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タピれない私とつめたい王子さま

作者: 辺野 夏子

 

 私、山梨多恵(やまなしたえ)には苦手なものが2つある。


 ひとつは、今流行りのタピオカ。


 もうひとつは、学園の王子様、梶田亜蘭(かじたあらん)

 驚くなかれ、亜蘭とは本名なのだ。アランですよ?アラン。ここは日本です。いくら今がキラキラネーム全盛期とは言え、純日本人の息子にキラッとした名前をつけるのはスゴいと思う。私の「多恵」って名前はちょっと古臭いかなと思わないでもないけれど。


 どちらにも、苦手な理由は特にない。私が一方的に敬遠しているだけだ。私はアランにも、タピオカにも何もされていない。いや、何もされていなかった。昨日までは。




「山梨さん、タピオカ飲む?」


 事件はある日突然起こった。廊下ですれ違いざま、梶田が声をかけてきたのだ。もちろん言葉を交わしたことなどただの一度もないし、同じクラスになったこともない。私が学園の王子様たる梶田亜蘭の事を知っているのは当たり前だが、向こうがこちらを知っているのはおかしい。しかし、この学校に「ヤマナシ」と言う名字は私しかいない。


「梶田くん、もしかして今私に話しかけた?」


「うん。無視されたらどうしようかと思った」


 無視なんてしない。そんな事したら周りに何を言われるかわかったもんじゃない。何せ梶田は家は金持ち、成績優秀、スポーツ万能、すらりと長い手足、健康的だけど白い肌、艶々の黒髪のクールなイケメン。当然の如く、学園を支配しているのはこの男だ。


「俺の姉貴がタピオカ屋をオープンすんだよね。山梨さん、飲みに来てよ。タダ券あげるから」


 そう言って、梶田は私の手に手作り感溢れるチケットを握らせた。なるほど、これを配ればいいのか。私のような陰キャにまで宣伝するとは、梶田は姉想いらしい。


「1人しか使えないから。明日オープンで、今日は身内だけのプレオープン。放課後、寄り道しないでまっすぐ来てね」


 梶田は私の返事を聞かずに去っていった。私にも部活動やアルバイト、友達との予定があるとは思わないのだろうか。さすが王子。傲慢にも程がある。


 周りの視線が痛い。とりあえず、もらったピンクのチケットをカーディガンのポケットに入れる。



 その後の事は覚えていない。気が付くと、私は指定された場所に来ていた。駅から近いけれど、探さないと見つからないような、ツタの絡まった、白い木の壁とドア。「closed」と看板がかかっている。店の名前は「かえるのタマゴ」だ。最低のネーミングセンスだ。すぐに潰れるだろう。


 どうか、新手のイジメおよびドッキリであってほしい。そうすれば、明日は大手を振って梶田の悪行を吹聴できると言うものだ。おそるおそるドアを押すと、簡単に開いてしまった。鈴の音が虚しく響く。



「山梨さん、4時間37分ぶり。寄り道しないで来てくれたんだね」



 妙に気障ったらしいポーズの梶田亜蘭が私を出迎える。お姉さんらしき人物はいない。というかこいつ以外に人がいないのだ。


「実は、俺、一人っ子なんだ。ここは俺の店。本当の事を言うと、来てくれないかと思って」


 この男、何を考えているんだろう。私は梶田の、本当の事を言っていない様なつめたい瞳が恐ろしいのだ。具体的に説明するならば、『オレは捕食者。オマエラ、みんなオレの餌』とでも言いたげな雰囲気を感じるのだ。もちろんこの感情は誰にも話した事はない。


「さ、座って、座って」

 仕方なしに椅子に腰掛ける。仕方なしにテーブルと睨めっこしていると、ガチャリと音がする。梶田がドアに鍵をかけたのだ。こいつは何を考えているんだ。


「誰か入って来たら困るし」

 梶田は切れ長の目をますます細くして、笑った。目が笑っていない。これはヤバい。犯罪の匂いがする。知らない間に恨みでもかってしまったのだろうか。


「悪い事はしないよ。多恵は俺の大事な人だし」


 いきなり呼び捨てにされた。こいつは何を言っているんだ。本格的にヤバいオーラが漂って来た。



 梶田はキッチンでタピオカを作っている。私も私で、今のうちに帰ればいいのだが、あの瞳に見つめられると何故だか動けなくなってしまうのだ。


「はい、一番人気のタピオカミルクティーだよ」


 オープンもしていないのに一番人気もクソもあるか。私はテーブルの上のタピオカを見つめる。


「梶田くん、今更なんだけど」

「知ってるよ。タピオカ、嫌いでしょ」


 知っているなら出すな。


 いや、なぜ知っている?


 私はタピオカが苦手だ。しかし、その事を口に出したことはない。


「カエルの卵みたいで、嫌なんだよね」


 その言葉にギクリとする。長い前髪の奥で、色素の薄い目がこちらを刺すように見つめている。


 目線をずらし、タピオカミルクティーを眺める。そう、カエルの卵みたいで嫌なのだ。自分がカエル顔なせいか、どうしても「共食い?」との思いが頭をかすめてしまう。


「なんで、知ってるの」


 彼は質問に答えず、テーブルの上のミルクティーを飲み始めた。タピオカがストローを通って、どむ、どむ、と梶田に吸収されていく。不思議と、これは食物連鎖として正しい形なんだと納得してしまう。



「なぜ俺が、多恵がタピオカ嫌いな事を知っているのか?」


「それはね」


「俺達は前世でも一緒だったからだよ」


 梶田はそう言って、私の手を握った。私は冷え性だが向こうも結構な冷え性だ。手がひんやりとしている。


「前世って」

 そんな昔からタピオカは存在するのか。元々は芋の一種らしいから、あるのかもしれない。


「君は前世、アマゾンの熱帯雨林に住んでいるカエルだった」


「はい?」


「俺はその近所に住んでいたヘビだ」


「へび」


「そう。俺はいつも君を見ていた。いつ食べてやろうかと、毎日、毎日君を眺めていた」


「大きくなって、そろそろ頂いちゃおうかな、って思った矢先だ。森を踏み荒らす人間どもに、多恵は捕まってしまったんだ」


「今でも忘れない。『この、いかにも毒ありますって見た目のかわいいカエルちゃん!これは絶対新種のカエルちゃんだピョン!』って笑う、あのメガネの顔……!」


「何が新種だ、クソっ。人類が認識していない種があそこにどれだけいると思っているんだ、傲慢な人間どもめ!」

 梶田は、憎々しげに髪を掻き毟った。しかしそのカエルの立場になると、研究者に捕獲された方が蛇に丸呑みにされるよりいい生涯なのではないだろうか。梶田は深呼吸し、再び私の手を握る。今度はいわゆる恋人繋ぎだ。


「もちろん、俺は多恵を奪い返すべく、メガネと戦った。でも、俺は毒すら持ってない平凡オブ平凡のヘビだ。力及ばず、俺は大地に帰り、君は標本になった」



「はあ」

 そんな事を言われても。もしかしなくても、新手の宗教の勧誘か何かだろうか。前世の業がどうこう言う例のアレだ。


 梶田は、私の手を握ったまま、隣に移動してきた。体を寄せてくるので、思わずのけぞってしまう。


「今世では、ずっと一緒にいようね」

「嫌です」


 私はスピリチュアルなロマンスには興味がない。私の趣味は週2回の水泳だ。得意なのは平泳ぎ。あれ、もしかしなくても結構カエルっぽいな。


「どうして?一緒に学校に行って、夕方と土日はタピオカ屋をやろう。そしたら一日20時間ぐらい一緒にいられる。ここはウチの物件だから、売上とかは気にしなくて大丈夫」


 残りの4時間はなんだよ。自分の時間か?梶田の長い腕が、私を絡めとる。


「アランって呼んでくれない?」

 こういう時、イケメンは卑怯だ。抱きしめられても不快感を感じないからだ。


「あ、らん……?」

 雰囲気に呑まれて、普通に流されてしまった。この状況は良くない。私はまだドッキリおよび宗教の可能性を捨ててはいない。ぎゅうぎゅうと、締め付けが強くなる。ヘビに絡みつかれたら、多分こんな感じなんだろう。


「幸せだ。昔みたいに、食欲と愛の狭間で苦しまなくてもいいし、誰の事も好きになれない自分に疎外感を感じなくてもいい。多恵もそのうち思い出すよ。あのむせ返るような濃い緑と、暖かい泥水のなかで一緒に過ごした日々をさ」


 あんたの話だと、私って一方的に捕食される側だったんじゃないの?前世が本当にカエルだったと仮定して、なぜ私が好意を持つと思っているんだ。どう考えても逆だろう。


 とりあえず、この場から逃げなければ……そう思って身をよじると、薄茶色の瞳がそこにあった。体が動かなくなり、ただただ、見つめ返す事しか出来なくなる。


「もう離さない」


 私には、苦手なものが2つある。ひとつはタピオカ、もうひとつは……




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― 新着の感想 ―
[良い点] 『暖かい泥水の中で』という言葉で、そういえばミルクティーも泥水と同じ茶褐色だよなぁ、と不穏な想像をしてしまいました。タピオカがカエルの卵に似ているという発言など、所々に不気味な雰囲気を感じ…
[良い点] はじめまして、拝読させて頂きました。 スクールラブという検索ワードでうだうだと小説を調べていたところ、こちらの題名にある「タピれない」が気になり拝読させて頂きました。 発想が好きです。ヤン…
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