エピソード6「惨劇の始まり」
橘花梨は母親の絵麻に縋りついて泣きじゃくっていた。
「どうしたんですか絵麻おばさん」
「翔ちゃん、奏ちゃん、おかえりなさい。ごめんね、今はちょっと」
橘家に帰ってきた山村翔と浪川奏の姿を認めると、橘絵麻は一度振り向いたきり娘を宥めることに専念した。
「怖かったね、大丈夫、もう大丈夫だから」
「何かあったのか?」
「翔君、テレビ見て」
付きっぱなしのテレビの方を向いて、深刻な声色の奏。彼も言われた通りテレビに注目する。すると末恐ろしいニュースが流れてくる。
暁海町の保育園で殺傷事件。8人死亡。その数は速報の度に塗り替えられる。
「おばさん、まさかとは思いますけど……」
橘絵麻は無言で頷いた。まさしく娘を預けていた保育園のことだ。
職場で一報を聞いた時、彼女は死に物狂いで現場に向かった。そして娘がいないことを知り半ば狂乱しながら家に帰ったところ、花梨が家で泣いていたという。
橘花梨が泣き疲れて寝てしまうと、そっと布団をかけてから居候の二人に事情を説明した。
「花梨にはUFOを呼ぶ能力があるの」
「UFOってあの? 空飛ぶ円盤みたいな」
突拍子のない話に普通なら驚いて開いた口が塞がらないところだが、山村翔はすぐに飲み込む。彼自身身体を水に変えることができるというふざけた能力を持っているからだ。
「それで一人逃げられたのね。でもどれだけ恐ろしい目に合ったかと思うと、私は……」
「おばさま、大丈夫ですか? 無理しないでください」
「ありがとう奏ちゃん。それと翔ちゃんにはこのこと言っておいた方がいいと思うけど……あの保育園は能力者の子供を預けられる特別な保育園だったの」
橘絵麻はこれは推察だと前置きしながらも、事件について話す。
「だから狙われたんだと思う……能力者にとって命のやり取りは珍しいことじゃない……主人もそれで命を落としたから」
「そう、だったんですか」
沈痛な面持ちになる橘絵麻。夫の死を思い出すのは彼女にとって拷問に等しかった。
「だからあの子だけは失いたくないの。助かって本当に良かった……でも私と同じ親の多くが我が子を失ったのよ……その人達の気持ちを考えると、こんなのひどすぎるわ!」
とうとう耐え切れず彼女は泣きだした。山村翔の胸に縋りつく。
彼はどうすれば叔母を宥められるか、その方法を見つけられなかった。ただ抱き留めることしか出来なかった。奏としては少々面白くないことだが事情が事情だけに愛する彼と妙齢の女性が触れ合うことも許した。
「ごめんね翔ちゃん、私時々不安になるの。ふと花梨がいなくなるんじゃないかって。母親としてやっていく自信を無くすわ」
「絵麻おばさんは立派にやってますよ。今は花梨の傍にいてやってください」
「そうね……」
橘絵麻は眠る娘の頬を撫でる。愛おしそうに。その姿を見て山村翔はほっとした気持ちになる。
それから二階の借りている部屋に戻って、彼は思いっきりゴミ箱を蹴った。やり場のない怒りをぶつけて。
「クソ、子供を襲う奴がいるか!」
「翔君、気持ちはわかるけど落ち着いて」
「うわぁ奏、いたのか……」
さも当然のごとく部屋に入り込んだストーカーに驚く山村翔だが、ビクビクしていたらキリがないなとも思うのだった。
ふと、先刻会った朝谷翼の姉響の言っていたことを彼は思い出す。
暁海町に集った能力者が争い合っている。
その中でも残虐な人殺し集団鬼抜隊。
彼は悪寒がした。
そんな時だ。ウィィンと異様な金属音が玄関の方から聞こえてくるなり、ガシャンと勢いよく扉が開いた。
何事かと山村翔と奏はリビングまで降りて玄関を覗く。するとリビングの方へ歩いてきた侵入者とバッタリ目が合った。
そのなりは明らかに異常である。あるはずの右手がなく、代わりに腕から直接ドリル状の金属が生えていた。いいや、玄関の戸の鍵が円形にくりぬかれているのを見れば、完全にドリルそのものだとわかるだろう。
ただの強盗などではない。常人でもその殺気に気がつくはずだ。
スキンヘッドのドリル男は左手からもドリルを生やして見せた。これが人間業であろうか! そして両腕のドリルを掲げ、喚いた。
「ここにガキが逃げ込んだのはわかってるんだ! ヘイヘイ知らねぇとは言わせねぇぜ!」
「なんだ一体……」
あまりに非日常的な光景を受け止めきれない山村翔。だが橘花梨が狙われていることだけはわかった。
そしてそれ以上の推察を奏はしていた。
「こいつ、保育園を襲った犯人だわ。翔君下がって!」
奏は彼の前に出て、ポケットからナイフを取り出しては投げた。鋭く飛ぶ刃。しかしそれは弾かれた。侵入者の両腕のドリルによって。
「殺しに来たぜガンガンガン! まずはお前らからな」
とうとうドリル男はリビングに足を踏み入れた。




