世の中にそういった物語やらゲームやらが溢れているのだと思うのだけど。
「ちょうど良いタイミングだったんだわ。おみゃあさん、程よく物知りで、程よく無知だで」
え、ディスられてるの?
「よーく聞きゃーよ。おみゃあさんは平和な時代に生まれとるもんで、まず争いを好まにゃーわな。特定の宗教にのめり込むもんでもにゃーし、選民思想もにゃーわな。教育もそれなりにされとる。けんども、いわゆる研究者ではないんだわ。だで、おみゃあさんがええんだが」
がっつり入る方言に気を取られそうになりつつも、話を素直に聞くことにする。そうでもないと外見と口調のギャップについていけなくなるからだ。そしてどうにもこのお爺ちゃん、神様のようだ。世界という概念が難しいが、まぁこれまで居た世界を現実世界とするなら魔法というものはなく、基本的には科学によって繁栄した世界である。神様の作った世界に過度に文明をもたらされても困る為、ざっくり知っていても詳細には知らないという知識の塩梅がちょうどいいらしい。
「私、死んだんですかね?」
「呼んだんだわ。儂の声に応えるものをな」
「何をしたらいいんでしょう? その、世界で」
「なーんにも。好きなようにしてくれたらええ」
特にこれといった使命はないようだ。いきなり魔王を倒せとか、世界を救えだとか言われても荷が重いので助かる。普通の社会人であって、何かの達人でも天才でもないのだ。
「おみゃあさんは“モニター”だでよ。儂が世界を覗き見る“目”になるだけだわ」
「じゃあ期間は?」
「望むまでおってくれてええよ」
「えーと、あの、なんか能力的なものってもらえたりします?」
「ほんじゃあ、なんか適度に見繕っとくわ。そうそう簡単には死なんようにしといたるで、安心しやー」
ふむふむとお爺ちゃんもとい神様は頷いた。簡単には死なないとか地味に怖いワードだ。
「そうそう、おみゃあさんのな、魂分けるでよ」
「え?」
ニヤリと皺だらけの口角が上がる。優しそうに見えてはいたが、そうでもないことが判明する。モニターだからって異なる世界から呼びつけるくらいなのだし、当選者の事情がまるっと無視されていることからも、どう考えても優しいだけの人ではないだろう。優しそうなおじさんについてっちゃダメって子供の頃にママにも言われてた! 冷静なつもりだったけど、全然冷静になれてない。
「それとなーうっかりついてきた子がおるもんで、まぁそのうちおみゃあさんのとこに送ったるわ。ちっこい子んだで、癒されるわなぁ」
「ちょっと待って、まだ聞きたいことが!」
「楽しみゃーよー」
のんびりとしたお爺ちゃん神様の間延びした語尾がエコーのように響き、鮮やかだった自然の景色はホワイトアウトしていくのだった。
▽
「あー、やれやれ。本当にニホンの子って状況把握が早いよねー」
まぁ、楽でいいんだけど。そう独り言ちる。無駄に騒いだり、混乱してどうにもならないということがないのは重畳だ。もっともそういう人は夢だと思わせてこっそり帰ってもらっている。
ふぅぅと溜め息のように吐き捨てて白い髭を軽く梳き、ぶるぶるっと身を震わせれば、白っぽいローブはそのままに年老いた外見から、今生の美を寄せ集めたかのような美しい青年の姿へと変化した。正確には、変化を解いた。
「さぁて、あの子にはどんな能力が必要かな」
あえて口にする必要もないのに、ただただ朗らかな風景の中で彼はにんまりを笑みを浮かべた。虚空に手を振り払うような仕草一つで自然豊かな風景は消え去り、何もないうすぼんやりとした白一色の世界に戻る。さらに手のひらを外側に向け、左から右へと軽く振れば大きなウィンドウのようなものが現れた。
ここは神の支配する領域。すべてが真実で、すべてが虚構。あの子の描く“神”のイメージに合わせただけであって、老人の姿も彼であって彼ではない。ふふふ、とまた笑みが浮かぶ。
「言語理解と読解能力はオンでしょ、せっかく魔法が使える世界なんだから使わせてあげようかなー。身体能力も程ほどに上げておかないとねー、ああ、そうだ。幸運度も上げておこうかな。いきなり放り出すんだからこれくらいのサービスはね、っと」
まるでキーボードを叩くように軽やかに能力をセットしていく。あの子を転生させて、世界を内側から体感する。自らがプレイするわけではないが、ある種のゲームに近い。言うなれば、神の娯楽の一つだ。
「おっと、記憶だけは少しだけ忘れてもらおうかな」
ああ、楽しみだね。美しく、そして仄暗く、彼は笑った。
お読みいただきありがとうございました。
異世界転生モノ書いてみたいのテンションだけで書いたものです。
お楽しみいただければ幸いです。