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月乃湖の守り神

作者: 青羽根

勢いにまかせて書いた物語なので、本来の作風や文章構造とはかなりかけ離れていると思われます。

主人公の青さをのこしたかったので、幼めの文章ですが、ご容赦ください。


「行って来まーす!」


 わたしは玄関から家の中に向かって、大きな声をはりあげる。

 夏休み中ではあるが、部活動の為、中学校へ向かう時間だ。


「朋ちゃん、気をつけてね〜!」


 台所で洗い物をしている母親から、声が届いた。


「はーい、ありがとう!」


 元気に返答したわたしは、外へ続く扉を勢いよく開ける。



 洗ってもらった剣道の道着を自転車カゴに入れ、出発しようとペダルに足を掛けたところ、敷地内に大きなブルドーザーが入ってきた。



「あ! おはようございます! 今日はよろしくお願いします!」



 今日は自宅の母屋(おもや)を解体する日だ。



 作業に訪れた業者のオジさん達に朝の挨拶をし、わたしは自転車のペダルを勢いよく漕ぎ出す。



 わたしが子供の頃に病がちだった父親も、手術の成功により完治し、数百年前から父の代まで住んでいた古い茅葺き屋根の母屋を建て直すことになったのは昨年のこと。


 住宅展示場を何箇所も訪れて、様々な建設会社の方と話し合い、家族の希望を取り入れた設計図面が完成したのは、ほんの数ヶ月前だ。



 田んぼの畦道を学校へ向かう途中、誰かに声をかけられたような気がして、自転車を止めて振り返る。


 誰もいない。


「気のせいか?」


 そう呟いて顔を上げたところ、自宅の母屋が目に入った。


 これで見納めだなと、少し感傷に浸りながら静かに見つめる。


 無くなってしまう母屋のたたずまいを目に焼き付けるべく、暫くの間瞬きをすることなく建物を凝視していたわたしの視界に――何かが映った。


 目の錯覚かもしれない。

 けれど、茅葺き屋根の上に、大きな蛇が見えた気がしてドキリと心臓が跳ね上がる。


「久しぶりに、また見ちゃった」


 時々、母屋の屋根の上に見える巨大な白蛇の幻。


 祖父に話したところ、それは祖父が子供の頃からいる我が家の守り神だと教えてくれた。


「怖くないから。物を投げたりしてはイカンよ」


 そんな注意をよく受けていた。


 祖父が言っているのは、本物の白蛇のことでわたしも何度か目にしたことがある。

 不思議と怖くはなくて、とても綺麗だなと思っていた。



 けれど、わたしが時々、屋根の上に見るのは実体のないホログラムのような大蛇なのだ。


 いつも母屋の東側の屋根から庭で遊ぶわたしを見下ろし、手を振ると消えてしまう。


 結局それが何だったのか分からないまま、成長するにつれてその幻は見えなくなった。


 あの蛇とも今日でお別れなのかな、と少し寂しい気もした。


 数年間、目にすることのなかった白い大蛇の幻を久々に見たからか、忘れていた幼い頃の記憶が掘り起こされたのかもしれない。



 もう一度目を凝らしてその場所を確かめたが、そこには既に何もいなかった。


「いってきます。またね」


 そう呟き、なんとなくその大蛇のいた位置に手を振ってから、わたしは部活動に出かけた。



          …



 わたしが小学校低学年の頃、父は突然体調を崩して寝込むようになった。

 その後数年に渡って入退院を繰り返し、良くなっては悪くなるという日々が続いた。


 何度か手術もした。

 けれど、なかなか良くならない。


 東京にお嫁に行った父の妹の和子叔母さんが、知り合いの脳外科のお医者様を紹介してくれ、成功率の低いと言われていた手術を乗り越え、今は元気になった父。


 だが、あまりにも災厄が降りかかるので、これもまた和子叔母さんの紹介で、お上人様と呼ばれるおじさんに霊視のようなものをしていただいたことがある。



 そのお上人様に言われた言葉が蘇る。



「古いお(ふだ)があるはずです。でも、何かに隠されていて、場所まではわからない」



 祖父や親戚のオジさん達が集まって、母屋の探索が行われたけれど、結局何も見つからず、謎のまま幕を閉じたのだった。



          …



 部活動が終わると、わたしは母屋の状態が気になり帰路を急いだ。


 その途中、農作業をしていた顔見知りのおじさんから声をかけられる。


「朋美ちゃん、今日も暑いね〜」


「おじさん、こんにちは。本当に暑くて、汗だくです」


 おじさんは笑いながら首にかけたタオルで額の汗を拭っている。


「ああ、そう言えば、今日は月乃湖(つきのうみ)の母屋を壊していたけど、家を建て直すのかい?」


 月乃湖ーーうちの屋号だ。


 この町内には同じ苗字の親戚が多いので、古くからある家の場合は屋号で呼ばれる方が身元が分かりやすく、わたしは子供の頃から『月乃湖のお嬢さん』と呼ばれていた。



「はい。父の病気も良くなったし、台風の時に母屋に浸水するようになったので」


「そうかい。富雄くんも良くなったんじゃあ、そりゃあ、良かった」


 わたしはおじさんに別れの挨拶をして再び自転車に乗り込んだ。



 今日、解体している母屋は数百年前の(いくさ)時に、敵方の家からの戦利品だったはずだと、あのお上人様が言っていたっけ。


 何でも、我が家のご先祖様への呪詛の供物として、生け贄にされた敵方のお姫様の呪いも、父の体調不良に影響していると言われていたなと思い出し、ブルッと身震いする。



 いつもならば、母屋が見える位置を自転車で進むが、今朝まであったはずの建物は視界に入らない。



 ああ、きっと、既に解体は終了しているのだろう。



 少し寂しく思いながらも自宅の敷地内の道に入ると、何故か騒がしい。



「あれ? お母さん、どうしたの?」


 わたしの声にビクリと身体を震わせた母が、青い顔で振り返る。


「ああ、朋ちゃん、お帰りなさい。今、おじいちゃんが確認してくれているんだけどね――」





 母の話を聞いて、わたしは居ても立ってもいられず、祖父の元に向かう。


「おじいちゃん!」


 わたしの声に祖父が振り向き、ああ朋美か、とホッとした声を出す。



(わし)も全く知らなかったんだが、土蔵の部屋が屋根裏に発見されてな。そこから、ほれ――これが出てきたんだよ」



 祖父の目の前には、太い縄で一括りにされたボロボロになったお(ふだ)のようなものが転がっている。

 酒樽のような大きさで、よく見るとこれは――


「蛇の……抜け殻?」


 何匹分だろうという、巨大な蛇の抜け殻が、そのお札には巻きついていた。


「そうなんだ。ほれ、時々現れて、お前も見たことがあるだろう? あのでっかい白蛇さんの抜け殻だと思うんだ。これが、お札にぐるぐる巻きになっとってな」



 わたしは、今朝見た幻覚の巨大な蛇を思い出す。



 屋根裏には、入り口が塗り固められ人目から隠された部屋があったらしい。その場所は、わたしがよく幻の大蛇を目撃した、あの東側の屋根の位置。




 あの白蛇は、我が家に災厄を引き起こしていた呪詛の(ふだ)から、数百年の間、代を変えながらも、月乃湖の家族を守ってくれていたのかもしれない。



 わたしは気付けなかったけれど、あの白蛇さんは「ここに探している札があるよ」と、教えてくれていたような気がする。



 そのお札は、その後丁重に供養されたと母から聞いた。



 あの白蛇と、あの幻の大蛇は、その日以降、わたしの前から姿を消した。



 最後にわたしが手を振った姿を、あの守り神様は気づいてくれただろうか?


 わたしが呟いた「またね」の言葉は、伝わったのだろうか?



          …



 大人になった今も、この季節になると胸の奥で蘇る。


 子供の頃の、不思議な思い出。


 『月乃湖の守り神』を目にした、最後の記憶。





 今でもあの白蛇さんは


 ひっそりと



 

 月乃湖の行く末を


 見守っているのかもしれない。









土台が歴史のある建物だったらしく、建材はどこかで再利用されていると聞いています。


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『氷の花がとけるまで』
志茂塚ゆり様作画

志茂塚ゆり様作画

↑少年の心の成長を描いた
クラシック音楽系ヒューマンドラマ

一般文芸寄りの話になります。

『その悪役令嬢、音楽家をめざす!』の
主要人物も登場する
スピンオフの物語です。



『その悪役令嬢、音楽家をめざす!』 300万PV御礼イラスト

― 新着の感想 ―
[良い点] 不思議な話ですね…こういうのは。 自分にもこんな感じに守ってくれるものがあるのかなぁと思いました。 これからも頑張ってください!
[良い点] 白蛇の守り神。長年家を守ってくれていたのかな? ヒロインにその姿を見せていたのも何か意味ありげで気になりますね。
[一言] 実体験をもとにされているんですね。見えないものが見える体験…霊感がないもので、羨ましいです。白蛇様、きちんと供養してもらえて良かったです!
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