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エピソード17「さらば暁海町」

 山村翔(やまむらしょう)はふと目を覚ました。

 見知った天井が飛び込んでくる――橘家だ。彼はぐちゃぐちゃになった頭を叩いて、何があったか思い出そうとする。

 そうだ、小田巻聖剣(おだまきせいけん)を倒してから幼い従妹の橘花梨(たちばなかりん)のUFOに乗って帰ったのだった。彼は記憶を辿る。途中倒れている朝谷翼(あさやつばさ)を見つけて、朝谷組の黒服に保護してもらって――

 それから橘家に帰ってきてすぐ疲労と寝不足から寝てしまっていた。山村翔は時計を見る。もう昼の二時だ。

 彼は二階からリビングへと降りる。すると叔母の橘絵麻(たちばなえま)が出迎えた。


「翔ちゃん、大丈夫? もういいの?」

「あっ絵麻おばさんおはようございます。大丈夫みたいです」

「お兄ちゃん!」


 橘花梨が彼に抱き着いてぐらぐらと揺らす。ああ、まるで浪川奏(なみかわかなで)にされるみたいだと彼は思った。

 そういえば、そのストーカー少女を見ていない。あの綺麗な黒髪がリビングに見当たらない。山村翔は叔母に尋ねた。


「奏は? いないみたいだけど」

「奏ちゃんなら一足先にお家に帰ったと思うわ」

「帰った? どういうことです」

「翔ちゃんが寝ちゃった後、お世話になりましたって……」


 奏が、よりによってあの偏狂的に山村翔に付きまとう奏が、先に帰っただって? 彼は思わず首を傾げる。そんなことがあろうものか。


「変、じゃないですか」

「私もそう思ったんだけど、引き留めるのも悪いし……」

「じゃあ俺も早めに帰ります」


 なんだか嫌な予感のする山村翔だった。まるで追いかけないといけない気がしてならなくて。それが少しおかしくて彼は笑みをこぼす。今まで追いかけられるのが常だったのだから。

 山村翔は二階の橘喜一(たちばなきいち)の部屋に戻って荷物をまとめる。ごちゃごちゃにトランクに押し込んだなら、また一階に降りて今度は鏡台へと向かった。日課のリーゼントヘアーのセットである。

 彼はびしっと決まった自分の髪型に満足すると、玄関へ急ぐ。その後を橘親子は追いかけた。


「そんなに急がなくても……まだ連休はあるんだし」

「いえ、なんとなく……こうしたくて」

「ふふ、青春ね」


 橘絵麻は微笑んで言った。少し照れてもじもじとする山村翔。橘花梨は悲しそうに彼を見つめる。


「お兄ちゃん、行っちゃうの?」

「ああ。でも近いうち……そうだなぁ、夏休みには暁海町には来るよ。そしたらまた一緒に遊ぶか」

「うん、絶対だよ!」


 橘花梨は従兄に近寄って、背伸びした。何かをせがむようだった。だから彼は腰を下ろして小さな従妹と高さを合わせる――と頬に軽くキスされた。


「おい、花梨!」

「将来お兄ちゃんのお嫁さんになるのは花梨なんだからね!」

「はは、覚えとくよ」


 素直に可愛らしいと思う山村翔。がすぐに奏の嫉妬した表情を思い出し身震いする。彼女もこれぐらい可愛げがあればいいのになぁと思って、また気付けば奏のことを考えている自分を発見した。


「それじゃまた!」

「元気でね翔ちゃん」


 手を振る親子に背を向け、山村翔は橘家を後にする。

 バス停に向かう途中、彼は奏のことともう一人について考えていた。

 朝谷翼のことである。

 あの戦いから彼女はどうしているのだろうか、気が気でない。

 するとちょうど運がいいのか、通りかかったタクシーを彼は停めた。

 うろ覚えの行き先をしどろもどろで説明するが、朝谷の家と一度口にすれば運転手は理解した。朝谷は地元の名士であるからして。

 そうして再びあの荘厳な屋敷の前に来た山村翔だったが、一つ問題があった。

 タクシー代が手持ちにない。


「困りますよお客さん」


 そう言われても財布の中身をひっくり返してもどうにもならないものはならない。

 だがそこに一人の和服の少女が現れ、袖口から一万円札を取り出した。


「これで足りるかしら」

「あっあんた……翼か!?」


 見れば銀髪で片眼を隠した少女は紛れもなく朝谷翼であった。

 タクシー問題が解決して山村翔が降り立つと、彼女は呆れたように手を腰に置いた。


「あのねぇ、あのままだとあなたムショにぶち込まれるところよ」

「す、すまん……どうしてもお前に会いたくなってさ。元気か?」

「何よそれ」


 朝谷翼は怪我しているようには見えなかった。元々の火傷痕以外は。

 それにしても妙な気分になる山村翔。なにしろ彼女が見慣れた制服姿じゃなかったのである。

 黒い着物は姉の朝谷響(あさやひびき)を思わせる。まるでヤクザの頭領の座を継いだか、あるいは喪に服しているかのような――


「なんかそんな格好しているのは意外だな……」


 山村翔は的確に地雷を踏み抜いた。朝谷翼は苦々しい表情を見せる。


「皆の葬儀があるからね、それに……」

「それに?」

「姉さんが死んだから、今日から私が朝谷の頭だから」

「えっ、響さんが、死んだ……?」


 思わず彼はトランクから手を離す。朝谷響の死を彼は今の今まで知らなかったのだ。


「わかるでしょ、それくらい苛烈な戦いだったって。姉さんは覚悟の上だった」


 そしてようやく気付く。朝谷翼の目の周りに泣きはらした痕があるのを。


「そうだった、のか……すまない」

「あなたが謝る必要ないから」


 突き放したかのように朝谷翼は言う。だが次にはごく普通の少女のように両手で伸びをする。


「あーあ。私、一足先に卒業だ」

「って、学校にはもう来ないのか」

「そうなるね。色々やらないといけないことがあるし。今まで姉さんに押し付けていた罰が当たったんだよ」

「翼……」

「気にするな。あなたはこちら側の住人じゃない。自分の世界に帰りなさい、山村翔」


 朝谷翼はこれまでと背中を向ける。


「待てよ翼、また会いに来るから!」

「ふん、暁海町には」

「来るなって言いたいんだろう」


 彼は先読みした。すると朝谷翼は顔の半分、火傷痕のある方で振り向き、笑ってみせた。


「あんたの力なんて借りずに済む街にしてみせるから」


 そうして彼女は黒服の男達に囲まれ門の内に消えていった。

 人生、出会いもあれば別れもある。

 山村翔は後一度、別れを経験することになる。

 彼は朝谷邸の近くにバス停を見つけるとそこから暁海町駅に向かった。

 実家に帰る頃には日が暮れているだろう。

 彼は少し歩く足を速くした。

 改札口を通るともうこの街の人間ではなくなる。

 さらば暁海町。

 彼は一度だけ振り向くと、後は前に向かってひたすら進んだ。

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