エピソード16「決着ウォーオブアケミ」
藤堂虎太郎は虎に変身し襲い来る。
だが一度浮上すればUFOを捉えられない。虎はジャンプして捕まろうとするが、橘花梨操縦するUFOは高速で動きこれをかわす。
浪川奏はまるで無限の玩具箱みたいなスカートの中からナイフを六本取り出し、両手に三本ずつ持って投げた。藤堂虎太郎の顔めがけて。一本も外さない。
藤堂虎太郎は大量の血を流し苦しみながらも倒れない。だが確実に効いているのは動きの鈍りからわかった。
「あと少し……花梨ちゃん、あいつに寄せて」
「うんお姉ちゃん」
UFOが藤堂虎太郎に近づく。その動きに山村翔は捕まっていることしか出来ないが、奏はUFOの上に立ち、そのまま飛び降りた。虎男に被さって、その急所を最期の手持ちナイフで深々と刺す。
藤堂虎太郎は雄叫びを上げた。だがそれっきり、ついには倒れる。
彼は一瞬人の姿になったが、血を吐いて一体の虎の死骸と化した。藤堂虎太郎は虎になる能力ではなかった。この化物は人になる力を得た人食い虎だったのだ。
奏も転げ落ちてから立たない。UFOが降り立ち、山村翔が彼女に駆け寄った。
「大丈夫か、奏!」
「平気だよ翔君、ちょっと足を挫いただけだから……」
「無理するなよ」
心配そうに少年は覗き込む。その時奏が指を差した。彼とは全く別方向を。
「見て翔君」
このクラブハウスの二階の方で、黒いトレンチコートの男が二人を見下ろしていたのだ。
その顔は朝谷邸で見た写真にある鬼抜隊隊長の顔と一致した。
「小田巻……聖剣……」
小田巻聖剣は「ファンキーヘブン」二階の一室へと姿を消した。それを見て山村翔は決意する。
「俺が行く。奏は花梨と待っててくれ」
首を横に振る奏。
「駄目……一人でなんて、翔君無茶しないで」
「安心しろよ。俺は不死身だからな」
と言ってすぐ彼は二階へと駆け上がった。小田巻聖剣を追って。
「鬼抜隊!」
部屋に入り込み、山村翔は呼びかけた。拳を握りながら。
「どうして罪のない子供を平気で殺せるんだ!」
「甘粕のやったことか……だがお前は植物を育てる時周りの雑草を引き抜かないのか?」
「なっ!」
小田巻聖剣の眼差しはひどく冷たかった。少年はぞっとする。
「俺達の理想郷を脅かす能力者は殺す。全てな。だが……」
小田巻聖剣はトレンチコートの内側から札束を取り出し、山村翔の前に放った。
「お前が鬼抜隊に入るなら話は別だ。虎太郎を殺ったのも許してやる。金は欲しいか? 俺につけばこの何倍も手に入る」
「金が欲しい、だと……」
高校生には眩しいくらいの大金だ。しかし山村翔は逆上した。
「舐めてんじゃねぇ!」
札束を拾っては投げ返す。すると目の前で解けて紙幣は舞い散り、やがて粉々になって紙吹雪と化した。小田巻聖剣の射程内だ。
トレンチコートを翻し、小田巻聖剣は一歩踏み込む。そして山村翔をバラバラにした。一巻の終わりか、と見えた。が山村翔は動じず水となって散っては戻った。
「なん……だ?」
「こちらから行くぞ!」
全速力で山村翔は前進する。小田巻聖剣の猛攻をものともしない。液体と化した彼は見えない刃をすり抜けて、前へ前へ。流石の小田巻聖剣も相性の悪さに後退しようとして――下がれなかった。プライドが邪魔して一歩遅れる。
その頃にはもう山村翔は自分の射程に相手を収めていて、小田巻聖剣の口に水となった自分の一部を送り込む。それが喉を詰まらせた。
小田巻聖剣は信じられないという顔をした。こんな小僧にやられるというのか! だが体の内部に入り込んだ山村翔になんら対抗することができない。
彼の頭の中に走馬灯が流れる。
海外旅行の際に両親に捨てられ、見知らぬ異国で震えていた幼き頃の――全てが敵に見えた周りの雑踏が思い浮かぶ。
だが親にさえ疎まれた力を振るえば、金が手に入った。金があれば食べ物や服、娯楽も何もかも欲しいものが買えた。彼の青春は荒れ狂う暴力に費やされた。いつの間にかストリートの裏の主となるまでに。
そんな彼が暁海町にやってきたのは橘喜一と出会ったからだ。
同じく特殊な能力を持つ橘喜一は彼の人生の師へとなりえたかもしれなかった。少なくとも橘喜一としては彼を更正させたかったのだろう、色々と世話を焼いていた。
もし橘喜一が暁海町の抗争に巻き込まれて命を落とさなかったら、違う道もあったのだろうか。
いや、ない。小田巻聖剣は心の中で断言する。自分達の理想郷は橘喜一のように家庭を持つことではない。金を積み上げた城から支配する街、それ以外にない、と。
天から与えられた能力の使い道を考えればそういう結論になる――血生臭い生き方以外は出来ない男だった。
ふと窒息から解放され、現実に引き戻される小田巻聖剣。膝をつき、大きく息を吐く。それを山村翔が見下ろしていた。
「もう人を殺さないと言うのなら、命までは取らねぇ」
「はぁ、はぁ、鬼抜隊は永遠だ!」
歯が立たないと知りながらもなお小田巻聖剣は戦意を失わない。目の前の少年を切り刻もうとする。その勢い激しく、目に見えぬはずの刃が可視化されるほどだ。しかし糠に釘。山村翔は水となって弾け、再び小田巻聖剣に侵入して息を止めた。
苦しみもがき、足掻く小田巻聖剣だが、ついには動かなくなった。
山村翔も息を切らし、自慢のリーゼントヘアーが乱れる。
「翔君……」
追いついた奏が呟く。彼女は今にも彼の傍に駆け寄りたかったが、しかし足がこれ以上動かなかった。
人を殺してしまって闇の世界に足を踏み入れた山村翔を前にすると何とも言えない気持ちになる。
外はもう、完全に朝の青空になっていた。だが日の光も彼らには届かない。