エピソード12「開戦コンテナ街」
黒塗りの高級車が列をなして薄暗い暁海ブリッジを渡りかかっていた。
その先は開発の進む暁海ポートアイランド、その湾岸に無数の打ち捨てられたコンテナ、その道を抜け出た先にやっと「ファンキーヘブン」だ。
「風見は死んだわね……」
黒服に囲まれて白装束の朝谷響は呟いた。彼女の従者は先日の夜に姿を消してからついぞ戻らなかった。朝谷組の頭領は唇を噛む。
「こんなことは私の代で終わらせないと」
漆黒の車の群れはまるで葬列のようであった。あるいは死神のお通りか。暁海町に巣くう邪悪を一掃するための。しかし彼らもまた夜明け前に蠢く暁海町の闇であった。
次々とコンテナの前で停車しては降りたつ黒服。彼らは一様に鉄パイプなどを持って武装していた。一見何も持たぬ者も懐に得物を隠している。
暁海ポートアイランドのコンテナは集まって街を成していた。どれも落書きがされてカラフル。太陽はいまだ昇らぬ紺色の空だというのに各所ライトアップされ、極彩色の光景を生んでいた。
煌めく光の影からぞろぞろと人の群れが這い出す。ラフな格好をした男達で、やはり武装していた。朝谷組と違ってアマチュアだが、その数は多い。どんどん集まって約500人はいるだろうか。
対して黒服は100人程度である。その差は勢力の差を浮き彫りにしていた。今や反社会人は鬼抜隊に集まる方が自然なのだ。
彼らの中心には統率する鬼抜隊伊勢島利影の姿があった。
「来たか朝谷の虫ども、だけどワンパンでダウン、ヨゥ」
その場でジャンプしながらポーズを取る。すると周囲の配下達も倣った。一糸乱れぬ同じ動き、この男が影から操っているのは言うまでもない。
唯一動かないのは伊勢島利影の隣に立つ藤堂虎太郎の巨体だ。物言わぬながら威圧感で存在を雄弁に語っている。
空が少し明るんできた。日の出だ。朝焼けが不気味な気配を漂わせる。これから起こることを予感させるかのように。
麗しき朝谷響も黒服を引き連れて鬼抜隊に向かっていく。その銀髪に白装束は一際目立った。彼女のいで立ちは覚悟の表れだ。
「ボス自らお出ましかよ」
伊勢島利影は向かって言った。しかしまだ距離があって朝谷響には聞こえない。
彼はまた言葉にした。周りを鼓舞するかのように。
「アーユーレディエビバーディー!」
「よし皆、仕事を始めましょう」
朝谷響も号令を掛ける。それを境に、両集団が全力で走りだした。
一心不乱の大乱闘の始まりである。
一方山村翔はどこにいるかというと、ボートの上であった。
彼のストーカーの浪川奏が隣にいるのは言うまでもない。そしてもう一人、スカーフェイスの朝谷翼が船頭を務めていた。
正面から攻勢をかける朝谷組は囮で、本命は彼らの奇襲になる。
まさかこんな形で海を見ることになるとは。ロマンチックさを感じているのは奏だけで山村翔は緊張するだけであった。
しかも船酔いしてしまって顔色を青くする。
「うっ、ボートがこんなに気持ち悪くなるもんとは」
「翔君大丈夫? 吐きたくなったら私が受け止めてあげるから」
「……我慢しなよみっともない」
奏が彼の背中をさする。朝谷翼は辟易とした風だった。
そうこうしているうちに岸に辿り着く。そこで彼らはボートを降り、朝谷翼に先導されて裏道から敵の本拠地を目指した。
もう「ファンキーヘブン」が目と鼻の先というところで、山村翔は立ち止まった。
「なぁ、なんだか寒気がしないか?」
「夜明け前だもんね、私が温めてあげるねダーリン」
「いやそういうことじゃなくて……」
黒髪ツインテールの少女にくっつかれる山村翔。だが彼は奏ではなく朝谷翼に話しかけようとする。
「なぁ翼、例の氷使いがいるかも……翼?」
しかし先程まで先頭を歩いていたはずの朝谷翼の姿がない。彼らを置いて行ってしまったのか。まさか。彼女は姉から阿刀田冷子対策として山村翔と行動を共にするよう強く言われていた。
「どこ行ったんだよ翼!」
「翔君、敵の攻撃はもう始まってる」
奏は感付いた。そもそも敵の牙城の中である。何が起ころうと不思議でもない。
すれば「ファンキーヘブン」の方からバイクの音が聞こえてきた。まっすぐ彼らの方に向かっている。
ライダースーツを着ているがヘルメットはしていない。ライトに照らされたその顔は紛れもなく阿刀田冷子であった。