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エピソード14「幻惑間ピエール」

 (はざま)ピエールの空間に迷い込んだ朝谷翼(あさやつばさ)が見たものは、在りし日の朝谷邸であった。

 現在の家とは少し形が違う。だが彼女はよく覚えていた。子供の頃と何ら変わらぬ姿を。

 その中庭で小さな子供が泣いていた。銀髪をまとめて額を出している女の子だ。その顔に火傷痕はない。しかし朝谷翼の面影はあった。


「まさか……いや」


 朝谷翼はもう一人の自分を見て後ずさる。その日の彼女は機嫌が悪かった。小学校の同級生と遊びたくて欲しがったゲームを買ってもらえず駄々をこねていたところ、父親から中庭を掃除したら考えてもいいと言われたのだが、いざ中庭に一人放り出されると小さい体には途方もなく感じられたのだ。

 こんなのできるわけがない。

 泣いていたら誰かが助けてくれるだろうと彼女は期待した。しかしお抱えの黒服は一人も来ない。娘を手伝ってはならないと頭首に厳命されていたからだ。

 その先代の朝谷、父銀次(ぎんじ)がようやく彼女の下にやってくる。大きな体を見上げ、娘翼はふてくされたように言った。


「一人でできるわけないよ、パパのバカ」

「出来ないと思ったら一生出来ない。出来ると思えばいつかは出来る。そういうものだ」

「むーっ」


 怒るな! 未来の朝谷翼はこの後起こる悲劇を知っていて、思わず過去の自分に走り寄る。だがその小さな少女の身体に火が付き始めていた。

 幼い彼女は感情のままに発火する。ちょっと厳格な父を脅かすつもりだったのかもしれない。だがその炎の勢いはあまりに強かった。親子は一瞬で赤く揺らめく火にまかれる。


「翼、抑えろ! ぐあぁぁぁぁ」


 娘の肩を掴んだ朝谷銀次の両手が焼けただれ、溶ける。彼は瞬く間に火達磨になっていた。幼い彼女は加減というものを知らなかった。

 父親は黒い炭になって崩れ落ちる。


「父さん! あああ」


 今の朝谷翼は叫ぶ。だが制御不能の炎は屋敷の方にまで広がっていった。古めかしい木造建築だ。あっという間に燃え盛る。


「翼、翼!」


 異常事態に子供を探す母親の声が響く。朝谷遥(あさやはるか)は中庭の火元に顔を覗かせ、ハッと息を呑む。それは娘の方も同様だった。


「ママ、来ないで!」

「母さん、来ちゃだめだ!」


 だが母親は哀しいかな、躊躇わず走り寄る。そして近くの火柱に包まれてしまった。もがきながらただの炭の塊へと化していく。


「いやああああああああああああああ!」


 いつの間にか朝谷翼は過去の自分と同化して絶叫していた。ああ燃える。全て燃え落ちる。幸せだった日々は、全て。

 彼女自身もまた――全身に大火傷を負う。

 それから朝谷翼という少女は感情を押し殺して生きてきた。それが自分への罰として。彼女は生まれてきたことを呪った。何度も消えたいと願った。

 そして始まりの出来事を記憶の隅に追いやることで、何とか生きてきた。だが蘇る。忌まわしきあの日が。

 気が付けば朝谷邸は全焼する前に戻っていた。朝谷翼は中庭に一人いて、それを見かねた父親がやってくる。

 そして繰り返し。何度やっても止められない。リフレインする変えがたい過去。


「やめて、こんなもの見せないで!」

「アハハハハ、もう貴方は終わりです。朝谷翼」


 懇願する少女を嘲笑う間ピエール。彼の引き起こす幻覚に朝谷翼は苦しめられる。こんなことを続ければ心が保たない。

 朝谷翼は朝谷邸炎上の際にいなかったはずの姉、朝谷響(あさやひびき)の幻を見た。


「翼ちゃん、大丈夫?」


 朝谷響は母がそうしたように燃え続ける朝谷翼を見るなり駆け寄ってくる。そして強火にまかれた。


「姉さん、姉さん、いやああああ」

「朝谷!」


 そして同じように今度は山村翔(やまむらしょう)のリーゼント頭が現れた。


「今助ける!」

「な、なんであんたなんかがいるのよ、山村翔!」


 炎が地を這い山村翔を襲うが彼は動じない。全身水でできた水人間である。そして泣き崩れている小さい朝谷翼を水が覆いかぶさった。


「翔……そうよね、こんなところで挫けていられない」


 幻と理解しながら、彼女は少し嬉しく思った。涙をぬぐって立ち上がる。その姿は成長した朝谷翼だ。自分を保てている証拠だった。


「ほう、ほうほう。人間脆いものだと思いましたが」

「鬼抜隊のクズ野郎……」

「あまり強い言葉を使うなよ。どの道貴方は私の世界からは出られないのだから」

「そうか? なら試してみる?」


 朝谷翼は大きく息を吸い込んで、吐いた。その瞬間彼女の周りの炎が爆発的に広がり、赤く覆いつくす。


「な、何をする気ですか」

「私の炎で空間をパンクさせるのさ」

「そんなこと、できるものか!」


 人間には限界がある。それは自分たち特殊能力者も同じ、と間ピエールは知っていた。操れる空間も無限ではない。しかし朝谷翼の炎も同じはずだった。


「面白い、根競べと行きましょうか」


 だが間ピエールの余裕もすぐに消える。炎の勢いはとどまることを知らない。荒れ狂い、天に昇る竜の如しであった。


「馬鹿な、なんという奴だ! ありえない、この私が……」


 空間の外にいるはずのピエロマスクの男が燃え崩れる。そして破裂音と共に暁海町湾岸地区の空に炎が昇った。

 が瞬きする間に鎮火した。


「流石に打ち止め……」


 間ピエールの空間から脱した朝谷翼は膝をつき、倒れる。いつの間にか服が破れていて、背中の火傷痕を露出していた。

 山村翔達のことは気がかりだが、もう一歩も動けない朝谷翼だった。彼女はそのまま気を失う。

 鬼抜隊は残り三人。後は山村翔と浪川奏(なみかわかなで)に委ねられた。


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