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エピソード7「襲来ドリル男」

 橘花梨(たちばなかりん)の通う保育園が襲撃され、彼女を除いてことごとく殺された。

 そしてその犯人が家にまで上がりこんでいる。

 山村翔(やまむらしょう)はこの最悪な状況に合う言葉を探し、ふと朝谷響(あさやひびき)の言っていたことを思い出して、口にした。


「鬼抜隊か?」

「へぇ、知っているのか!」


 まさかである。スキンヘッドのドリル男は名乗る。


「俺はドリル甘粕(あまかす)。確かに鬼抜隊だが」


 海外の著名な作家だかの子孫として受け継いだ姓と生まれ持った能力の奇妙な一致に、この男は高揚感を抱くのが常であった。ドリル甘粕。鬼抜隊幹部六人のうちの一人である。母親の腹をぶち破って世に出でた彼は生来の殺人鬼だ。

 そんな相手を前にしても浪川奏(なみかわかなで)は物怖じしなかった。彼女は愛する山村翔を庇うように立つ。


「翔君、逃げて。私が何とかするから」

「何とかするって……そんな相手じゃないだろあれ」


 奏はまたも投げナイフを放った。来訪者の急所めがけて。しかしドリル甘粕は自慢のドリルで粉砕する。


「無駄無駄ァ! 俺のドリルは全てを破壊するドリルだッ!」


 そう言ってスキンヘッドから角みたいにドリルを生やす。もっとも実用性はない、ただの格好つけだ。メインはやはり両腕のドリルで、近くのテレビに押し込んで風穴を開けてみせる。

 これがテレビでなく人体であったら? ひとたまりもない。よく嗅げば血の臭いが充満する。少し前に人を殺してきた証左だ。

 その力を誇示すれば大抵の人間は恐れわななく。だがこの時の山村翔は急速に恐怖が引っ込んで、怒りと責任感に満ちた。

 ここは俺が何とかしなければならない、という責任感だ。さもなくば絵麻(えま)おばさんも花梨も、そして真っ先に傍の奏が死ぬ。


「ここは俺に任せろ……」

「翔君?」

「ほう、男なら女の前でかっこつけたい気持ちはわかる。だがそれで死ぬがなぁ!」


 ドリル甘粕は山村翔に向かって右腕のドリルを突き出した。ドリルはぐんぐんと伸びる。山村翔もまたドリル甘粕に向かって走り、貫かれた。

 とはいえ、山村翔は止まらない。彼の身体の一部は水となってドリルを通りぬかせる。そして彼は接近し、ドリル男を押し倒した。

 これには歴戦練磨のドリル甘粕も驚く。


「てめぇ、能力持ちか!」


 ドリル甘粕は激怒した。ドリルに破壊できない物はないと信仰しているからだ。全身からドリルを無数に生やし、山村翔を貫いた。

 だが彼もまた全身水となり飛沫を上げる。


「どうした、効かねえよ馬鹿!」

「この野郎、絶対に殺してやる!」


 全身のドリルを振り回し、山村翔を掻き消さんとする。その時タイミング悪く橘絵麻までリビングに来てしまった。


「翔ちゃん、奏ちゃん、何があったの……ひぃ!」


 彼女を見たドリル甘粕は急速に冷静になり、殺せる相手から殺そうとドリルを伸ばした。橘絵麻の肩をかすって血と布が弾け飛ぶ。

 その瞬間、山村翔の中で殺意が芽生えた。こいつは生かしておけない奴だ。彼は液体となった自分の身体をドリル甘粕の口に入り込ませ、詰まらせた。


「あが、おごごご」


 ドリル甘粕は陸で溺れる。身体からドリルが消え、彼は素の両手で喉を抑える。

 今がチャンスとばかりに奏は駆け、ドリル甘粕の心臓を正確に刺した。ドリルを失った男は血と共に山村翔の一部を吐く。そして液体だった彼は元の山村翔に戻った。

 橘絵麻は頭が理解に追いつかず尻餅をついて震えていた。山村翔も放心してしまっている。奏だけが普段と変わらぬ呼吸で、彼に言った。


「殺ったのは私だから。翔君は気に病まないでね」


 それから彼女はどこかに電話をして数十分、一台の車が橘邸の前に停まって、そこから白衣の男達が数人這い出してきた。

 白衣の男はドリル甘粕の死体を車に運び込むと、テレビの残骸を片付けたり清掃を始めた。一人は負傷した橘絵麻を介抱する。


「なっなんなんだよこの人ら」

「掃除屋よ。安心して翔君、すぐ終わるから」

「いや、なんでそんなのと知り合いなんだ。それにずっと冷静だったし……なんというか、慣れている感じがその……」

「怖いよね、ごめんね」


 小さい奏は背伸びして山村翔の頭を撫でる。そして言った。


「私……暗殺稼業をやってる叔父に育てられたから」

「暗殺……なんだって?」

「驚くでしょ。普通じゃないの」


 奏は悲しそうな顔をする。山村翔は追い討ちをかけるように地雷を踏み抜く。


「ご両親は?」

「父は……私に暴力を振るう人だった。あの頃の私はこの世に生まれてきてはいけなかったんだと自分を呪ったわ。でも子供に何も出来るわけがないじゃない。でも小学生になってある時……」


 一瞬奏は言葉を詰まらせる。だが大きく息を吐いて話を続けた。


「ある時、目覚めたというか。暗殺者の血に。気が付けば私は父を刺していたの。叔父のおかげで警察沙汰にならなかったけど。それで叔父は私を引き取って、暗殺者としての技術を叩きこんだ。ナイフもその一つ」

「そう、だったのか……奏」


 山村翔は掛けるべき言葉を上手く見つけられず、ただ肩を抱き寄せた。奏は一転してにこやかに笑う。


「でもそんな時、あなたが優しくしてくれた。辛い時はいつだってあなたが……本当に優しいのね、翔君」

「そうでもないさ」

「ううん、あなたが思っている以上に美しい人よ、ダーリン」


 浪川奏に対して考えを改める山村翔だった。彼女はただのヤンデレストーカーではない。いやそれも、孤独のあまり人との距離感がわからない故の奇行かもしれなかった。


「絵麻おばさん……」


 だが彼には奏以上に橘絵麻のことが気がかりだった。彼女はドリル甘粕に襲われてから一言も発していない。怪我は幸いたいしたことなかったがその心的外傷はいかほどのものか。

 山村翔はキス待ちの奏から離れて橘絵麻の方に寄る。すると彼女はやっと口を開いた。


「翔ちゃん……」

「安心してください。絵麻おばさんも花梨も俺が守ります。ああ、この街は俺が守りますよ」


 言葉にして、決意を固める。

 鬼抜隊のような奴らを野放しにしてはいけない。

 かつての朝谷響の言葉が、心で理解できた山村翔であった。

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