エピソード3「恐るべき鬼抜隊」
夜の暁海大学を蠢いている者達がいた。
古い作りのサークル棟に灯りがついていて、どこか中世の城を思わせる。その中では札束が舞っていた。
「これが今月分の上がりか。シケてねーか?」
ソファにふんぞり返っている男が声を発した。周囲は戦々恐々とする。
「思ったほど捌けてねぇんじゃねか?」
「湾岸地区はヤク駄目ですよもう、鬼抜隊のシマでさぁ」
「んなことが聞きたいんじゃねーよ。鬼抜隊? 関係ねーよ」
「すみません部長……」
「すみませんで済んだら警察いらねーじゃねーか!」
部長と呼ばれたソファの男は酒瓶を思いっきり投げつけた。
スニーカーズは元々暁海大学の一飲み会サークルである。だがこの「部長」を始めとした留年・退学者の集まりとなり、反社会的な活動にも手を染めるようになった。主に薬を売り捌いたりなど……所謂半グレ集団であった。
彼らは暁海大学を中心に暁海町のパワーバランスの一角をなしていた。ところが最近湾岸地区で勢力を伸ばしている「鬼抜隊」に他の勢力共々飲み込まれつつあった。
それが部長としては面白くない。鬼抜隊の名前なんて聞きたくもない今日この頃なのだ。折角のパーティーも台無しである。
どんちゃん騒ぎの横で部長は下っ端を締め上げる。
「いいか、来月はこの二倍だ。わかったらとっとと吹っ飛べ!」
部長は薬を投げつけた。下っ端はそれを拾って言われた通り吸う。目の前では二組の男女がキメながら踊っていた。
そんな部室に人間が放り込まれた。
幻覚か? いや、物理的にぶっ飛んできたのだ。そのスニーカーズのメンバー、だったものは壁に叩きつけられたきり動かなくなった。一体何事か。
すると更に三人、入ってきた。一人はヒップホップを嗜んでいそうなラッパーじみたファッションの男、もう一人は黒いトレンチコートに長髪の男か女か判別しがたい美青年、そして最後に2メートルの巨漢であった。異様ななりをしていてその場に似つかわしくない。明らかにスニーカーズの仲間ではなかった。
「なんだてめぇら!」
「ヨゥヨゥ、最強鬼抜隊参上! ヨゥ」
「き、鬼抜隊だと!?」
ラッパー風の男は自らを鬼抜隊と称した。噂をすればなんとやらである。
「俺ら登場ここは戦場お前ら終了、オーケー?」
「何言ってんだこの野郎」
「ぶちかませ虎太郎」
気の短いスニーカーズの下っ端がラップ男、伊勢島利影に殴りかかろうとする。と横の藤堂虎太郎がぬっとはい出て立ち塞がった。パンチが決まる。だが巨漢はビクともしない。
今度は藤堂虎太郎が腕を振るう。すると下っ端は上半身・中半身・下半身の三つに分かれて弾け飛んだ。よく見れば虎太郎はただの巨漢ではない。いつの間にか、胸元より上が虎の姿になっていた。
まさしく虎太郎だ! 普通の人間ではない。
尋常じゃなく鋭い、血に塗れた爪をスニーカーズに向ける。男女はすっかり踊るのをやめて部屋の片隅で震えており。部長もソファから転げ落ちた。
皆恐怖に立ちすくんでいたが、一人薬をキメすぎてかえって平静な男はその場から逃げ出そうとした。
「じゃ、俺帰るから……あれ、体が、う、動かねぇ……」
だがライトに当てられた影が動きを止める。逃亡者の顔にも恐怖が映る。
「逃げられないないなーい。ユーアーデッド」
伊勢島利影はニタニタ笑みながら語りかけた。この男が相手の影を操り動きを止めたのである。なんと怪しげな術であろうか。逃げ出せなかった者は利影に近づいて彼からナイフを受け取り、それを自らの首に刺した。勿論、自分の意思ではなく。
「こ、この、人殺し!」
部長は喚いた。自分達もそれなりに悪事はやってきたがそれでも殺人はしていない。なんたる悪逆非道か鬼抜隊! しかしもう彼の命は風前の灯火で上手く悪態さえつけない。
トレンチコートの美青年がゆっくりと部長に近づく。そして言った。男の声だった。
「俺達が手に入れるものはなんだ? 言ってみろ」
部長は答えられない。恐怖のあまり失禁してしまっている。
トレンチコートの男は落ちている札束を手に取った。
「それは金だ。俺達の理想郷には金がいる」
そう言ってコートのポケットに仕舞う。それを見て急に部長の心の内で恐怖より怒りが勝った。俺達の金を盗られてたまるか! と床の酒瓶をまとめて浮かび上がらせ、ぶつけようとした。彼は念力の使い手である。
が、酒瓶はトレンチコートに当たって砕ける前に全て分解された。そして――
スニーカーズ部長は十七個の肉片と化していた。
小田巻聖剣は溜息をつく。それから他の鬼抜隊メンバーに命じた。
「皆殺しにしろ」
すれば藤堂虎太郎は完全に虎へと変貌し、猛った。瞬く間に血の雨が降る。
「隊長、終わりましたか?」
ゆらりと佇む小田巻聖剣に向かって、新たな顔が闇より出でた。ピエロメイクを施した金髪の男、間ピエールだ。
「今終わる」
小田巻聖剣は答えた。そして暁海大学のサークル棟から灯りが消えた。
鬼抜隊は闇の中である。