表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/18

エピソード18「奏」

 朝起きて山村翔(やまむらしょう)はいつものようにリーゼント頭をセットした。


「良い朝、か? なぁ」


 彼は呟くが誰も答えない。物音一つ立てない。親が海外出張で一人暮らしの実家。いつもと変わらない、はずだ。

 いつからだろう。一人で悶々とする日々は。

 それはやはり暁海町から帰ってきてからだ。暁海町では叔母の橘絵麻(たちばなえま)や従妹の花梨(かりん)、そして――

 浪川奏(なみかわかなで)がいるのが当たり前だった。

 ストーカーのはずなのに、気配を全く感じられない。本当につきまとうことをやめてしまっていたようだ。それを残念に思う山村翔がいた。

 しかし今日から連休が明けて学校である。同じクラスではないとはいえ学校でなら会えるはずだ。彼はそう信じ制服に腕を通す。

 そして家を出たなら小走りで登校した。というのも寝坊した上に髪のセットに時間がかかって遅刻ギリギリなのである。

 自分の教室に着くと朝礼が始まろうとした。朝谷翼(あさやつばさ)の姿はやはりなかった。

 朝の授業が終わって昼の休憩時間になった時、彼は奏を探す旅に出た。

 学校では友達らしい友達がいないので別のクラスに顔を出しては目に付いた人間に奏がいないか訊く虱潰しである。気恥ずかしくも躊躇はしない。それで四件目にして、やっと彼は奏のクラスを引き当てた。


「浪川さんなら急に転校することになったって先生が言ってけど」

「転校!? なんで」

「さぁ、知らない。見てないし」


 その女子も浪川奏と特別と仲がいいわけではなかった。彼女はクラスでも目立たないようにしていたらしい。そんなことより重要なのは、転校の二文字であった。

 山村翔は恐ろしくなった。彼女につきまとわれるのとは全く逆のことでだ。

 その教室に奏の姿はなかった。彼は慌てて廊下に出て、彼女の行きそうな場所を考える。この時間だとやはり食堂だろうか。

 しかし食堂を除いてもあの美しい黒髪の少女はいない。では校庭のベンチか、図書室か、屋上か。山村翔は探し回るがいずれも外れだった。

 そもそも今日は登校していないのか。正確に言えば今日から。山村翔に悪寒が走る。ちょうど休憩時間の終わりを告げるチャイムが鳴る。

 だがある場所を思い出して、授業など構わず彼は走った。今まで無遅刻無欠席の真面目学生がだ。今は一人の女の子のことしか考えられなかった。

 山村翔は校舎裏まで来て、誰かが待ち受けていたことに気付いた。出会ったころと比べて長かった黒髪が短くカットされているが、その顔を見間違えるはずはなかった。


「奏!」


 女子に向かって山村翔は走り寄る。


「今までどうしてたんだよ! 勝手に先に帰っちゃうなんて……いやそんなことよりなんだよ、転校って。どうしてだよ」


 質問攻めをする彼を前にして、奏は一歩後ずさった。


「奏?」

「翔君、来ないで」


 彼女は口を開く。決定的な拒絶の言葉。彼には信じられない。


「なんだよ……なんでだよ」

「翔君と私は住む世界が違うから。もう来ないで」

「何言ってんだよ。嘘だろ?」

「そうだよ。最初からそうだったんだ。だけど私が弱かったから間違えてしまった。告白なんてするべきじゃなかった。もうわかってるから」


 奏はどんどん距離を取っていった。全てはあの時、山村翔が鬼抜隊隊長小田巻聖剣(おだまきせいけん)を倒した時から。彼女は思った、彼を闇の世界の荒事に巻き込んではいけないと。

 自分のような闇の住人と彼とでは釣り合わないと。

 だが彼女が一歩下がれば、山村翔は一歩近づいた。


「でも、でも! お前はここにいるじゃないか、奏」

「それは……私がまだ弱くて、未練を残しちゃったから。でももういい、本当に。さよなら翔君」

「待て!」


 逃げようとする華奢な細腕を少年の手が力強く握った。山村翔は告白する。


「俺やっとわかったんだ。お前のことが好きだ。だからいなくなるなんて、やめろよ」

「山村、翔君……」


 奏の顔が紅潮する。息を呑む。時間さえ止めてしまいそうなほどだ。

 しかし暗殺者のなせる業か、平静さを取り戻し山村翔の腕をナイフで切り落とした。彼の身体は水となって弾ける。奏は自由になった両手を体の後ろに組んでまた後退した。


「ごめんね翔君。また、ね」

「奏!」


 その時突風が吹いた。舞う木の葉が山村翔の視界を奪い、開けた時にはもう、今度こそ奏の姿はなかった。まるで幻かの如く。

 しかし夢ではない。山村翔は確かに彼女と過ごした日々のことを覚えていた。


「また、か……」


 彼は呟く。そうだ。この特異体質を持っている限り裏の世界とも無縁ではない。そして何かあった時、きっと彼女とも会えるだろう。

 そう、考えるようにした。

 嵐のように過ぎ去った思い出を胸にし、山村翔の頬に水が伝った。(終)

ここまで読んでくださってありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ