エピソード15「脅威藤堂虎太郎」
クラクションを鳴らし、バイクで山村翔に近づく者がいた。鬼抜隊の紅一点、阿刀田冷子。蒼い髪をなびかせて迫りくる。
「奏、離れろ!」
山村翔は傍らの浪川奏に言った。奏は珍しく聞き分けよく、距離を取る。一方で彼は上着を脱いでバイクの方に向かっていった。
無謀か。万策尽きたやけくそか。阿刀田冷子は鼻で笑う。すると山村翔は足元から氷漬けになった。もう射程距離内!
「さよなら少年、可愛かったわ」
阿刀田冷子は勝ち誇ってアクセルを掛ける。駆るバイクでそのまま山村翔を粉砕せんとした。
バイクが氷漬けのリーゼントヘアーに接触する。その時だ。
山村翔が爆発した。
氷の破片が飛び散る。横転するバイク。投げ出された阿刀田冷子はぎゃっと鋭い悲鳴を上げた。
「腕が、腕がぁ!」
見れば彼女の両腕が吹き飛んでしまっていた。一体何が起こったのか理解できない。
こんなこともあろうかと、山村翔は体内に爆薬を仕込んでいたのだ! 勿論朝谷邸で渡されたものだ。身体が液体になって自由自在だからこそなせる業である。
阿刀田冷子は腕の傷口を凍らせ、痛みを止める。そして全身防御しようと氷の鎧を着ようとした時、首筋をナイフで裂かれた。
奏が瞬時に接近していたのだ。暗殺者の娘にはお手の物である。念押しに心臓にもナイフを投げる。氷の膜の内側を血に染め、やがて溶けて同化した。
山村翔はバラバラになった身体を水に変えて集め、元の少年の姿に戻っていた。シャツが破れて上半身裸のところ、脱ぎ捨てた上着を奏が拾ってきて彼に渡した。
「はい翔君」
「ありがとう。しかし二度とは使えないな……」
上着を羽織りながら彼は呟く。奥の手は使い切った。後は体一つで勝負するしかない。
「大丈夫だよダーリン。私がついているからね」
いつもは恐怖を感じさせる奏の腕組みだが、この時ほど頼もしいことはなかった。山村翔は少し気持ちが楽になる。
二人はそのまま並んで歩き、「ファンキーヘブン」の前まで来た。敵の本拠地である。彼の拳が震える。その手を奏はぎゅっと握った。
正面扉は開いていた。まるで彼らを招き寄せるように。しかし人々の欲望を吸い込む魔の箱だ。山村翔より奏の方がよくわかっていて、十分警戒する。
「折角ピッキングを披露しようと思ったんだけど、残念だよね」
彼の緊張を解こうとしたのか奏がそんなことを言ったが、あまり意味はなかった。
夜の熱狂はどこへ行ったのやら、フロアはがらんとしていた。人っ子一人いない。
「気を付けて翔君、罠かも」
「ああ、よく見ることにするよ……」
そういうやりとりをした矢先だった。窓がぶち破られて、一体の虎がフロアに入ってきた。
そいつは徐々に人の姿に戻る。2メートルの巨漢、紛れもなく鬼抜隊藤堂虎太郎の姿であった。
伊勢島利影が朝谷響と相打ちになった後、藤堂虎太郎は隊長に報告しようと戻ってきたのだ。あるいは野生の勘が働いたか。
「早速お出ましか!」
「翔君気を付けて、こいつは私が仕留める」
奏は投げナイフをスカートの中から右手に三本取り出し、放った。いつ見ても正確で鋭い軌道を描く。藤堂虎太郎は獣化した左腕を突き出し、ナイフを受け止めた。出血する。しかし彼はまるでなんともない顔をしていた。
いや、ここで初めてにたりと笑ったか。次の瞬間にはその顔も化物になっていた。
上半身虎の男が全力で奏に向かって走りくる。
「奏! 逃げろ!」
山村翔が言うより早く奏は距離を取ろうとした。しかし藤堂虎太郎は腕を地面に突き出し、腕力だけで跳ね飛び、空中で弧を描く。なんたる芸当、なんたる瞬発力か! 三次元的な動きにはさしもの奏も対応できず、ただ見上げた。
獣の鉤爪が振り下ろされる。絶体絶命か。奏は思わず頭を手で覆ってしゃがみ込む。
藤堂虎太郎の一撃が決まったかと思ったその時――
巨大な影が奏の頭上に落ちた。
藤堂虎太郎の物ではなく、影は丸い。山村翔は驚愕する。
それは空飛ぶ円盤。
UFOが壁を壊し、その勢いで藤堂虎太郎にぶつかって巨漢を跳ね飛ばした。
流石の虎人間も地面に叩きつけられて血を吐く。
UFOは奏を守るかのように空中に留まる。そして中から人が出てきた。それもかなり小さい、幼い赤毛の少女だった。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、助けにきたよ」
「花梨!?」
あまりにも思いがけないことで、山村翔は橘花梨に駆け寄る。奏も意外そうな顔をしていた。
「こんな危ないとこに来ちゃ駄目じゃないか!」
彼は末恐ろしくなって叱る。だが橘花梨は首を横に振る。
「お兄ちゃんこそあぶないもん。海に行くって聞いたけどママ、すごい心配してたし。きっと怖い人達に会いに行くんだって思って、花梨だって心配で……」
「花梨……」
その小さな体を山村翔は抱き寄せる。
「駄目だ、今すぐ帰るんだ」
「いや」
「お兄ちゃんの言うことを聞くんだ」
「だってあいつら、みんなを殺した悪いやつらなんだよね。花梨が何もしなくってお兄ちゃんやお姉ちゃんが死ぬのなんて絶対嫌なんだから、お兄ちゃんは花梨が守る!」
「花梨」
「翔君、女の覚悟に水を差しちゃダメだよ」
奏が割って入って、橘花梨の頭を撫でた。
「しかしだな奏……」
「翔君が花梨ちゃんのことを大事に思ってるのはわかるけど、だからこそだよ。一緒にあいつを倒そう」
「うん!」
可愛い従妹の屈託のない笑顔を見て、いやとは言えなくなる山村翔であった。
「お兄ちゃんお姉ちゃん、UFOにつかまって」
橘花梨は再びUFOに吸い込まれて姿を消す。するとUFOは床に泊まった。二人の少年少女は円盤の上に乗り込む。
対して虎男は咆哮を上げる。こんなものでくたばる藤堂虎太郎ではない。
だが奏は勝利を確信していた。
「さぁ、鬼退治といきましょう」