エピソード8「新たなる刺客」
鬼抜隊のドリル甘粕を撃退した翌朝、いつものように山村翔はリーゼントヘアーをセットしていた。
非日常に巻き込まれてもこの習慣だけはやめられない。元は漫画の影響だが一生この髪型でいくのだろうなと彼は考えていた。
髪をセットし終えて彼はリビングで叔母橘絵麻と鉢合わせする。
「絵麻おばさん、大丈夫ですか」
「私は平気よ、でも花梨が熱出しちゃって……あんなことがあったものね、無理ないわ」
「花梨、具合良くないんですか」
山村翔はまだ小さな従妹の寝顔を確認しに行く。そして顔を赤くして息を吐く姿を見て不憫に思った。
この幼い命を俺が守らないと。山村翔は拳を強く握る。
リビングに戻ってきて彼は叔母に外出してもいいかと訊いた。
「気晴らしにいいかもしれないわね」
「ええ、今日はちょっと海の方へ行ってこようと思います」
「翔君見てみて!」
彼の背後にはいつの間にかストーカー浪川奏が立っていた。最早いつものことだ。ただ違うのは長い黒髪を縛り、ツインテールにしていたのだった。
「イメチェンしてみたの。どうかな?」
「ああ……」
山村翔には気の抜けた返事しか出来ない。間違っても余計典型的なメンタルがヤバい人間のファッションに近づいたなどとは言えない。
「奏も一緒に行くよな、海」
「まぁ嬉しい。ダーリンからデートに誘ってくれるなんて!」
「そんなんじゃねぇよ、ただ……」
山村翔の目的は鬼抜隊がいるという湾岸地区の様子がどんなものか、探ることにあった。そんな危険な偵察に他人を巻き込みたくはないが、どうせ奏のことだから勝手についていくだろう。なので仕方なく彼は同行を許す。
それに奏のナイフの腕前を見れば、少し頼りたくもなるくらいに心細かった。ドリル甘粕のような能力者の殺人鬼があと五人もいると考えれば。
「また危ない目に遭うかもしれない。それでも奏は俺についていくのか?」
「そんなの当り前じゃない。今度は私が守ってあげるからね、翔君」
笑ってナイフを取り出す奏。一体彼女はどれだけの凶器を日頃持ち歩いているのだろうか。ある意味鬼抜隊より恐ろしいかもしれないと山村翔は思った。
二人は橘家を出る。玄関の扉は壊されたままだった。
晴れ晴れとした天気で心地よい休日であった。傍から見ればただのカップルである。しかし山村翔は奏の密着に冷や汗をかくばかり。
最寄りのバス停に着いて待っている時だった。彼ら二人以外に客はいない。そこでバスの代わりに一台の黒いバイクが爆音を立てて急停車した。
思わず山村翔の目を引く。ハーレーだろうか、憧れのバイクの形を成していた。その上乗っていた黒いライダースーツにピッタリ浮き出る体のラインの艶めかしさ、そしてヘルメットを取ったなら青い髪の美しい顔が現れる。男ならどうしたって見とれてしまう。
ライダースーツの女はバイクを降りて彼に微笑みかけ、言った。
「ねぇ、少年。私人を探しているんだけど、ちょっと聞いていいかしら」
「なんですか?」
山村翔は一歩近づこうとして、後ろに引っ張られる。彼の目の前に美女が現れる度奏は嫉妬の炎を燃やす。
ライダースーツの女はお構いなしに質問を続ける。
「頭がツルツルで手にドリルが生えた男なんだけど、見たことない?」
「ドリル?」
その瞬間背筋の凍る山村翔。
「完璧主義のあいつは保育園から逃げ出した園児を追っていた。でも橘喜一の家の付近で目撃情報が途絶えたの。あの橘喜一の。けどおかしいわ、橘喜一は五年前に死んだって聞いたもの。今は妻と娘の二人暮らしだそうね」
「なんなんですかあんた」
「だからドリル甘粕を倒せるはずがない。なのにあいつは帰らなかった。そして橘家から見知らぬ二人組が出てきた。ねぇ、少年」
「この女、ドリルの同類よ!」
察した奏が叫ぶ。山村翔も途端に身構えるが、一歩遅かった。彼は自分の身体に起こった異変に恐怖する。
水へと変わることのできる彼だが、足元から凍り付いていた。分厚い氷の塊でたちまち下半身が埋まり動けなくなる。
「質問はすでに拷問に代わっているのよ、少年」
「翔君になんてことするの!」
奏が投げナイフを相手の急所めがけて放る。しかしナイフは空中で凍り、地面と地続きになって固まる。ライダースーツの女の足元から氷が伝う。反射的に奏は飛び退き、冷凍から逃れた。
「鬼抜隊……」
「あなた察しがいいのね。能力者じゃないみたいだけど」
鬼抜隊、阿刀田冷子。ありとあらゆるものを凍らせる能力を持つ。
もっとも射程距離がある。それを奏は探る。しかし中々冷静でもいられない、愛する山村翔がすでに捕まっているのだから。
氷の女王はクスクス笑いながら山村翔に近づく。絶体絶命の危機! しかし意外なことに、彼を取り巻く氷が解け始めた。
阿刀田冷子の意図するところではない。彼女は周囲を見渡す。気が付けば炎が地面を走り、山村翔を取り囲んだ。火柱に保護されて彼は自由になる。
「山村翔、だから来るなって言ったのに……」
見ればバス停の屋根の上に人がいた。特徴的な銀髪に被さられた顔の火傷痕、間違いなく彼女は朝谷翼だった。