エピソード13「攻略伊勢島利影」
暁海ポートアイランドコンテナ街の戦いの初端は、数の差を押し返して朝谷組の優勢に見えた。
鬼抜隊の下に集まったのは所詮素人で、黒服達はその道のプロである。格闘技の心得がある者も少なくない。大人の暴力によって蹴散らす。
それも瞬きする間のことのように思えた。藤堂虎太郎が参戦してからは。
鬼抜隊一の巨漢はただでさえ人より恵まれているのに、その上虎になって常軌を逸する。その力は圧倒的。黒服を千切っては投げる。
朝谷組の一団は藤堂虎太郎に向かって発砲する。しかし彼を守るように近くの味方が肉壁となった。伊勢島利影に操られて。そして次の瞬間には巨大な虎が銃撃者を襲い、肉塊へと変える。
この鬼抜隊の二人を何とかしなければどうにもならない。黒服共は果敢に戦うが能力者に敵わない。
朝谷響はそれをわかっていて、藤堂虎太郎の方へ向かう。その前に伊勢島利影の率いる影の軍団が立ち塞がる。
「お姉さん遊ぼうよ、ヘイ」
「あなたから倒されに来たのね」
朝谷響は不敵に笑う。どんな時でも余裕を持っているように見せろ。今は亡き先代の朝谷から叩きこまれた処世術だ。もっとも彼女に負けるつもりは毛頭なかった。
昇る太陽の光が何かに遮られる。その闇は朝谷響を中心にして周りを飲み込んでいく。光も、影も。伊勢島利影の操る兵隊達は我に返り、恐怖に苛まれた。
闇が広がっていく。そして飲まれた者の視界を奪う。これが朝谷響の異能の脅威! 伊勢島利影はあっという間に無能力者へと追い落とされた。
「ワッツ!?」
「鬼抜隊、伊勢島利影、その罪償ってもらうわ!」
闇の中で唯一目の効く朝谷響は小太刀を抜き、伊勢島利影に接近する。そして一突き食らわす――と思いきや、伊勢島利影はステップして避けた。代わりに重い蹴りが彼女の胴にヒットする。
思わず朝谷響はよろけてしまう。伊勢島利影はすかさずパンチを連打し、彼女を殴り飛ばした。
「俺が格闘やってて強いだなんて思わなかったかベイビー」
クイクイと手首を動かして挑発のポーズを取る伊勢島利影。しかし朝谷響はまともに立てない。
伊勢島利影は当てずっぽうで朝谷響の胸ぐらを掴むと闇が収縮する。相変わらずこの男には周りがよく見えていないが、勝利を確信した。
「ゴー、虎太郎ゴー!」
彼は同胞の藤堂虎太郎を呼ぶ。耳のいい虎男は目に頼らず駆けつけてくる。
「デッドエンド、朝谷の姉ちゃん」
「それはどちらかしら」
なおも朝谷響は笑んで言った。
「撃て!」
周囲の黒服達は一斉に拳銃を取り出し、わずかに朝谷響と伊勢島利影を包む闇に向かって乱射する。
勘のいい藤堂虎太郎は急ブレーキをかけ飛び退いた。しかし動けなかった伊勢島利影というと体に何発も風穴を開けてしまった。
「馬鹿な、お前ら狂ってる……」
最期にそう言い捨てて、伊勢島利影は倒れた。
闇は完全に消え去り、白装束が血の赤に滲んだ朝谷響が朝日に照らされる。流れ弾は彼女の急所を貫いていた。
「お嬢様、響お嬢様!」
黒服達は駆け込み、朝谷響の華奢な体を抱きかかえた。彼らは負傷した主人を車へと運び込もうと後退する。
「私のことは……捨て置きなさい……」
「そんなことできませんよ、響お嬢様」
「あはは、もう助からないと思うから……翼ちゃんによろしくね……」
彼女は最期まで笑って、こと切れた。
「山村翔、いるなら返事しなさいよ!」
姉の死をつゆ知らず朝谷翼は一人彷徨っていた。彼女は危惧する。同行していた山村翔と浪川奏は敵の罠の落ち、引き離されていることを。
実際に罠にハマっていたのは自分自身の方だとも知らず。
だが何かがおかしいと気付く。見えるはずの敵の城「ファンキーヘブン」は影も形もなく、永遠にコンテナに挟まれた道が続いているかのよう。
その上ひどい臭いに彼女は顔をしかめる。魚が腐ったかのような臭いだ。死肉の臭い。
朝谷翼をそれを見つけると一層険しい表情になった。
「風見……」
右半身だけの風見凪の死体が吊るされていた。死後数時間経って腐敗し始めている。
「ククク、来ましたね。朝谷の娘」
姿なく声がした。脳天に直接響くかのようだ。朝谷翼は周囲を警戒する。
「どこにいる、コソコソと、顔ぐらい見せたらどうなんだ」
「私の美しいマスクを見せられないのが残念です。私は外ですよ。まぁ貴方には理解できないことでしょうが」
「……空間使いか?」
「ほう」
間ピエールは感心した。あっさり自分の能力を見破る者が現れるとは思いもよらぬこと。拍手の音だけが聞こえてくる。
「察しのいい……だが無意味だ。私の空間に入り込んで出た者はかつて一人もいない……貴方はここで壊れるのです。地獄を見せて差し上げましょう」
その瞬間、朝谷翼は落下する感覚に見舞われた。彼女は落ちに落ちて、着地する。無数の髑髏が積み重ねられた屍の山へと。
「これはお前達が殺してきた者か? 鬼抜隊!」
返事はない。代わりに骸骨達は動き始め、朝谷翼を囲い込んだ。
「空間内の物は操れる、か? だが関係ない。燃やし尽くすまでだ!」
朝谷翼の周囲が発火する。炎はどんどん大きくなり、骨さえも焼き尽くす。
だがその時、信じられない光景が彼女の目に飛び込んできた。